あってはならぬもの

 

 扉の中の部屋は、広く、道中の不気味さを遙かに超えた歪なる空間だった。


 生物の腹の中、と、通路の異様さをミーニャが評したが、通路の異常など、この場所と比べれば遙かにマシだった。

 壁も地面の、赤黒い、肉で埋め尽くされている。そう見える、のではない。時折蠢き、脈動している。足下から生々しい熱が伝わる。まさしく、生物の体内、臓器の中そのものだ。

 空気も生暖かく、甘く、爛れた、獣のような異臭がする。あまりにも匂いが濃すぎて、うっかり吸い過ぎるとむせてしまいそうだった。

 ミーニャを護る騎士達が彼女をより強固に護ろうと姿勢を低くしている。彼等にとってもこの空間は異常なのだろう。


「おや、君たちは魔甲騎士団か?何故鎧を脱いでるんだい?アレはグラストール王国の叡智の結晶だ。任務中は出来る限り装着しておいて欲しいんだけどな……」


 そして、そんな空間の中心に、自分が仕えるべき王、ローフェン・クラン・グラストールがいるのは彼等に取って悪夢そのものだろう。


「そしてスピーシィ……君がまさか王都に戻ってくるとは思いもしなかったよ……”しかも、こんな災いを引き起こすだなんて”……」


 ローフェン王は年齢よりも若く見えた。若々しく、叡智に溢れた魔術王。市井の民達にも人気の賢王。彼の華やかさは健在だった。 

 しかし、この地の底の、悍ましい空間の中心にあっても尚、その華やかさが変わらないのが、気味が悪かった。


「さあ、騎士達よ。早く彼女を捕らえてくれ!」


 王は魔甲騎士団に命じる。魔甲騎士団は国と騎士の間に結ばれた血の契約に基づいて、王の命令には従わなければならない――――が、


「……それは、何故でしょう。王」


 だが、流石に彼等とて、この異様な状況を前にして盲目に思考を停止させて命令に従うほどに愚かではない。誰も王の命令には動かなかった。異様な空間で、彼の命令だけが空しく響いた。

 ガイガンは王に命令の理由を問うた。彼の表情には明らかな不審があった。


「勿論、彼女が全ての元凶だからさ!!」


 だが、ガイガンのそんな疑念を無視して、ローフェン王は堂々と断言する。普通なら、ガイガン達が此処に居る意味に、スピーシィと共に居る理由に、思考を回さないはずが無い。

 だが、彼はまるでそれに気付いていないかのように振る舞っている。


 その場に居る全員が、王のその振る舞いに狂気を感じていた。


「……王よ。どうしてしまわれたのですか」

「うん?うん?君は――――」

「ミーニャ・ホロ・バレンタインですわ。お久しぶりでございます」


 一瞬呆けていたが、名前を聞いてローフェン王は「ああ!」と頷いた。


「ああ、ああ、うん、うん。久しぶりだね。勿論、勿論!」


 そしてしどろもどろに頷きを繰り返す。

 やはり、どう見たって様子がおかしい。ミーニャは警戒した態度で言葉を続けた。


「王都の窮地と危機、バレンタイン領から急ぎ参上致しました。しかし、王よ。一体これはどういう状況なのです?」

「どういう……って?」


 すっとぼけている、のとはまた違う、言ってることが分からない、といった態度だった。ミーニャは怖かった。彼女も貴族としての立場上ローフェン王とは顔を合わせることがあった。親密な会話をする事などは無かったが、彼が喋っているところは何度も見ている。

 婚約者として定められていたスピーシィを棄てた男。という事実から、彼女はローフェンに対して良い感情を持っていない。プリシアの立ち回りと工作によって、スピーシィを切り捨てることが国を護る者として正しい選択であったという事を差し引いてもだ。


 だが、そんなミーニャであっても、ローフェンの統治や言動に落ち度は見つけることは出来なかった。彼は統治者としての仕事は正しくこなしていたとミーニャも思っていた。

 今日、彼のこんな様を見るまでは、

 

「……まず、お尋ねしたいのですが、この部屋は何ですか?」

「うん。此処は私の研究室だよ?それが?」

「けん……」


 ミーニャは言葉を失う。言うまでも無く、不気味で、生々しい肉壁で覆い尽くされたような悍ましい空間が、魔術師の研究室として当然な訳がない。いかに特殊な魔術儀式が施された部屋であっても、ここまで醜悪になるわけが無い。


