親友の説教と停滞の病
「だから何度も注意したのよバカスピーシィ!!」
20年前。ミーニャ・ホロ・バレンタインは自分の友人が追放刑を受けるという前代未聞の経験をする羽目になった。
スピーシィ・メイレ・クロスハート
彼女の友人になったのは失敗だったと思ったことは何度となくあったが、この日は心の底からそう思った。
なんでこんな厄介で面倒で、トラブル塗れの女の友人になってしまったのだろうか!!
「もう少し上手く立ち回っていたら追放なんて……!」
次期王妃の座を奪い合う政治戦。
王子が学園の入学が決まった段階で、その争いが勃発することは目に見えていた。そしてえその戦いの矢面に立つのが、最も強い権力を持ったクロスハート家の長女、スピーシィになることも。
それは何度もこの女に説明した。根回しするように説得もした。なのにこの有様である。
「さてはアンタ、マジでなにもしてこなかったな…!?」
「してきませんでした」
「おばか……!!」
なにがあれって、プリシア側の人間の中に、誰であろうクロスハート家の長男で、彼女の兄であるベラルドも存在しているのが本当にアレである。クロスハート家はスピーシィを護るよりも、彼女を斬り捨ててクロスハート家を護ることを選んだのだ。
実の娘を斬り捨てたクロスハート家の冷酷さを嘆くべきか、
その選択をクロスハートに選ばせるまでに立ち回ったプリシアの巧さに舌を巻くべきか、
そこまでされるまで自分の窮地に気付かなかったこの怠惰の魔女に呆れるべきか、
ミーニャには判断しかねた。
「まあ、大丈夫です。追放と言っても、辺境の地の監視って仕事になるみたいですから」
「やっぱアンタが全部わるいわ」
コッチの心配を無視して「まあ大丈夫っしょ?」みたいな態度でいるスピーシィにミーニャは判断を改めた。確かにこの女なら、従者もなしにたった一人で追放者ばかりの荒廃した土地に飛ばされようが、平然と生きては行けるだろう。理解できていない者も居るが、彼女は正真正銘、本物の魔術師の天才なのだ。その身一つさえあれば、この女は自分の望むものを作り出す。
ソレこそ童話に出てくる魔女の如くだ。
だからまあ、死にはしないだろう。ムカつくはムカつくし、心配は心配なのだ。
「なんでコイツの友達になっちゃったのかしら……」
「私がぶっ倒れてたときに、餌付けしてくたからですかね?」
そうだった。
中庭で何故か餓死寸前になってるこの女にうっかり餌付けしてしまったのが全ての始まりだった。つまり自業自得である。なんてこった。
「まあ、大丈夫ですミーニャ。私は死にませんから」
「そりゃアンタは、殺されようが死なないでしょうけども……」
「それと、ごめんなさい」
「は?」
聞き慣れない言葉に一瞬耳を疑うと、スピーシィは頭をかかえるミーニャをふんわりと抱きしめて、そして小さくいた。
「心配をかけてごめんなさいね」
「……私も、友人と名乗りながら、結局助けられなくてごめんなさい」
ミーニャは、彼女の背中に手を回して、抱きしめかえした。
このどうしようもなく魔術の研究にしか興味の無い困った友人が、それでも離れてしまうのは寂しかったし、悔しかった。この後悔を一生忘れはすまいと、ミーニャは誓ったのだ。
それから一ヶ月後、追放されたスピーシィが速攻で半ば軟禁される形で押し込められた塔の全状況を把握し、掌握し、支配。その後新しい通信魔術を開発してコッチに連絡を取ってきたことには、本当に呆れるハメになるのだが、この時はまだ知る由も無かった。
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バレンタイン商会馬車の内部にて。
「で?アンタはなんだって戻ってきちゃったの?何があっても行くなって何度も連絡取ったわよね。というか最後の通信でもそう言ったはずよね?」
王都グラストールが誇る一大菓子商店、バレンタイン商店店主のミーニャ・ホロ・バレンタインは頭痛を堪えていた。混迷のただ中にある王都グラストールに、絶対にいてはならない女が来ているからだ。
