昔の追放劇 /「影」対「魔甲」
王立ガルバード魔術学園
王都グラストールで最も偉大なる魔術の学び舎にして、魔術師、即ち貴族達が集い勉学を共にし、いあいだ偉大なる大賢者ガルバードの後を継ぐ新たなる大魔術師を生み出すための叡智の神殿。
しかし、ガルバードの本来の使命は、時代と共に変遷していった。
魔力が特権階級の象徴となり、神聖化すると共に学園は政治闘争の場所に変化した。送りこまれた子供達は魔術の勉強よりも、貴族同士の繋がりを強固にし、派閥争いする事に終始している。
だから、ひたすらに魔術の研究をしているスピーシィは異端だった。
4大貴族の一角、クロスハート家の長女であるにもかかわらず、社交場に一切顔を出さずに研究室に篭もりっぱなし。そうして突飛な魔術を発明しては失笑を買っていた。クロスハートは娘の教育を間違ったと周囲から嘲られ、両親達は苦々しい顔で彼女に溜息をついた。
しかし当のスピーシィ自身はそんな周囲の悪評など、これっぽちも堪えてはいなかった。
魔術の研究は楽しかった。
他の貴族達は天から与えられた祝福(ギフト)に満足し、それを遊ばせるばかりだったが、スピーシィからすれば、魔術は未だ研磨されていない宝石に等しかった。知れば知るほどに、新しい発見が生まれてくる。かつて、魔術の研究が盛んだった時代の研究資料はどれだけ読んでも飽きなかった。
他の貴族達が薄っぺらい笑顔を貼り付けて思っても無いようなおべっかを使っているのがバカみたいに思えた。どうしてこんなにも楽しい事を無視して、あんなつまらなそうなパーティなんかに何度も出席するのだろう。スピーシィは不思議でならなかった。
他人からどう思われようと知ったことか。自分のしたいことをしたいようにしてやる。
この頃のスピーシィは本気でそんなことを思っていた。
今のスピーシィが当時の自分を振り返るならば、幼稚だ。と思うだろう。やりたいことをやるなら、その前にやらなければならないことが世の中にはあるのだ。彼女が学生時代に好き放題出来たのは、彼女が忌み嫌っていた父親の援助のお陰であると、その時の彼女は見て見ぬ振りをしていた。
そして、そのツケはやってきた。
「怠惰の魔女スピーシィ!!!お前を追放する!!!」
自分の婚約者の男が、まるで犯罪者を見るかのような侮蔑に満ちた視線を此方にぶつけて罵詈雑言を投げつける。
曰く、邪悪なる魔術の研究に手を染めた。
曰く、国家の一大事業隣りうる建設を妨害した。
曰く、彼の隣で泣いているプリシアという女子に嫉妬し暗殺未遂をしでかした。
それらの罪状をスピーシィに叩きつけた。
それに対するスピーシィの感想は
「なにそれ……知らない。怖……」
である。
当然、知るわけも無かった。彼女は研究室に篭もりきりだ。数少ない友人から時々警告は受けていたが、外の世界がどのような情報が流れているか、ちゃんと把握しようとしたことは無かった。知ろうともしなかったのだ。
怠惰の魔女とは言い得て妙だった。まさしくスピーシィは怠惰を犯した。自分のやりたいこと、好きなことしかしなかったツケが回ってきた。そして、自分が自分の好きなことばかりして必要なことを怠っている間に、王子の隣で泣いている――――ように見えて、瞳の奧で此方を冷徹に観察してる――――プリシアは、見事に自分を嵌めてのけた。
「……」
王子の罵詈雑言を聞き流して、スピーシィはプリシアに視線をやる。
状況を全く理解できていなかったスピーシィであったが、この状況を作り出したのがプリシアである事は分かっていた。周囲の人間達が突発的に発生したこの魔女裁判に熱狂する中で、彼女だけは冷静さを保っていたからだ。
涙を流しているのは表面だけだ。王子の隣で時に小さく言葉を囁いて、あるいは絶妙なタイミングで大げさに泣き伏せりながら、完璧に場の状況をコントロールしている。
それはスピーシィにはとても出来ない芸当だった。
凄いと思った。ムカつくとも思った。
自分に出来ないことを出来る人間は素直に尊敬する。
でも、殆ど会話もしたことの無い女に一方的に攻撃されるのはムカつく。
だから、スピーシィは当時ロクに化粧の仕方も知らなかった不細工な顔をニンマリと歪めて、言った。