「停滞の病、その原因を究明するための場所さ!この国の存亡は私の肩にかかってる!その為にこの部屋が必要だったんだ!」


 爛々と目を輝かせて、高らかに王は宣言する。

 気色が悪かった。今日まで彼女が知っていた王の姿と、今の彼の姿はあまりにも”一致していた”。彼のその言動は、変わらずグラストールの魔術王の姿そのもので、こんな状況でも何一つ変わらないのが気持ち悪かった。


「さああ!彼女を捕らえてくれ!そしてこの場所から出て行って欲しい!もう少し!もう少しで全てが明らかになるんだ!!さあ――――」

「あの、この茶番、何時まで続けるんです?」


 そして、そんな彼の態度に気圧されていた全員を差し置いて、スピーシィが何でも無いように尋ねた。


「こんな、に、付き合って、何の意味があるんです?」


 スピーシィの言葉が一瞬理解できずいた。だが、スピーシィは繰り返した。


「ですから、良い格好しい、ですよ。あの人の事、興味なくて知らなかったんですが、神魔の塔の光景と、当人の言動でようやく腑に落ちました」


 王は、スピーシィの指摘に反論しない。というよりも、反応が無かった。ピタリと、停止している。

 

「いるじゃ無いですか。。自分の失敗はすぐに隠してしまって、耳障良いことばかり繰り返す。」


 停止していた王の表情が動く。顔の筋肉がピクピクと痙攣する。


「だけど、。その、”極み”ですね――――」


 次の瞬間だった。

 スピーシィに向かって、肉壁が蠢いた。緋色の蛇、あるいは巨大なミミズのような生物が蠢きながら突進する。真っ先に反応した魔甲騎士団達も、そのあまりの勢いに剣も弾かれる。そのまま止まらず、スピーシィを食い千切らんと牙を鈍く光らせ――――


「――――【魔剣】よ……!!」


 クロが彼女の前に盾のようにとびだし、魔剣を起動させた。剣が放つ闇が、奇っ怪なる生物の突撃を弾く。同時にクロの小柄な身体も吹っ飛び、スピーシィのすぐ側に叩きつけられた。


「本当、真面目ですね。クロくん」


 スピーシィは一瞥もしないまま、溜息をついて指を鳴らした。途端、地面に倒れ込んだクロの身体が光に包まれる。スピーシィの視線はずっと、華やかな笑みが崩れ、引きつり痙攣した顔で、口端から泡を吹き出したローフェン王に向けられていた。


「ああ、ああ、ああ……!!本当に、君って、嫌いだよ。僕、僕は……!!」


 先程までの声音とは全く違う、震えるような声だった。怒りと、憎悪と、嫉妬に満ちていた。しかし、先程までの言動と比べれば、まだ、異質さはなかった。


 この醜悪な空間に相応しい、狂乱っぷりだった。


「折角僕が、僕、僕が、救ってあげたのに!ただ古くさいだけだったこの国を盛り立ててあげたのに!!僕が!!なのにどうして邪魔ばかりするんだ!!」


 そして同時に、王の背後から何かが蠢く。激しい地響きと共に、巨大な何かが近付いてくる。騎士達は剣を身がまえ、そして徐々に近付いてくるソレが、想像より遙かに巨大であることに気がつく。


「これは……!?」


 大きさにして10メートル超。獣のような毛むくじゃらの蹄のついた両足が地面を踏み抜き、先程クロに弾き飛ばされた巨大ミミズの胴体を潰した。異様に長い四本の腕が壁や柱を引っ掴み、長い爪を食い込ませる。

 頭部は長く禍々しい角の伸びた羊の頭で、瞳が6つ、呼気の生暖かく遠くまで届いた。胴体には巨大な乳房が6つ付いている。得体の知れない甘い匂いが脳を揺らした。


『唖唖唖唖唖唖唖唖唖唖唖唖唖唖唖唖唖唖唖唖唖唖唖唖――――』


 臓腑が震える。あまりに悍ましい生物。人の世に存在してはならない、異形。その存在を指して、騎士の一人が叫んだ。


「【悪魔】だ!!!」


 【奈落】の底に住まう、あらゆる生物の敵対種。悪魔が姿を現した。





              ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



 【悪魔】がどのようにしてこの世界に出現したのかを知る者は殆どいない。

 人類がこの世界に生まれ出た時よりも遙かに前から存在していたという話もあれば、異次元の狭間から現れた、この世界の生物とは別の理を生きる者達だという話もある。あるいは、かつて光の神々に封じられた、邪悪なる神々であるという話もある。