しかもその女は自分の20年来の友人で、先程何故かこの国の最強の兵士達にとっ捕まりそうになっていたのだからたまらない。咄嗟に馬車で飛び出してかっ攫うように回収した。今必死に馬車を走らせて泣きそうになっている従者には正直悪いことをしたと思ってる。
「ひゃほはははへおあはおうぁ」
そして当人は今馬車の中に備えていた新商品の菓子を勝手に口にしてもごもごしている。ほっといたらよかったのではといま結構後悔しだしているミーニャだった。
「飲み込んでから喋りなさい」
グラストール誇る最強の魔甲騎士団から逃げ回っている最中の状況でよくここまでのんびりできるものだと呆れながら、紅茶を差し出す。彼女はそれを一息に飲み干した。そして20年前と全く変わってるようにみえないすまし顔で頷いた。
「誘拐されてきました」
「嘘こけ」
貴族の誘拐なんてある話だが、この女に限っては絶対にありえない。もし誘拐なんて出来る者がいるとしたらとんでもないゴリラかとんでもない魔獣のどっちかだ。
そう断言したミーニャに対してやや傷ついた、というように頬を膨らませると、スピーシィは自分と共に馬車に乗り込み逃げ込んできた黒い髪の少年騎士を指で突いた。
「嘘じゃ無いです。ほらこのクロくんに誘拐されたんですワタシ。悲劇のプリンセスです」
「アンタどっちかっていうと惨劇の大魔王よ」
彼女にされるがままに突かれている少年騎士の正体についてはミーニャは察している。が、今はその事は置いておこう。重要なことではない。
ミーニャは馬車の外から追っ手が来ているのかを確認する。見る限り、あの魔甲騎士達が追いかけてきている様子はない。ミーニャが使ってる馬車の馬たちは保存の難しい商品を一瞬で届けることも出来る駿馬たちだ。例え騎士団の馬であっても追いつけはしないだろうが、代わりにこの馬鹿でかい馬車ではどれだけ速かろうと悪目立ちしてしまう。どう撒こうか考えなければならない。
「大丈夫なのですか?ミーニャ?ワタシを助けて国家反逆罪になりません?」
「アンタみたいに、雑な根回しなんてしてないから安心なさい」
そもそも、魔甲騎士達を王都の内部で使うこと自体、かなり無茶苦茶な指示なのだ。彼等の職務は本来であれば都市の外の魔獣掃討だ。それを無理矢理王都の中に呼び出して、しかも街中で魔砲を振り回していた。
いかに、この王都が廃墟のように人気の無い有様になっているとはいえ、大きな問題を起こしているのは此方だけではない。ならば、つけいる隙は幾らでもあるというものだ。
「それよりも、この馬車をどう隠すか考えないと……」
「【めかくしおとなし】」
すると、スピーシィが何事か唱えて、パチリと指を鳴らした。途端、馬車全体に何かしらの魔術が掛かる。
「不可視と消音を施しましたよ」
「アンタ微塵も変わってないわね……」
魔術以外は残念極まるのに、魔術だけでおおよその問題を解決できる無法っぷりは20年前から健在だった。最も、手紙や通信で頻繁に連絡を取っていたので、彼女の無茶苦茶に変わりが無いことは把握していたが、直接目の当たりにすると目眩がする。
見た目も学生の頃と殆ど変わっていないのも相まって、20年前にいきなり引き戻されたような気分になるのだ。
「ミーニャは老けましたね」
「お?ケンカか?買うぞ???」
この無礼極まる女の態度も相変わらずだった。ぶん殴ったろうかとミーニャは思った。
そりゃ老けるのは当然だ。既に学生の頃から比べて20年である。20年!長い時間だ。ついこの前赤子だったように思えた自分の息子達も、自分が入ったのと同じ学園に入学するまでになっているのだ。
老けるのは当然だ。顔の皺も消えなくなってきて久しい。別に今更若さに対して未練があるわけではない。が、目の前の艶々肌で同じ年の女にそれを言われると普通に腹が立つ。
「良いじゃ無いですか、貫禄付いて、頼れる女店主って感じで。カッコ良くて好きですよ」
「……そりゃどうも」
「ワタシはまだまだピッチピチですけどね」
「やっぱケンカだな買ってやるよこの女」
ミーニャは20年ぶりに友人と顔を突き合わせてケンカした。