「その顔、覚えましたからね」
その言葉を聞いたプリシアは、ほんの一瞬だけ不愉快そうに眉をひそめるのだった。
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恐るべき不死身の戦士。魔甲兵に囲まれたスピーシィは、しかし特に現状に対して驚きも、怯えもしていなかった。近くの噴水に腰掛けて、自分に向かって禍々しい剣を向ける戦士達に向かって溜息をついた。
「正直、予想しなかったわけじゃないんですけどね」
「予想」
「20年前も似たようなことありましたしね。最も、今回はワタシの所為にしたからどうなるかって話ではあるんですけども」
クロも理解はしている。魔甲騎士団が言ってるように、スピーシィがこの王都に蔓延る病の元凶ではない。と言うことを。
そもそも彼女はクロが尋ねるまで、王都の惨状すら全く知らなかったのだ。元凶であるわけが無い。
「怠惰の魔女スピーシィ!!言い訳があるなら言ってみろ!!」
だが、魔甲騎士団の隊長と思しき男は断定している。少なくともそうであるという前提で行動している。
そもそも、スピーシィが王都に召喚されたこと自体、知る者はそんなに多くないはずだ。現在のグラストールの切り札である魔甲騎士団に命令して動かせる者はさらに少ない。容疑者は絞られていた。
だが、そうなってくると、クロがすべきなのは彼ら魔甲騎士団の援助で在り、スピーシィの捕縛だった。無論、彼女が犯人ではないと言うことは承知の上だが、それをこの国のトップが望んでいるというのなら是非も――
「さ、それじゃあ、クロくん」
「は?」
だがしかし、そんな風に考えていると、不意にスピーシィがクロの背後に回り両手を肩に置いた。クロは猛烈に嫌な予感がした。彼女は楽しそうに笑っている。
「約束通り、ワタシをちゃんと護ってくださいね?」
「いや……それは」
言うまでも無く、クロはグラストール王国側の人間である。しかし彼女はその王国を敵に回せと言ってきている。勿論、約束だなんだといっても、それに従う義理はクロにはない。はずなのだが……
「護ってくれないなら、”帰りますよ?”」
「……この状況から?」
「ええ。帰ります」
スピーシィから向けられた脅迫が、クロの思考を硬直させた。
帰る。と、彼女は言ったか?巨大な魔物相手であっても一方的に撲滅する事が出来る恐るべき魔甲騎士に取り囲まれているような状況下にあって、帰る?
出来るわけが無い。と、クロの理性が冷静な判断をする。
しかし一方で、
この女ならやりかねない。と、クロの本能が警告する。
相反する二つの意見がクロの中でぶつかり合い、判断を鈍らせていた。その間にも魔甲騎士団はじわじわと包囲を狭めつつある。一方でスピーシィは何やら魔術術式を空中に描き出し始めた。何の術かは分からないが、此方を見てニッコリと微笑みを浮かべている。きっとろくなものでは無い。
「……やむを得ないか」
クロの任務は未だ変わりない。
「怠惰の魔女スピーシィに国に蔓延った病を調査をさせること」だ。魔甲騎士団を動かした者は、彼女に罪をなすり付けて捕らえようとしているようだが、彼の主が命じた任務にそのような修正の符丁は送られていない。そもそも彼女を最初から嵌めるのが目的なら、最初の命令で主はそのように命じているはずだ。
ならば、クロが今しなければならないことは、スピーシィを帰さない事だ。
クロは魔剣を引き抜いた。
「貴様!?何処の所属かは知らないが騎士団の一員だろう!何をしている!?」
「申し訳ありません。事情があります」
「愚か者が!!」
クロの行動に驚愕した隊長が声を荒げる。実際クロの今の行動はかなり血迷っている。やはり常識的に考えれば、彼等を前にスピーシィが逃げ切れるとは思えない。
元々魔甲騎士団は国外の魔術師に対抗する為に生まれた兵器なのだ。
無敵の鎧はあらゆる魔術を消去(レジスト)する。物理的に破壊されても、その鎧は即座に再生する。無尽の魔力を供給する【塔】によって、グラストール王国は最強の戦士を手に入れたのだ。
負けるはずが無い。無いのだが――
――抜け道(バックドア)くらい把握してますよ
