彼女と彼女が喋ると大体最後はこうなる(ミーニャ談
追放後、スピーシィと顔を合わせる機会は無かった。
彼女は追放者で、自分は彼女を追放した側だ。そして自分は彼女に命を狙われたことになっている以上、当然、顔を合わせる機会があってはならない。
が、裏ではこの20年の間に何度となく顔を合わせている。
その度にこの女には苦汁を飲まされて最悪な気分にさせられてきたものだが、今日はこの20年でも最悪の顔合わせになった。
「……最悪の目覚めです」
「あら、恐るべき病から助けた親友にかける言葉ですか?それ」
怠惰の魔女、と自分がレッテルを貼り付けたスピーシィはくるくると楽しそうに自分の寝室で踊っている。警備は何をしていると言いたいが、自分を怠惰の病から救い出したのが彼女だとすれば、誰も彼女を追い出すわけにはいかないだろう。それがまた最悪だ。
「私が眠っている間に親友という言葉の意味が”ゲテモノ”に変わったのですか?」
「失礼ですね!こんな可愛いゲテモノ居るわけ無いじゃ無いですか!!!」
「いい年した女のぶりっこを面向かって受けるのは精神に来ますね」
「ひっどーい!!」
スピーシィの悪ふざけに付き合っていては時間の無駄だというのは、不本意ながらも長い付き合いで理解している。故に早急に本題に入った。
「……それで、この国の問題を解消してくれたという訳ですか?」
停滞の病から自分を回復させた以上、期待を持って尋ねる。実際に彼女が病に侵されたこの国を救ってくれたというのなら、立場上なんとしても報いなければならない。それこそ(当人は欠片も喜びはしないだろうが)かつての汚名の返上とその事への賠償もしなければならないだろう。
だが、スピーシィは首を横に振った。
「いえ、まだです」
「何ですって?」
「というか、現在進行形でこの国、滅びそうです」
そういって、スピーシィは窓のカーテンを開いた。
プリシアの部屋は離宮の一番景観の良い場所にあった。窓の外からは王都の景観がよく見える。その景色をプリシアはそれなりに気に入っていた。が、現在窓の外に見える景観はハッキリ言って地獄だった。
『唖唖唖唖唖唖唖唖唖唖唖唖――――』
かつて活気溢れていた王都の中心に、巨大なるバケモノがけたたましいうめき声を上げながら蠢いている。六つの腕についた光の鎖を引き千切ろうと藻掻き、激しい音を立てて暴れている。国の中心地にて、最も存在してはならないバケモノが鎮座していた。
プリシアは頭痛を覚えるように頭を抑えた。出来るならこのまま再びベッドに倒れ込んでしまいたかった。
「……目覚めて早々、この世の終わりみたいな光景を見せられる身にもなりなさい」
なんとか呻きながら抗議するプリシアに、スピーシィはケラケラと笑った。
「あら、汚いものを隠して綺麗なものだけ見て生きていきますか?貴方の旦那様のように」
その腹立たしい言い回しに、目の前の事態のおおよその経緯が思い当たってしまう自分の察しの良さをプリシアは呪った。
「ローフェン……夫の凶行に気付かなかった愚か者ですね私は」
「いやあ、流石の私も同情しますよ。虚栄だけで国を滅ぼす怪人の嫁になるなんて、可哀想すぎます」
「嫌みですか?」
「よしよししてあげますか?」
「気色の悪い」
本当に撫でようとするスピーシィの手を即座に払った。無数の後悔と、燃えたぎるような憤怒が心中をかき乱すが、今は全て置いておこう。考えるのは後だ。
「”私を目覚めさせた理由は分かりました”。それで貴方はどうする気です?」
「気に入った人も増えたので、手伝ってあげてもよくってよ。って感じですね」
「なら好きにしなさい。私の邪魔を――――」
そう言ってプリシアはベットから身体を起こし、立ちあがる。
そして不意に自分の姿を見た。
寝間着では無かった。
王立ガルバード魔術学園高等学部学生服(夏服)だった。
「――――――――――ぎ」
ぎ、から始まる魂の絶叫が離宮に響き渡った。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
「ああ、良い声で啼きますねほんと……!」
スピーシィは憎き敵にして愛しき強敵(ライバル)の絶叫を目を閉じて聞き入った。大変心地の良い悲鳴だった。これだけでもこの馬鹿馬鹿しい問題に首を突っ込んだ甲斐があったというものだ。
「おおおおおおまーええええええええはー!なああにしてるんじゃあああ!!!!」