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不可視と無音の魔術がかけられた馬車はそれから暫く街中をグルグルしながら移動しつつ、東通りにあるバレンタイン商会系列の店の一つにクロ達を降ろした。彼女は馬車にそのまま王都を出て、バレンタイン領へと戻るように指示を出していた。
「元々王都に支援物資を届けに来てたの。そしたらその途中でよ、まったく……」
ぶつぶつと、そう愚痴りながらも彼女は店に案内する。店員達は妖しげなスピーシィや、更に怪しいクロを連れるミーニャに対してなにか文句を口にすることはなく黙って二人を店の中に通した。
頼れる女店主、と、スピーシィが評していたが、まさしくそれだけの統率力を彼女は有しているらしい。
従業員しか利用しないような狭い通路を通りながら急な階段を上っていく。すると、先程まで余裕綽々だったスピーシィが何故か既に疲れ果てたような顔になった。
「……浮いて、良いですか?」
「流石に店の子が二度見するから止めなさい………それで、どうするの?言っとくけど、王都から逃げるなら力貸すわよ」
「それは……」
待って欲しい。とクロが口を挟もうとするが、それよりも速く、振り返ったミーニャの鋭い視線がクロの発言を封じた。スピーシィのような巫山戯た視線ではない。明確なまでの敵意に満ちた視線だった。
「アンタには話してないわ。”影の騎士”さん」
「……ご存じでしたか。バレンタイン様」
「ったりまえでしょ。バカスピーシィと違って、私はアンタを敵だと思ってるから」
実に、正しい認識だった。スピーシィのゴリ押しで無理矢理彼女の為に働かされていたが、本質的に自分はスピーシィの敵なのだ。というか、今彼女に付き従うように歩いていること自体何処か間違っている。本来なら嫌がる彼女を無理矢理引き連れ回す役目なのだ。
「あら、意地悪ですねミーニャ」
はずなのだが、当のスピーシィはクスクス笑いながらクロを抱きしめる。
「アンタが危機感なさ過ぎるのよ。そういうところが……いや、今は良いわ」
そう言いながらミーニャどんどんと階段を上がっていく。階下は一応、最小限の人員で店の形を保っていたが、上の階には人気が無かった。そして同時に何故かひんやりとした、空気が流れてくる。
「兎に角、アンタは此処に居るべきじゃ無いわ。見回ったなら分かるでしょ?」
ミーニャはそういって、上階の部屋の扉の一つに手をかけ、開いた。
「王都は今、地獄よ」
そういって彼女が見せるのは、沢山のベッドに寝転がった従業員達の姿だった。
狭い小部屋に5つほどの、簡易ベッドと、そこに寝転がる若い女や男達。突然押し入ってきたクロ達に対してもなんら視線を向けることは無かった。
それどころか、反応すら示さない。ベッドの上で身じろぎすらしない。顔色は土気色で、死体が並んでいるのではないかとすら思えた。だが、彼等は生きている。
クロは驚かない。今この王都では至る所で見られる光景だからだ。
「……この方達は、従業員達ですか?」
「出稼ぎで王都で働いてたウチの領地の子達よ。家に帰すわけにもいかない。伝染しないとは言われてるけど……病んだ人が故郷に帰ったら村人に村八分にされたなんて話も聞くわ」
ミーニャは最も若い幼い子供のような少女の額を撫でる。勿論、ミーニャがそうしたところで彼女は一切反応することは無かった。苦しそうに悶えた表情で天井を見上げるようにして、本当に死んだように眠っている。
「こんな子、珍しくも無いわよ。彼方此方でこんな状態の人間ばかり」
【停滞の病】と名付けられたこの病が流行りだしたのはここ一年ほどのことだ。
最初、この病の兆候を見せたのは、誰であろう貴族、即ち魔術師達だった。身体の不調、肩こりや身体の節々の動作が鈍くなる兆候。最初は疲労から来るものだと思っていたが、徐々にその症状を訴える者が多くなった。
身体が重い。歩くのが億劫だ。そして終いにはベットから降りることも出来なくなった。最後にはまるで死んだように眠り、動かなくなる。食事も水も取らない。身体は石のように固まり、しかし死んでいるわけでもなく、腐りもしない。あまりにも異様なその病の症状は知られると王都の誰もが恐怖した。