 どの説も、結局は真偽定かではない。ハッキリとしているのは、


 奈落の底から現れると言うこと

 魔獣を生み出す元凶であると言うこと。

 人知を超えた恐るべき魔術の使い手であると言うこと。

 しかし世に実体化する事は出来ずに、狭間の世界で漂って居ると言うこと。

 故に、その技術を餌に、様々な人間に取引を持ちかけ、表に出ようとすること。

 そしてその果てに、取り返しの付かない破滅をもたらす人類の敵対者であると言うこと。


 これくらいだ。つまり、まとめると


『唖唖唖唖唖唖唖唖唖唖唖唖唖唖唖唖唖唖唖唖唖唖唖唖――――!!!』


 絶対に、王都(こんなばしょ)に、居て良い存在ではないと言うことだ。


「なんてことを……!!なんてものを招いて仕舞われたのですか!!」


 ガイガンは引きつった声でローフェン王を批難した。例え、相手が王だろう、こればかりは言わなければならない。「何してくれたんだこの野郎」と。

 人知を遙かに超える魔術の知識と、莫大な魔力を有するバケモノなど、対処を誤れば国一つくらいは当然のように滅びる。発見されれば速やかに人類の生存圏の外側で堰き止め、場合によってはその周辺の村々すら焼き払うような事態になるのが悪魔という存在だ。


 それを、そんな爆弾を、よりにもよって国の中心に招くなど、狂気の沙汰にも程がある。


「僕に指図するなぁ!!!」


 だが、ガイガンの当然の批難すらも気に入らなかったのだろう。ローフェン王は怒りに満ちた表情で叫んだ。先程までの悠然とした態度が剥げ落ちて、余裕のない焦りと怒りの感情が彼を支配していた。ある意味、場にそぐわない歪さは解消されていた。

 この悍ましい空間に相応しい、狂乱っぷりだ。

 勿論、それが良いことなどとは全く思えなかったが。


「王よ!貴方は悪魔と契約して神魔の塔を完成させたのですか!!!」

「”彼女”はこの国の繁栄をもたらす存在だ!!!必要なことだったんだよ!!」


 ガイガンの追求に、王は自供する。取り繕う余裕もないのなら、嘘ではないだろう。だが、嘘であって欲しかった。


「おかしいとは思ったんですよね」


 そしてスピーシィが、そんな彼の狂乱をみながら囁く。流石に彼女も微笑む事は無かった。淡々と、目の前の事象を観察するような瞳で、醜悪なる悪魔を見つめていた。


「魔素を魔力に変えるのは、生物にしかできない事。それを無機物の塔にて代行するなんて、実現されることのない技術だった。二十年前の机上の空論をどう成し遂げたのかは興味がありました、が」


 そう言って彼女は視線を塔へと向ける。生物の臓腑の内部のような壁面に躊躇無く触れ、この上なく呆れた声で、言った。


「なんてことは無い、


 彼女の言わんとすることは、ガイガンにも理解できた。理解せざるを得なかった。この空間は、先程の神魔の塔上層部のように、無意味におぞましさを演出しているわけでは無いのだ。


「悪魔が、魔素を魔力に……!?」


 生き物しか魔力を造れないなら、生き物に魔力を生み出させれば良い。そんな極論だ。


「正確には、”塔を魔獣化して魔力還元を代行させた”んでしょうね。勿論人間の知恵では出来ることではありませんよこんなの」

「神魔の塔の正体が、コレか……!!!」


 王徒に住まうものなら誰もが、神魔の塔見るとき、感謝と誇らしさを込める。自分たちの繁栄をもたらしてくれた偉大なる存在に対する敬意だ。それがまさかこんなにも悍ましい成り立ちをしていたなどと、本当に誰も思いもしないだろう。