大体20年前の制服を身に纏った王妃プリシア(38)はスピーシィの首根っこを引っ掴んで叫んだ。スピーシィはニッコニコに微笑み、答えた。
「眠っている間に寝汗を掻いてると思って着替えさせてあげました!」
「馬鹿野郎!!!」
既に王妃の言葉遣いは消し飛んでいる。プリシアの荒っぽい言葉遣いの方がスピーシィは好きだった。
「落ち着いてくださいプリシア!そして安心してください!」
「何を!?」
「私も着ています!」
スピーシィは前掛けのエプロンをはずして自前の王立ガルバード魔術学園高等学部学生服(夏服)を披露した。直後に王妃専用の巨大枕が剛速球でとんできた。回避できずにプリシアは顔面に直撃した。
「痛いです!」
「私ら幾つだとおもってんだ!!!」
「38才」
「38才が
王都グラストールの夏は湿度気温共に高い為か、王立ガルバード魔術学園高等学部学生服(夏服)の造りは通気性を重視している。それが理由なのか、それとも設計者の脳みそがかなり悪かったのかは不明だがスカートの丈が結構きわどい。恐らくは設計者の頭が悪かったのが正解だ。
結果、この空間がとんでもないインモラルな有様になってしまったがスピーシィはなぜだか無性に楽しくなっていた。多分ハイになっている。
「正気が嫌ならお酒飲みます?ワインありますよ。貴方のですけど」
「死ね!!!!」
そう言って叫びながらプリシアは形振り構わず制服を脱ぎ捨てようとする。が、何故かまくり上げようとした瞬間、ガチンと奇妙な音と共に制服が固定された。眩い輝きを放ち始めるガルバード魔術学園高等学部学生服(夏服)を見ながらスピーシィはニッコリ笑った。
「あ、呪いかけておきました。事態解決まで脱げません」
「今!すぐ!解け!!!」
「無理です。自分でも解けません。なので私も脱げません!」
「気が狂ってるのか!!?」
プリシアは頭を掻きむしって絶叫していた。確か彼女はグラストールの魔術王を支える賢姫として名を馳せているはずなのだが、随分と落ち着きが無い。どうしてしまったのだろう?
と、ふざけた事を考えながらも、スピーシィはプリシアの肩を叩いて、
「大丈夫、似合ってますよ――――」
プリシアの頬を突いて、ニッコリと笑って、
「ワ・タ・シ・は♥」
マウントを取った。
「――――ふ」
ブチィ、と何かが盛大に切れた音が聞こえた。
そして王妃プリシアはつかつかとスピーシィに背を向けるとベットのすぐ側に向かい、そこの壁に飾られている、身の丈2メートルはあろう、巨大な大剣の柄を手に取った。
「ふふふふはははははははははははははははははははははははは」
そのまま狂気じみた笑い声をあげながら、
「貴様を追放ではなく処刑にしなかったのは我が人生最大の過ちだったなああ!!」
「おほほほほ!怖い顔!!!今日こそその顔泣きっ面に変えてあげます!!」
こうしてスピーシィとプリシアの通算数十回目になる直接対決が勃発してしまった。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
王妃の寝室前の廊下に、凄まじい爆発音が響いた。
音の発生源は王妃の寝室であり、当然、警備の騎士達は一刻も早くにはせ参じて、王妃の安否を確かめなければ成らないわけだが、誰も駆けつけることは無かった。
何故なら、
無論、毒殺や暗殺の類いは契約で封じたが、騎士達は彼女の凶行を見守ることしかできなかった。もっとも、スピーシィは決してプリシア王妃を傷つけるようなことはしなかった――――少なくとも、物理的には。
「あーあーあーあー。始まっちゃった。本当に飽きないわね二人とも……で」
スピーシィの凶行が済むのを外で待っていたミーニャは、不意に自分の隣で同じく待機中のガイガン隊長に目をやった。
「貴方は何をしているので?ガイガン隊長」
何故か彼は立ったまま両耳を覆っている。
「現在私は眼と耳と鼻の機能が潰れて現在この離宮で行われている戦闘行為の一切を確認することが出来ません」
「真面目。というか、貴方は兎も角貴方の部下達は楽しそうよ?」
チラリと見ると、王妃の寝室の扉の隙間から以外眼の騎士達が中を覗き見ていた。
「プリシア王妃……お労しや」
「何という格好に……」
「いやしかし……ううむ……なかなかどうして……」
「後でアイツらはフルアーマーでグラウンド100周させておきます」
ガイガンは部下達に冷たい視線を送った。
「
「ああ、昔、プリシア王妃、すごかったものね。学園でもファン多かったわ」
