華やかなる化粧の下に潜むもの
第一王子、ローフェン・クラン・グラストールとスピーシィの関わりは酷く薄い。
婚約していたときも、それほど関わりはなかった。勿論それは、スピーシィが他人との関係を築くことを怠っていたのが原因だったといえばそうだ。しかし、今思い返せば、必ずしも自分だけが原因では無かったように思える。
婚約者として何度か接触したことは流石にある。
両親に脅されるようにして、王家主催のパーティに参加したことがあった。
勿論当時のスピーシィにとっては迷惑な話だったが、流石にその機会を拒絶して逃げ出すほど道理を弁えない訳ではなかったから、喋る事も何度かあった。
金色髪の線の細い青年。常に柔和な笑みを浮かべた物腰柔らかな男。
古く長いグラストール王国を今後背負って立つ使命を帯びたグラストールの至宝。
女性に好ましく思われるであろう態度の彼は、実際優しく、多弁だった。無愛想で、おおよそ貴族らしからぬ態度だったスピーシィに対しても一切嫌な顔一つせず、いろんな話を投げかけては笑っていた。
それを悪いことだとは思わなかった。
だが、今思えば
彼は良く喋っていた。だけど此方の無愛想な態度を気にも留めていなかった。普通は不機嫌になったり、困惑したりするもので、
きっと、彼は自分ではなく壁が相手でも同じように笑っていただろう。
彼はスピーシィを見ていなかった。彼が見ていたのは、婚約者と共に居る自分を見つめる、周囲の視線だ。彼は取り繕う事に長けていて、そしてそれにばかり注力していた。今思えばそう思う。
だから彼に国を追い出されたとき、ちっとも哀しくは無かったし、意外にも思わなかった。「ああ、きっと自分は、彼の虚栄を維持するに邪魔になったのだろう」と、彼の行動に納得すらした。
だから追放された怒りはない。というよりも、怒りに到達するほどの興味も無い。
だけど、今は少し、興味がわいていた。今の彼の顔を見てみたいと思った。
虚栄を求める彼の心が、自分の想像を遙かに超えて、怪物のカタチをしていた。
今の自分に対して、彼は自分の前で人の良さそうな笑みを浮かべることが出来るのか、興味がわいたのだ。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
神魔の塔、内部
「さて、それじゃあ王さまに会いに行きましょうか?」
実に気軽な声と共に、彼女はグラストールという大国のトップへの謁見を宣言した。しかし無論、この場に「じゃあそうしよう」と同意できる者はいない。影の騎士、クロは首を横に振った。
「王は、王城の研究塔に篭もりきりです。王妃の呪いを打ち破るための研究を続けてます」
「あら、ご立派」
「そして、限られた者達以外、王の研究塔に入ることはできません」
魔術王として有名なグラストール王は現在この国難を打ち破るべく、そして王妃を救うべく、研究に明け暮れている。国務も研究室から行う徹底っぷりであり、彼の研究はいかなる理由があろうとも妨げることはできない事になっている。
魔術大国の王として頼もしい振る舞いだ。と彼の配下達は絶賛し、感動に打ち震えていたりしたものだった。
もっとも、【塔】の実情を見た後だと、薄ら寒いものを感じざるを得ないが
「謁見は、調査の妨げになるとして殆ど許可されることはありません」
「本当に、ご立派だ事。その割に私が来たと知れば即座に魔女狩りかましてましたけど」
「……もしも謁見を申し込んでも、時間がかかるでしょう。そもそも、スピーシィ様が謁見など申し込んだとて、許可が下りるとは思いません」
「ま、そりゃそうよね。アンタ一応、国家反逆罪の追放者だものね」
「ひーど-いー!傷つきましたっ」
「嘘こけ」
当人は何処吹く風だが、スピーシィはこの国に追放された邪悪なる魔女、というレッテルが剥がれているわけでもない。そんな女が、王に謁見を申し込んでも、この機に王への復讐を果たそうとしていると勘違いされるだけだろう。
実際、彼女がこの国を救おうとしている動機は、あまり真っ当とは言い難い。説明しても理解されることはあるまい。
「ま、無理矢理押し入っても良いっちゃいいんですが……おひげ隊長」
「何でしょう、スピーシィ様」
珍妙なる呼び名も最早気にすることもなくガイガンは応じる。スピーシィはコンコンと地面を足で叩きながら問うた。
「その王城にあるという研究塔には地下空間は在りますか?」
「――――確か建設当時、用意されていた記憶はあったかと……」
