虚栄の塔
王都グラストール、大通り。
「と、言っても、ここからワタシに出来る事ってそこまで多くはないのですけどね」
王妃プリシアへの面会。
それを餌に再び協力する事となったスピーシィだが、興奮状態が収まった彼女は早速そんな風に語り始めた。
「別に、さっき説明した内容に嘘はありません。事実として、塔はどうにかしないとこの国はどうにもならないのは事実です」
「はい……」
魔甲騎士の鎧を脱ぎ、ただの騎士鎧を身に纏ったガイガンが応じる。魔甲鎧は塔からの魔力を供給して動く。詰まるところ現在の都市部の停滞の病の進行を悪化させる一因だ。多少は誤差であっても身につけるわけにも行かなかった。
同行している部下達も同じように鎧ははずしている。部下達の数は5人ほどであり、残りは通常警備に戻させた。くれぐれも、今回の件は先走って口外しないようにと厳命した上で。
残る同行者は影の騎士のクロに、バレンタインの長女のみだ。傍目にはあまりにも奇妙な一団が人通りの全くない大通りを闊歩する。
「ただ、少し納得できないところもあるんですよ」
「と、いうと……?」
「一つは、ワタシが塔の仕組みの全容を把握出来ていないということ」
「……ですが、貴方は塔の問題の不備を指摘したのでしょう?」
だからこそ、彼女はこの国の問題の真相にたどり着いたと言える。
「20年前私が見た塔の計画書は、その時点では未完成でした。そもそも、その時点では机上の空論に等しかった。その上で「もし全てが上手くいって完成した場合起こる問題」を提示したに過ぎません」
「なるほど……」
「だから、あの時未完成だった計画書をどうやって完成させたのかは、実物を確認しないと分かりません。それが一つ。もう一つは――――」
スピーシィが虚空をグルグルと回しながら
「停滞の病の蔓延、魔素の休眠の進行速度が早すぎます」
そう答えた。そもそも停滞の病の原因自体、つい先程聞いたばかりのガイガンにはイマイチピンと来ない話だったが、スピーシィは続ける。
「昔、計算したときは、建設から30年後くらいに何かしらの現象が発現すると推測していました」
だが、実際に停滞の病の症状が発現したのは建設から15年後だ。単純計算でたった二分の一の時間で発症が起こってしまった。
「……しかし、何十年も前の計算です。誤差は生まれるのでは?」
「私は計算間違いなんてしません……というのは半分冗談ですが、それでもちょっと計算との開きが大きすぎます」
勿論、魔力に依存して、魔力消費量が増大する可能性も考慮したのだと彼女は言う。にもかかわらずこれほどの誤差が発生するのは流石に異常だ。
そして想定外が起こる、と言うことは”何か”があるのだ。
「つまり、その何かを取り除けば、進行を遅らせることが出来る、と……?」
「今の王都の魔力依存度なら、魔素の回復速度が上回ると思いますよ。その間にテキトーに言い訳したら良いでしょう。塔に不具合が生まれたため、効率を落とすとでも」
やや茶化した言い方だったが、確かに彼女の提案は光明と言えた。【塔】の機能停止が回避できないとしても、十分に備えることが出来れば、最悪は避けられる可能性は上がる。
「……確かに、猶予がいただければ、なんとかなる……いや、なんとかします!」
「ま、”何か”があるかも知れない、ってだけですけど。保証はしかねますよ」
そう言いながら、彼女は足を止める。一同の目の前には、王都の中心の巨大な塔がそびえ立っていた。円柱の巨大なる塔。通常の建造物のような窓も何も存在していない異様な見た目の建造物。15年前に生まれたこの国の象徴にして、全ての元凶。【神魔の塔だ】
「と、いうわけで、【塔】に入りましょうか?」
「……塔は、王族と王族に選ばれた術者しか立ち入る事ができませ――――」
「はい【開けゴマ】、何か言いました?」
「……いいえ。何にも」