「ええ、王都南部の突発奈落化事件は今でも語り草です」
「で、貴方はプリシア王妃(ガルバード魔術学園高等学部学生服・夏服ver)見なくて良いの?」
「私は嫁一筋です」
「さいですか」
雑談をしている間にも凄まじい轟音が部屋内で響く。このような異常事態で無ければ絶対にあってはならない破壊音が連続して響いていた。
「部下からの連絡では避難誘導は進んでいます……が、此方はどうでしょうか」
「まあ、心配しなくても終わるでしょう。もうすぐ……っと」
不意に、扉が開いた。慌ててガイガンの部下達が扉から離れる。すると暫くして、ぬっと、扉の中から二人が姿を現した。
「王妃様。ご回復喜ばしく思います」
正確に言えば、
「バレンタイン。それは嫌みか?」
「めっそうも御座いません」
二人の関係はあまりよろしくない。主にスピーシィの一件で。
とはいえ普段は真っ当な王妃と貴族の関係を維持できているのだが、現在プリシア王妃にその外面を維持する余裕は無い。主にスピーシィの所為で。
そのスピーシィはと言えば、プリシアに頭を引っ掴まれた状態で「うーうー」とじたばた藻掻いていた。制服以外ボロボロで、髪の毛も何故か焼け焦げた状態だ。彼女は珍しく、心底悔しそうな顔をしていた。
「あーもー!!!!まーたー負けたー!!?プリシア寝起きなのに-!!」
「魔術の才覚の頼り切りの貴様に白兵戦で負けるわけがあるか、愚か者めが」
「なんで眠りの魔術も効かないんです!?古くさい護符なんて貫通できるのに!」
「”与える”お前の技法はとうに見切っている。防げないなら、与えられた魔術を傍から燃焼して消費すれば良い」
「超ゴリラ!!竜かなんかですか!!そりゃ停滞の病になりますよゴーリラゴリラ!!!」
「黙れ」
そう言ってプリシア王妃は手を離すとごちんと地面に頭をぶつけてスピーシィは悶えた。プリシアは彼女を無視してつかつかと歩を進めると、ガイガン隊長の前に立った。
「状況はどうか」
「避難は進んでおります。現場の術者の報告ではあと30分ほどで拘束が解けると」
「現在動ける騎士達を総動員しろ。民達に被害を出すことは許さん」
「はっ!」
王妃の命令にガイガンは応じ、その背後で騎士達は迅速に動きだす。その様は王を支える姫君のそれではなく、軍隊の司令塔、将軍のソレだった。しかし違和感はなかった。むしろその姿こそが本来のものであるというかのようだった。
「悪魔の拘束状態は順次伝えろ。解除後、
「王城に、ですか」
「塔の位置から城下のどこに誘導しても被害が出る。だが王城は最も堅牢は結界が敷かれている。塔が無くとも機能するように、念入りに魔水晶の蓄えもな。」
喜ばしい事であるはずだが、プリシア王妃の表情は皮肉げだ。
その表情の理由は想像つく。その念入りな王城の護りの準備を進めたのがローフェン王だったのだろう。あの神魔の塔の結界が起こったとき、自身を危機から守るために、王城に徹底的に護りを敷いたのだ。
自らの撒いた種から身を守るために、自分だけは助かろうと護りを敷く。
率直に言ってしまえば、卑劣極まる所業だ。それを自分の夫がやったともなれば、そんな表情にもなるだろう。そしてプリシア王妃はその自分本位で生まれた護りの結界を、民達を守るための盾として使うつもりのようだ。
「相変わらず、国のためならなんだってするお方だこと」
ミーニャは溜息をつく。
ミーニャにとってプリシア王妃は嫌いであるが、苦手な相手でもある。
何故なら彼女は正しいからだ。
彼女は正しい。そして厳しい。貴族として、支配者として、しなければならないことは全てやる女であり、それを他人にも自分にも強いる。スピーシィを追放したのも、スピーシィが貴族として、婚約者としてやるべき事を怠っていたからだ。そして、彼女の代わりに王妃になったプリシアはスピーシィがやらなければならなかったことを全てやっている。そればっかりはミーニャも認めざるを得ない。
彼女は正しい。彼女は強い。それは精神的にもそうであるし――――
「王城に誘導した後は」
「”私が悪魔を殺す”」
――――物理的にも、そうなのだ
【賢姫プリシア】、またの名を【剣姫プリシア】
学生時代、王国内外の魔獣を単身で叩きのめし、撃退し続けグラストールを守り続けた護国の天才は大剣を構え、静かに宣言した。
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