この場所、神魔の塔に対して、王城の研究塔の建築はそれほど昔のものではない。大体5年ほど前にグラストール王専用の研究所として建築された塔。その詳細までは流石にガイガンでも分からないが、塔建設は傍目に目撃していた。地下深くに空間を作り、地下通路を建築していたのをガイガンは目撃していた。
「じゃあ当たりかもですね。」
「どういうことなのです?」
疑問に答える代わりに、カンと彼女は音を鳴らす。すると同時に、その場にいた全員が確かな揺れを感じとった。何事だろうと全員が視線を彷徨わせていると、次第にその震動が足下からきているものだと理解した。
「この塔、地下空間があります。調べている途中で気付きました。」
継ぎ目すら無かった地面が割れ、地下へと続く階段が出現した。
「階段と……通路」
「この方角、どちらに続いているか分かります?」
問われ、ガイガンは地下通路の方向を確認する。王都の立地状況を全て把握している彼はすぐに答えを導きだした。
「まさしく、王城の方角です……!王城への直通回路!?」
こんな場所も知らず、なにが国防か!とガイガンは自らへの怒りを顕わにして叫んでいたが、この件に関しては彼が自分を情けなく思う必要はない。こんな場所すらも隠して用意していた王の秘密主義が問題だ。
ガイガン以外の騎士達の表情も困惑と警戒に満ちている。塔の状況と、自分たちが護るべき王を結びつける物理的なラインが目の前に出現してしまったのだ。そこに対して恐怖や不安を覚えないはずが無かった。
「塔の地上から上が全部見せかけのハリボテ。だとして、厚化粧の下にはなにがあるのでしょうね。クロくん」
唯一、スピーシィだけは好奇心に満ちていた。彼女の表情は、なにが入っているかも分からない得体の知れぬオモチャ箱を発見した子供のソレだ。困ったことにそんな彼女の好奇心が、今は頼もしい。
「行きましょうか。どうか私の傍を離れないでください。スピーシィ様」
「まあ、カッコイですね騎士様。この先になにがいても、私を護ってくださいね」
「鬼が出ようが魔が出ようが、貴方には指先一本触れさせません」
キャーキャーと楽しそうに笑うスピーシィを、なんとも言えない呆れ顔でミーニャは眺めていたが、しかし、クロは真面目だ。
何せこの先、本当に鬼や魔が、出てくるとも限らない。
グラストール王国を滅ぼそうとする全ての元凶が、この先にいるのだから。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
通路は、広く、長く続いていた。
王都グラストールの至る所にも地下施設は存在しているはずだが、この地下通路はどんな施設よりも深く、そして、長く伸びていた。そのちか通路をひたすらに進む。
「みーちーなーがーいー。私、浮いて良いですか」
「好きにしなさいな。倒れられても困るわ」
わーい、と、スピーシィは浮遊する。誰もその物ぐさに突っ込むことはしなかった。全員が分かっている。現状の問題解決は彼女が頼りであり、彼女には出来る限り体力を温存して貰わなければ困るのだ。
この空間が異常で、なにが起こるか分からないと、全員が察していた。
通路は続く。クロはうっすらと汗を掻きはじめていた。
体力を消耗して、ではない。スピーシィでもあるまいし、この程度で疲れるような体力はしていない。空間の湿度と温度が上がっていた。同時に、自分たちが進んでいた通路の様子が変化していた。
真っ白で無機質な通路が、徐々に汚れてきていた。
カタチが歪み、でこぼこの道になってきた。
壁に触れると、妙に生暖かく、ぬめりを帯びている。
「まるで、生物の腹の中ね……」
ミーニャがぽつりと漏らした感想は、的を得ていた。
まさしく生物の腹の中のような、生々しい感覚が全員を襲った。粘り気は地面にまで伸び始めた。足を踏みしめる度に、粘着質の液体が足を絡め取る。うっかりと転んでしまわないように注意が必要だった。等間隔で設置されていた照明の状態が怪しくなる。点滅し、完全に消えているものまである。騎士の何人かが魔術で灯りを創り、なんとか道を照らすが、それでも不気味さは拭えなかった。
「ミーニャはもう帰った方が良いかも知れませんよ?」
「冗談。部外者のアンタに身体張らせて、私だけ安全な場所に居るわけには行かないのよ」
「もう、真面目なんですから。騎士様達。ミーニャはちゃんと護ってくださいよ?」
無論、と、スピーシィの言葉に騎士達は頷く。だが、彼等の表情はミーニャ以上に険しかった。
「……こんな場所が地下にあるのに、暢気に気付かず暮らしていたとは」
「反省結構ですが、もう大分進んだんじゃ無いですか?」