一切扉の見えない壁に扉を出現させたスピーシィの業にツッコミを入れるのは、ガイガンももう諦めていた。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
神魔の塔 内部。
選ばれし者しか立ち入ることが出来ない塔の内部は、異様な光景だった。
そこは縦にも横にも広い空間だった。照明は無く、しかし空間を満たす魔力それ自体が光源となって照らしていた。
外壁と同じ真っ白な石の建材で建築されているらしいのは確かだが、分かるのはそれくらいだ。魔力に満ちた空間には無数の魔力の光が奔っている。立方体に刻まれた石材が宙に浮かび、刻まれた術式が明滅している。
果たしてそれらがどのような役割を果たしているのか、ガイガン達にはサッパリ分からなかった。ガイガン達も騎士である以上、魔術の心得はあるのだが、所詮は戦闘職であり、彼等の知識ではとても太刀打ちできなかった。
「ふむふむ、ほへーはははーん……???」
その空間の中を、スピーシィはぶつぶつと呟きながらうろうろと探索し続けていた。自分たちの中で唯一彼女だけが目の前の光景に理解を示している。本来なら手伝った方が良いのかもだが、知識が及ばなすぎて、何を手伝ったら良いのかもよく分からない。
「なにやら唸ってばかり居るけど、何か分かったの?」
ミーニャは質問を投げる。が、スピーシィが反応を示すことは無かった。
「……あ、駄目ね。全然コッチの話聞いてない。ああなるとほっとくしかないわ」
「我々に手伝えることは……?」
「無いわね。スピーシィの邪魔にならないようにするだけよ」
「……せめて何か書類のようなものがあるか探してみます」
とはいっても、やはりと言うべきか、あまりめぼしいものは見つかることはなかった。上階へと続く螺旋階段を登ってみても、部屋という部屋は見当たらない。塔の最上階には王都を観察できる遠見の水晶が設置された一室があったが、そこにもめぼしいものは無かった。
根本的に、人が活動した形跡があまりにも存在しなかった。元々、限られた人間しか立ち入ることはない場所だ。当然と言えば当然だが、ここまで何も無い物なのか――――
「なーるほど、これは、すっごい場所ですね」
と、いよいよ手持ち無沙汰になろうというタイミングで、スピーシィが我に返ったように声を上げた。ガイガンは作業を止めて、期待を込めて彼女へと視線を移した。
「何か、分かりましたか?スピーシィ様」
「いいえ、ぜんっぜん!!」
がくん、とガイガンはころびそうになった。頼みの彼女がコレではどうにもならない。と、そう思っていたが、しかし彼女はそのまま言葉を続けた。
「ええ、本当に全然意味が分からない!
「そ……れは?」
「そのままの意味ですよ」
そういって両手を広げる。魔光が迸り、無数の物体が浮遊し、交差する。まるでこの空間だけが遠い先の時代にたどり着いてしまったかのような空間のただ中で、彼女は満面の笑みを浮かべた。
「これ、ぜーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーんぶ、ハリボテです!!!」
彼女の歓喜に相反して、ガイガン達はあまりの衝撃に絶句した。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
「……ちょ…………っと、待ちなさい。なんて言ったの。スピーシィ」
最初に再起動を果たしたのはミーニャだった。とはいえ動揺は隠せていない。酷く混乱した表情で周囲を見渡しながら、問いただした。
「ハリボテ……?此処が?この塔が!?」
「はい。ハリボテです。此処にある装置も術式も全部」
スピーシィはその問いに即答する。だが、そう言われても信じられないものは信じられない。15年間、建設の期間も含めれば20年間、グラストール王国の中心であった【神魔の塔】が、その中身が、全てハリボテ???