「ところが、塔が”成長”するにつれて、魔力の変換速度が上がってしまった。しかもこの様子だと、創った魔力掠め取られて炭じゃないですか?それがこの病が加速した原因」

「制御は出来ている!!!!!」


 淡々としたスピーシィの指摘をローフェン王は必死に否定するが、スピーシィは決して言葉を止めることはしなかった。


「出来てませんよ。悪魔なんて、私だってコントロール出来ません。そんなことが出来るのは、人類に居ません」


 しかし、彼女がそう言った瞬間、ピタリと、王は狂乱を止めた。そして、再び顔の筋肉をヒクヒクと痙攣させ――――


「――――良いことを聞いた。」


 嗤った。あまりに歪な笑みだった。ガイガンは自分の主として仰ぐべき男が、完全に壊れてしまっていることをとうとう認めざるを得なかった。


「そうか、そうか!君も悪魔には敵わないんだな!!やった!!やったぞ!!」

「そうですね。私は天才ですけど、人類の中で天才なだけです」


 子供のようにピョンピョンと跳ね回りながら、王は狂喜する。「いい年して元気ですね」と呆れるスピーシィや、それ以外の者達の悍ましいものを見る視線など、気にしている様子はなかった。


「アハハハハハ!!!じゃあ君は僕に敵わないと言うことだ!!!さあ、あの愚かな女を叩き潰してくれ■■■・■■!!!」


 そして、ガイガン達には全く聞き取れない言葉を告げた瞬間、ガイガンの背後に控えていた悪魔が動き出した。ガイガン達は構えていた剣を握り直す。

 悪魔相手にどこまでやれるかわからないが、しかし最低限。スピーシィとミーニャの二人はここから脱出させなければ――――



「ああ、馬鹿ですね」

「――――え?」



 が、しかし、ガイガンが決意を固めるよりも早く、スピーシィが憐れみに満ちた声を漏らし、ローフェン王は呆けた声をあげた。同時に悪魔が屈み、獣の顔をぐしゃりと歪めた。


『唖――――』


 その大きな口の両端をつりあげ、6つもある眼をにんまりと歪めて、嗤った。その嘲りはローフェン一人に向けられていた。そして6つある両手で、ローフェン王を掴んだ。


「ほぎ!?」


 そしてぐちゃりと、肉が潰れる音がした。無数の手の平でローフェン王の身体は隠れて見えなくなっていたが、明らかに人体がそうなってはならない形に歪んでいる。なのに、血は流れていない。血を流さず、物体として破壊されていく。


「お、おおおお!!」

「王を救え!!!魔術用意!!」


 あまりの衝撃的な光景に一瞬停止していた騎士達が動き出す。どれだけ狂乱していようとも、自分たちの王が悍ましい悪魔によって文字どおり破壊されようという光景を呆けて眺めているわけには行かなかった。が――


「な、に!?」


 ふり下ろした剣は悪魔の腕を切り裂くこと敵わなかった。剣は腕に食い込むと、血を一滴も流すこと無くずぶずぶと沈み、そのまま飲み込んでしまった。引き抜くことも出来ない。

 魔術も同じだ。頭部や眼球を狙った魔術は、水滴に石を投げ込むように、悪魔の頭部に波紋をつくるだけで、そのまま悪魔の身体に飲み込まれて消えた。何の損傷も与えることは出来なかった。

 わかりきっていた事実ではあったが、直接目の当たりにするとその光景は絶望的だ。

 悪魔は、自分たちにはどうすることも出来ない上位の存在だ。


『唖』


 しかも悪魔は、逆に干渉する術を有しているようだった。

 悪魔が声を上げた瞬間、塔が蠢く。先程スピーシィを狙ったような巨大な蚯蚓のような生物が壁の中から這い出てきて、騎士達を遅う。


「速っ!?」

「くそっ!!まともに受けるな!!死ぬぞ!!」


 悪魔に接近することすら、出来なくなる。騎士達は翻弄されている内に、悪魔は”ぐしゃぐしゃに丸めた”ローフェン王だったものを口に咥えて、そのまま飲み込んでしまった。ガイガンは歯を食いしばる。どうしようもなかった、などという言い訳は出来ない。


