兄のはなし
「江戸の頃は心中が流行ったらしいね」
唐突に兄が喋り始めました。
私たち兄妹ではよくあることで、兄はふと思いついたことをペラペラと語って、結論が出ようと出まいと、自分が満足したらそこで口をつぐんで、さっき迄話していたことなんて幻だったように黙るのです。兄妹でいる時だけ起こる、変な現象。それはずいぶん勝手な兄の悪癖というか、むしろ遺伝子レベルに刻み込まれた兄の習性でした。
私は片耳だけつけていたイヤホンを外して、音楽をタブレットの電源ごとぶっつり切りました。兄の話は突拍子もないしずいぶん勝手に終わるけど、つまらない話をしたことは無いのです。
聞く気がない様子よりかは、うんうんと適当に相槌を打って、あぁとか、へぇとか言ってるとちょっと話しが長続きして、なんかちょっと愉快なのです。
「男女が来世で会おうとか言って、お揃いのものを持ったり帯で手足を結びつけたりして自殺するらしいね。二人とも死んでしまうんだってね。」
「へぇ」
心中というものは知っていました。私は文学を好んでいましたから。
特に太宰と夏目がお気に入りで。太宰の死因が心中というので、あぁ、馬鹿な死に方もあるものだと知識がありました。
「ところであの時代は生まれ変わりというのが信じられていてね。…………あ、違った、全然違うことを言うつもりだったのに」
「なに?」
兄はバラバラ話の主旨を変えて、最後に最初の話に戻す変な語り方をしていました。きっと自分で噛み砕き、まとめ上げながら、思いつくままに話しているんでしょう。
「えぇとね。双子とか三つ子とかは、あまり良いものじゃなかったんだよ」
「私たち双子ね」
「あぁ、そうだね。ホント、江戸の頃に生まれなくて良かったよ。見世物小屋に売り飛ばされたかもしれないから」
「しびあね」
「シビアさ。」
口がちょうどうまく回らなくて、変な発音になりました。兄がはっきりした滑舌で、私の言ったことを肯定しました。
「畜生……家畜と同じだということだね、双子三つ子というのは。大罪を犯した人間の生まれ変わりだと、人の姿をした獣の魂を持つ者だと、そう言われたらしいね。………同性の双子とかは」
「じゃあ、私たちは違うのね」
「あぁ、どちらがマシかはわからないけどね」
付け足すように言われたことに興味を持ってみれば……、突き放されるような物言いに私は頬杖をつきました。言い方は兄の癖です。話を上手く繋げようと思案しているのが、私にはわかりました。
「男女の双子は、心中した二人らしい」
「あら、私たち心中したのね」
「前世でな」
ほら、やっぱり兄の話は面白い。
兄にも私にも、これっぽっちも近親相姦の気なんてないのだけど、前世で心中したというのはちょっと面白い気がしました。
「愛してるわ」
「そう言って舌を噛んだのか」
「川に沈んだかも」
「僕が滅多刺してから後追いのように自分の首を切り裂いたか」
「なんて物騒」
「しかしそういうことがあったかもしれない」
兄は片方の口角だけ上げて笑いました。左の口角。人の顔は左半分が本音が出ると言いますし、兄は楽しいのでしょう。
私もくすくすと笑いました。手で口元を覆いましたが、同じように左の口角だけ上がっているでしょう。
「お前が妹でよかった」
「兄さんが兄さんで良かった」
そう言うと兄は、ふっと、窓の外を見ました。
さらさら絹のような雨が降っています。少しその雨を眺めてから。
兄はピッタリ口を閉じると、それから何事もなかったかのように黙りました。
私はイヤホンを両耳につけて、音量を上げて音楽を聴き始めました。
よくあるネタのよくある短編 夏 雪花 @Natsu_Setsuna
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