「いや……だって、そんな馬鹿なこと」
「まあ、信じられないのは理解できますが、例えば此処を見てください」
そういって、スピーシィは手近に存在した魔導機械を指さした。柱のように縦に伸びた魔導機械だ。ツルツルの表面には無数の術式が刻まれ、光、中央の魔導核へと伸びていく。
「これ、なんだと思います?」
「いや、私貴方ほど魔術にも魔導機械にも詳しくは……なんなの?」
「なんなんでしょう?」
「ちょっと」
あまりにも巫山戯た答えにツッコミを入れたが、スピーシィは(比較的)真面目な顔だ。
「本当にわからないんですよ。なんでしょうね?これ。だってほら此処見てください」
スピーシィの指さした術式を見る。ミーニャも一応、ガルバード魔術学園の出身で、卒業生だ。魔術の知識は最低限身につけている。流石に、もう大分記憶朧気だが、なんとか昔の授業を思い出そうとして――――眉をひそめた。
「読み辛っ……」
彼女が示した術式は、あまりにも読み辛かった。
読めないわけではない。グラストール王国の言語で書かれた術式なのは確かだ。子供だって、一つ一つの単語を読むことは出来るだろう。問題なのは、その言葉を使って書かれた術式が、”とてつもなく回りくどくて長ったらしく、難しい言葉にわざわざ言い換えられてる事”にある。
「王宮に提出しなければならない書類みたいだな……わざわざ言い回しをややこしくしている」
ミーニャの隣でその術式を読んでいたガイガンも顔を顰めた。騎士団として勤めている彼には見覚えのある文体だったらしい。
「空間……制御?恐らく……大気の魔素を操作するための、術式だと思うのだが……」
「じゃあ、この魔導機械はその為のものなの?」
そう納得して魔導機械を見上げる。が、それに対してスピーシィは肩を竦めた。
「いいえ、そんな機能ありませんよ。この機械」
「は?」
「だって、この中心部にあるの、
「……それは、何の意味があるの?」
真っ当に考えれば、魔力計測器に、魔素操作の術式を結びつける理由が分からない。勿論、自分の知識が及ばないだけで、そこには想像もつかないような相互作用があるのかもしれない。と、思ったが、スピーシィは不思議そうに首を傾げた。
「さあ、何の意味があるんでしょう。操作術式を計測器に繋げて、どのような効果があるのか、私の知識ではサッパリです」
彼女の知識でサッパリなら、誰にも分からないだろう。
「他にも、この増幅術式はど真ん中にデカデカと刻まれてるのに、なあんにも増幅していません。こっちの魔導機は、浮遊してそれっぽく浮いてますけれど、本当に浮いてるだけですね。それだけの機械です。インテリアかしら?」
次々とスピーシィは、いかにこの空間がなんの意味のない場所であるかを次々に説明していく。ミーニャ達はそれを聞くたびに頭の中が真っ白になった。
だって、意味が分からない。
「なにその……何のために、そんなことを?」
この場に居る全員が思ったことを、ミーニャは問うた。この支離滅裂な空間に何かの理屈が無いと納得できなかった。
「うーん、創った人の頭の中は理解できませんけど……」
「けど?」
「”何を目的にしたか”は読み解けますよ。ミーニャはこの空間を最初見たとき、どう思いました」
問われ、最初、此処に来た時の自分の思考を思い出す。
「そりゃ……「ああ、私の知識の及ぶものじゃ無いわね」って思ったわよ」
「それが狙いでしょうね」
そう言いながら、彼方此方の魔導機に触れていく。
「術式を読み辛くして、無数の用途不明の魔導機械を間に挟んでブラックボックス化して、どんな魔術師がみても「専門外の部分」を生み出して、全体像をぼやけさせる。自分の専門部分だけを見て取るなら正常に稼働してる――――ように見せる」
無駄で無意味で無秩序。一貫してるのはただただ一点。
「これ、凄いですね。ここまで
「ですが、塔は機能しています!」
「そうですね。その事実が尚、眼を曇らせる。「確かに少しおかしな部分も在るけど、きっと自分の理解の及ばない意味があるのだろう。だって動いているのだから」って。私も疑わずにただ見せられたら「まあそういうものなのかな?」って誤魔化されていたでしょうね」
と、スピーシィは楽しそうに笑った。この場で楽しそうなのは彼女だけだ。彼女以外の全員、まるで覚めない悪夢でも見せられたかのような表情になっている。たまらず、騎士の一人が叫びだした。
「じゃあ、何故塔が動いているのです!この空間は何のために……!」
「だから、ワタシにはわかりませんってば。分かるのはこの空間の目的だけです」
スピーシィは再び繰り返す。実際、彼女に問い詰めても意味は無いだろ。何しろ、スピーシィは塔に足を踏み入れること自体、今日が初めてなのだから。別に彼女は場所を創り出したわけでもなんでもない。
「知りたいなら、創った人に聞くほか、ないのでは?」
「創った、人」
スピーシィの言っていることは正しい。創った人に直接尋ねる意外に、真実を明らかにする方法はないだろう。そしてこの塔を創り出したのは――
「現国王、ローフェン・クラン・グラストールに聞くしかないでしょう?」
彼女の元婚約者にして、この国の支配者だ。
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