「距離を取れ!!牽制しろ!!スピーシィ様達に近づけるな!!!」


 そして今は、悔やんでいる場合でも無い。これ以上状況が悪くなることだけは、避けなければならなかった。


「【火球!!】って、ちょっとスピーシィ!あの悪魔何をおっぱじめてるの!?」


 背後では周囲の壁や地面から襲い来る触腕に魔術を放ちながら、ミーニャがスピーシィに問うていた。それはガイガンも気になるところだった。なんとか触腕を払いのけながらも、耳を傾ける。


「この世界では本来干渉できないはずの悪魔が、契約者の「何をしても構わない」という言葉を引き出したことで動き始めましたね」

「それって、どうなるの!?」

「私を叩き潰す、という大義名分の下、あらゆる手段をとるでしょう。本当に、どれだけの所業をしようとも、”叩き潰す”という結果さえ引き出せれば、契約成立ですからね」

「最悪……!!」


 困ったことに、本当に最悪だった。ガイガンも余裕があればミーニャと同じように叫んでいただろう。


「悪魔の目的は個体によって異なります。本当に人類に敵対的な物も居れば、人類では理解できないような知恵と技術を分け与えてくれる存在も居ます。ただ、共通しているのは」

「しているのは?」

「悪魔の種類問わず、契約を結んだ人間は、破滅します。それも周囲を盛大に巻き込んで」

「何もかも最悪過ぎない!?」


 本当に本当に最悪だった。ガイガンは余裕があれば頭を掻きむしって叫びたかった。しかも、話を聞く余裕すらも無くなってしまった。


「今度はなんだ!?」


 ズン、と、激しい揺れにその場に居る全員が跪く。立っていられる揺れでは無かった。スピーシィなどは跪くどころか地面にすっころんでしまった。


「痛いです……」

「アンタほんっとどんくさいわね!!!というか今度は何!?」


 のそのそとミーニャに身体を起こされながら、スピーシィは打ったらしい額を撫でる。そしてミーニャに支えられるようにしながら、激しく震動する神魔の塔の内部を眺めて、告げる。


「悪魔には実体がありません。だから世界に干渉する術は少ない。だけど、世界とのバイパスとなる”契約者”と、塔という”肉の鎧”を手に入れてしまった」

「……つまり」

「悪魔が、地上に顕現します」


 彼女が告げるや否や、塔の震動が更に激しさを増し、地面そのものが隆起した。天井からは構造物と肉片の入り交じった物体が次々と落ちてくる。

  騎士達も、ガイガンも、スピーシィ達や倒れたクロを庇うようにして動いたが、間もなくしてその場に居る何もかもが飲み込まれていった。




              ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆




 停滞の病という恐るべき奇病によって滅亡の危機に瀕したグラストールの民達の殆どは、自分の家の中に篭もりきりになっていた。どのような理屈で病に感染するのかも分からない彼等にとって、不必要に外に出るのは恐怖でしかなかった。

 それもただの病ではない。死人のように動けなくなって、2度とは起き上がれなくなるなんていう、悪夢のような病だ。間違ってもかかりたくない。そんな恐怖が国民達を揃って引きこもりにした。


 だから彼等出来るのは家の中から窓を覗き見て、祈るばかりだった。


 どうかこの恐ろしい災禍が、一刻も早く無くなりますように。と言う祈り。


 自然と、彼等の祈る先は神魔の塔となった。どこからでも見つけられる、神々しく見える叡智の塔。自分たちに繁栄と豊かさをもたらしてくれた美しい塔に、自然に祈りを捧げていた。

 だから、王都の国民達の多くは、ソレを目撃した


『           唖             』


 塔が、崩れる。

 美しかった真っ白な塔が、突如としてひび割れ、砕け散っていく。なにが起きたのかも理解できず、ざわめきと悲鳴の声が彼方此方から響く中、ソレが姿を現した。


 赤黒い肉と、禍々しい六ツ眼。崩れた地下から出現したのは、あまりにも大きく、恐ろしく、禍々しい巨人の姿だ。


『唖唖唖唖唖唖唖唖唖唖唖唖唖唖唖唖唖唖唖唖唖唖唖唖唖唖唖唖!!!!』


 まるでグラストール王国の終焉を告げるような災厄が、姿を現した。

 既に病の蔓延によって疲れ果てていたグラストールの国民達は、絶望と諦めと共にそれを見上げるのだった。


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