背後で余裕をぶっこいている女が、ただでやられるとも思えなかった。
「ワタシ、悪漢達から騎士様に護って貰うの夢だったんですよね。」
きゃあ、お姫様みたーい。と怠惰の魔女ははしゃいでいる。
騎士を脅迫して仲間にけしかけるのは姫じゃ無くて魔女だとツッコミを入れたかった。
「何か言いました?」
「いいえプリンセス。どうか俺の手の届く所から離れないでください。貴方を護れない」
「きゃー、カッコいいっ!若返りそうです!」
プリンセス(魔)は楽しそうだった。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
「さ、て、と」
まんまと自分の同僚といえなくもない魔甲騎士達との戦闘を繰り広げる羽目になったクロの背後で、スピーシィはよいこらしょと、近くの噴水に腰掛けた。そして懐をごそごそとやると、何やら美しい細工のされた眼鏡をかける。
「あら、ちょっと調子が悪いのですね。手入れしておくべきでした」
そういってちょこちょこと眼鏡を弄りながらも、じっと目の前の戦闘を眺めている。
暫くして、納得したように声を上げた。
「ああ、やっぱり。こうなりますよね」
彼女の目の前での戦況は拮抗していた。
そう、拮抗である。
多勢に無勢で囲まれたクロが、最強の魔甲騎士達を相手に何故か拮抗した戦況を維持していたのである。
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なにが起きている!?
というのは、魔甲騎士の隊長と、クロ、双方の感想だった。
魔甲騎士の隊長は、目の前の黒い騎士を侮っていた訳ではなかった。だが、一方で捕らえることは容易だとも判断していた。確かに少年は魔剣の類いを持っているが、魔術を用いる様子もないことから、真っ当な騎士では無いのは明らかだ。
対して此方の人数は20人の魔甲騎士。
あまりにも過剰な兵力の投入だ。たった一人の魔術師を捕らえるためだけの戦力とは思えない。これだけの数が居れば、魔甲騎士に備えのない小さな国を落とせる程なのだ。
戦力比は圧倒的だ。これで負けるかも知れない、と考えるのは、空が落ちてくるかもしれないと心配するのと同義だ。
だから、すぐに捕らえられる。そう思った。
背後に居る怠惰の魔女、現在王都に蔓延る病の元凶――と、いう疑惑がかけられた女も、すぐに捕まえられると確信していた。
が、しかし、だ。
「速い…!?」
少年騎士の動きは、驚くほどに機敏だった。
魔甲騎士の砲撃も全て回避する。此方が剣を1度振る度に、向こうは3度は斬り付けてくる。都市の建造物を足場に駆け回り縦横無尽に此方を翻弄してくる。
魔剣に仕掛けでも用意しているのかとも思ったが、そうにも思えない。単純な身体能力の強化くらいはありそうなものだが、そんなものは此方も一緒である。魔甲兵装以上の強化は存在しないだろう。なのに、追いつけない。
「どうなっている……!?なんのトリックだ……!!」
魔女に化かされた、としか思えなかった。
だが、それは一方でクロの方も同じだった。
「遅い……!?」
魔甲騎士達の動きがあまりにも鈍い。まるで此方の動きについて来れていないのである。
クロは自分の実力を過小評価はしていない。任務をこなすために、魔術を使える騎士達に並ぶとまではいかないまでも、抵抗しうるだけの能力は身につけなければならないのだ。その為に必要だったのは身体能力の向上だった。少なくとも近接戦闘で【影の騎士団】に匹敵する騎士達はそうはいないだろう。
魔甲騎士相手であっても、タイマンならなんとか食い下がることくらいは出来るだろうと、そう思っていた。
そう、クロの実力はその程度だ。
一対一ならなんとか、かろうじて食い下がれる。その程度の認識だ。
だというのに、これはなんだ?
「っが!?」
「速い!?猿か!?」
「この一帯は人通りは無い!!躊躇せず魔砲を打ち込め!!!」
魔甲騎士達はクロに翻弄されていた。
クロが騎士達に攻撃を加え、離脱する。魔甲騎士達はクロの動きについていけず、空振りする。魔甲騎士達が全員備え付けている魔砲もまるでクロを捕らえる事叶わず、美しく建造された建物を破壊していた。
こんな事は、あり得ない!