魔術師を狙い撃ちにしたようなその病から、最初に名付けられた名称は【貴族病】だ。しかし、この病はその内市井にまで広がり、魔術を使えない一般人にも同様の症状を引き起こし始めた。
「魔術師以外にも引き起こる病だって分かった瞬間のパニックは酷かったわ。なんだかんだ、その時までは王国民にとって他人事だったから……現実逃避だったのかもね」
真っ当な死すらも奪われる恐るべき病。
その病を逃れるため、様々な対策が検討され、あらゆる魔法薬や儀式の類いが試された。中にはこの機に乗ぜよと金儲けに走り、怪しげな薬をばらまいて大儲けを目論む者もいた。あるいは恐怖から逃れるために、怪しげな信仰を始める者も居た。
しかし正しくあろうとする者にも、道を外れた者にも、等しく病はふりかかった。
そして今のこの状況である。王都グラストールは滅びかけていた。
グラストールの外では病に掛かるモノはすくない。それどころか、病にかかった者が、王都から離れて養生したことで回復したという噂まである。結果、多くのものが王都から逃げ出し、外で生きるアテの無い者は息を潜めるようにして、自分が病にかからないことを祈る。か、最低限の財産だけを抱えてアテもなしに王都から逃げるかである。そう言った者達を利用して犯罪に引き込むものまで出る始末だ。
「原因も解決策も、予防策もまだ何もわかってない。今、王城は助けを求める国民達の悲鳴と、王都の周辺貴族からの批難で一杯。まさに国家存亡の危機ね」
「あらいい気味……じゃなかった、大変ですね。少なくともこの子達は可哀想」
スピーシィは幼い子供達の頭を撫でていく。彼ら彼女らはやはり反応はなかった。
「でも、だったらどうしてあの人達、私を捕まえようとしたんです?私を捕まえたところで、こんな病治ったりはしませんよ」
「予想付くわよ。批判が集中しているって言ったでしょ。その矛先を逸らしたいのよ」
窓を開けて、空気を入れ換えながら、ミーニャは言う。その声色には呆れと侮蔑が入り交じっていた。
「アンタを捕まえて、全部アンタの所為にしたら、病は止まりませんが、一先ず元凶は捕まえました!って言えるでしょ?批判は少しは一時的には落ち着くでしょうね」
「本当に一時しのぎですねえ」
稚拙と笑うべきか、そんな小手先のやり方に魔甲騎士を使うまでに王国が追い込まれている事を嘆くべきか、クロには判断しかねた。最も、その辺りはクロが悩むべき事ではない。
「で、クロ少年は、このアホ娘を捕まえる気なの?」
直球の問いがミーニャから投げつけられた。明らかな敵意と共に。
クロは首を横に振る。
「……俺の目的は変わりません。スピーシィ様にこの病を調査し解決して貰うだけです」
「この国のあらゆる魔術師がそれに頭を悩ませて、それでも結果が出ないで居るのよ。このバカがどんだけ天才でも、いきなり呼びつけて、答えが出るわけ無いわよ」
「
場に空白が起こった。
無論、言うまでも無く原因はスピーシィが実にサラっと口にした一言である。この魔女、今なんと言った。”でた”と言ったか?
「は?」
「はい。
ミーニャとクロは顔を見合わせ、もう一度スピーシィの顔を見る。彼女は馬車から持ってきていたのか、バレンタインの菓子をもしゃもしゃと口にしながら首を傾げた。
「いや、あんたまさか本当に――――」
驚愕しながらミーニャが彼女の肩を掴もうと近付く。
だが、それよりも先にクロが”異変”に気がついた。窓の外から、チカチカとした奇妙な光の屈折が目に入った。窓の反射と勘違いするくらい僅かなものだが、クロは職業柄、それが光の魔術による不可視の魔術である事に気がついた。
「伏せてください――――!」
襲撃だ。そう悟ると同時にクロは二人に覆い被さった。同時に部屋に投げ込まれた魔法弾による強烈な閃光が部屋を包み込むのだった。
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