「いえ、王城まではまだ距離が――――」
と、ガイガンが話していた時だった。
突然彼は剣を引き抜く。同時に彼の部下達も同じように剣を抜くと、スピーシィとミーニャ囲むようにして円陣を組んだ。クロもまた、彼等に続く。
ミーニャとスピーシィはどちらも全員の反応に少し驚いていた。スピーシィは卓越した魔術師であはあるが、戦闘を生業としているわけでは無い。で、あれば、気付くのが遅れるのは道理だろう。
人ならざる者の気配を――
『GAAAAAAAAAAAAAAAA!!!!』
それは四足の狼のようだった。だが毛は無く、皮膚は剥き出しで赤黒い筋肉が膨張し、頭部には禍々しい牙と頭部には一つの巨大な眼球がある。
生物の理から外れた者。人が生まれるより以前から、【奈落(アビス)】から這い出たという全ての生物の敵対者。忌むべき象徴。
「【魔獣】――――」
「殲滅せよ」
『GYAAAAAAAAANNNN!!?』
が、出現した瞬間、ガイガン率いる騎士達に瞬殺された。
クロすらも、手を出す暇が一瞬も無かった。
「……さっすが名高き魔甲騎士団。鎧無くたって頼もしいわね」
「あら、こんなにつよかったのですね、おひげのおじさま達」
スピーシィすらも感嘆の声を上げる。それほどまでの瞬殺だった。
「こんな連中が地下にいることに気付もしなかったなんて……!!」
「無能か俺たちは!!畜生!!」
「なんだてめえこの目玉!!俺たちを馬鹿にしやがって!!!」
「本人達は絶賛、自己嫌悪&八つ当たり中みたいですけど」
騎士達は泣きっ面で魔獣達を蹂躙していた。とはいえ本当に強い。先のクロと闘っていたとき、彼等が停滞の病に侵され、動きが鈍っていたのは本当のようだ。今はあの時とは比べものにならないくらいに早く、重く、高度な連携を成し遂げている。
頼もしいことだ。こうでなくてはならない。
国防の要である彼等は最強で無くてはならない。
自分のような”まがい物”に食い下がられては困るのだ。
「クロ君は活躍できなくて残念ですね」
「貴方が無事であること以上に大事なことはありませんよ。プリンセス」
「あらやだクロ君ったら、口が上手いですね」
「貴方の前だけですよ、ええ本当に。」
「あんたら漫才ならよそでやってくれない?」
ミーニャのツッコミを甘んじて受け入れる。実際巫山戯ている場合ではない。
魔獣などものともしない最強の騎士が味方であることは頼もしい。
が、問題は、”この地下に魔獣が出現したことである”。
「計5体……見張りか?」
「王都全体には魔獣避けの結界は張られています。侵入はあり得ない」
「なら、コイツラはどこから?」
「外からの侵入ではないのなら……」
騎士達が前方を見る。スピーシィ達の視線もそちらに集まる。
先に進むごとに深まっていた湿度が更に色濃くなる。最早通路の道は石材ではなくなっていた。生々しい、生物の内臓の中のような肉壁が脈動している。欠陥が浮き出て、蠢いている。
最早、此処が王都の地下通路とは誰も思っていなかった。此処は魔境だ。
そしてこの先は
「扉だ……」
扉があった。脈動する肉片に飲み込まれそうになっている鉄の扉が。
「……此処は、王城と、塔の、丁度間くらいです」
「王都の中心地ですね」
此処だ。と、誰もが思った。此処が全ての中心、王都の厄災、停滞の病の発生源だと。
全員、抜剣状態を解かなかった。戦闘を行く騎士達が慎重に扉に手をかける。ほんの少しだけ扉を動かす。途端、内部で溜め込まれていた空気が一気に流れ込んでくる。異臭が鼻を突き、全員が不快感で顔を顰めた。進みたくないと、誰もがそう思った。
本能が告げていた。
この先には決して、行くべきではないと。
だが、この期に及んで怖じ気づいて逃げ出す者は、この場には一人も居なかった。
「開けます」
「総員戦闘準備、突入する」
ガイガンの言葉と共に扉は開け放たれ、全員が中に突入した。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
なんとなく、スピーシィには予感があった。
自分だけで無く、その場に居る全員がなんとなく感じ取っていただろう。
此処までの調査、推測で導き出された結論、この国を蝕んでいた病魔と、その原因。
「――――やあ、スピーシィ、久しぶりだね」
現国王、ローフェン・クラン・グラストール。
全員が予感していたとおり、この悍ましい因果の中心地に、彼が待ち構えていた。
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