誰であろうクロ自身が、自らのもたらした結果を疑うハメになった。
相手はその力で周辺各国の魔物達を蹂躙した最強の戦士達だ。確かに鈍重な所あれど、ただ素早さだけが強みの戦士を相手にして、そこまで一方的にやられるような事は無いはずだった。
というよりも、
「取り囲め!!!」
だが、流石に魔甲騎士達も、クロの武器が魔剣のみであり、多芸な戦士ではない事に気がついたらしい。適切に距離を取り、取り囲まれつつあった。
こうなってくると、いかにクロが近接戦闘で圧倒していたとしても、どうにもならない。元々が多勢に無勢だったのだ。いずれはこうなることは分かっていた。どれだけ翻弄しようと、数の暴力に勝てるわけが無い。
「魔女スピーシィを捕縛しろ!!!」
そして当然、彼等はスピーシィの捕縛に動く。これも既定路線だ。
クロの思わぬ奮闘の結果を、向こうは魔女スピーシィが起こしたトリックだと思っているのだろう。ならば、その元凶を真っ先に抑えるべきだと考えるのは当然だ。実際クロだって、今自分の身に起きている出来事が、彼女の仕掛けだと思っている。
だから、魔甲騎士達は彼女へと群がるように突撃し
「【ねんねんころり】」
見事に、一斉に返り討ちに合った。
「っぐ……!?」
「なん……眠……!?」
「何故……!!」
「まあ、こんな所ですかね」
まんまと釣られて、一斉に彼女の元に飛び込んだ騎士達を踏みつけながら、魔女スピーシィはクロの元へと近付いていく。あの追放の塔の中でクロが散々かまされた眠りの魔術を使ったのだろう。最強の魔甲騎士達は重い鉄塊となってぐうぐうと眠り始めた。
無論、対魔術の防御障壁を彼等は用意していたはずだが、彼女の前では何の意味も無いらしい。
「……想像はしていましたが、俺が護る必要なかったですよね」
汗だくの上、魔砲をギリギリで回避したためか火傷を彼方此方に負いながら、恨みがましい視線を彼女に向けると、スピーシィは素知らぬ顔で微笑みを浮かべた。
「あら、大変役に立ってくれましたよ。お陰でワタシはとても楽でした」
「この女……」
「どうしました?やっぱポチって呼びましょうか?首輪買ったんですけどいります?」
「いいえなんでも、プリンセス」
クロは彼女に何かを言うのは諦めた。
だが、諦めるわけにもいかないのは魔甲騎士団の隊長である。彼は一瞬で倒れ伏した部下達を見て、驚愕し声を荒げた。
「何故、消去(レジスト)が通じない……!?魔女の秘術か?!」
「説明するのが面倒なのでそうですね。魔女の秘術です。ええ」
その動揺をみっともない、とクロは言えなかった。彼の反応はまさしくスピーシィと出会った頃の自分のままである。
しかし動揺してくれるのは都合が良かった。彼等は明らかに自分とスピーシィを警戒し、距離を取り、攻撃も仕掛けてこない。魔砲による広域射撃を繰り出されたら、スピーシィは知らないが自分は普通に死んでいた。
「……それで、ここからどうするのです?」
依然として(クロだけ)窮地の状況下で、スピーシィに尋ねた。当然今の自分にはこの状況を打開する手段はない。自分は英雄のように、正面切って戦況を打開できるタイプではない。
打開の可能性があるとしたら、スピーシィだけなのだが、彼女は面倒くさそうだった。
「全員眠らせてもいいんですが……」
「出来るのですか……?」
「とても面倒くさいです」
「出来はするのですね……」
出来るならやって貰いたいものだが、彼女は唸ってばかりだ。無論、クロには彼女を強制する手段は無い。彼女の気紛れを期待するばかりだ。
だが、そうしている間に、予想外の助けはやって来た。
「あら?」
馬が地面を蹴る轟音と、車輪が駆ける騒音が響いた。魔甲騎士達とスピーシィ達の間を割って入るように突入してきたのは、おおよそ三メートル超はあろう巨大な白馬に引かれた大馬車だった。
貴族達か、大商人達が使う様な常識外の馬車はスピーシィ達の前で止まり、そして扉が開け放たれれた。
「あら、ミーニャ。お久しぶりですね」
「スピーシィ!!アンタなんで王都に来てるの!!バカじゃ無いの!?」
桃色髪の女は、開口一番にスピーシィに罵声を浴びせた。
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