とある門から、地獄まで

俺は、単なる悪人である。

地獄の血の池にて、ただもがき苦しんでいるばかりの、阿呆である。

ただ、一つだけ弁解させて欲しい。

この俺も、最初から、根っからの悪人だった訳ではないのだ。俺を狂わせた出来事がそう、……二十三か、そこらの時にあったのだ。

俺を悪の道に突き落とした出来事が。


そうあれは、十といく年前だったか。京の街にて俺は働いていた。

まぁ、過去形なのだが。

二、三年もの間、京では地震に辻風、飢饉とまぁひどい災厄が続いた。

そんな訳で、下人として雇ってくれていた主人に、俺はとうとう暇を出されてしまったのだ。

一つ目の不幸な出来事だ。

しかし、不幸というものは連鎖するようで。新しい職も見つからず、俺は野宿を数日続けていた。

そうして四日か、五日ほど経ってろうか。

ひどい雨が、俺を参らせてきた訳である。

しばしの間雨を遣り過ごす場所が必要で、俺は彷徨うままに彷徨い。とある門の下に辿り着いた。

柱の赤い丹塗りは剥がれ、冷たい風の吹く、寂れた門だ。巷では、妖がでる。盗人が棲む。挙句、引き取り手のない死体がゴロゴロと捨てられていく。と噂の門である。

頬にできたできものを触りながら、やまぬ雨に俺は途方に暮れていた。

ざぁざぁと降る雨が、なんとなく感傷的な気持ちにさせたのだろう。

金も、住む所もなく。そろそろ悪行に手を染めるか、野垂れ死ぬかを選ばねばならない頃でもあった。

まぁ、眠るところくらいあるだろう。

俺は軽い気持ちで、門の上の、楼へと上がることにした。

門の影にある梯子段に手をかけ、足をかけ、するするりと、上を目指す。

頭を出したところで、腐臭に鼻を覆った。なるほど。死体が捨て置かれているというのは事実らしい。

しかし、俺は目に映った光景に鼻を覆うのも忘れた。


* * *


数刻も経たない頃、俺は暗い雨の中を走っていた。

薄汚れた着物を抱え、口角は上がり、なんとも清々しい気分であった。

あぁ、なんと素晴らしい。なんとも面白い。

自分の言ったことにしっぺ返しを喰らって、馬鹿な婆だ。

悪人にする悪行は、悪では無い。生きるためには仕方がねぇと、まぁ、そのようなことを言っていた。

ならば俺が、あの死体の髪を抜く婆さんの事をどうしようと構うまい。

死人の髪でかつらを作るあの婆も、悪人には違いないのだから。

たとえ、ひはぎしようと問題あるまい。

薄汚れた着物一枚。

しかし、金になるには違いなかった。

あぁ、愉快だ。なんとも愉快だ。

雨に打たれながら、天を仰ぎ、俺は声を出して

笑った。


白布は、紺屋が染めれば二度と同じほど白く

はならない。

人も同じだ。白布と一緒。

悪に染まると戻れやしない。

俺はそこから、悪へと転がり落ちていった。



道行く者の服を剥いだ。店を襲った。

人を殺した、女も子供も関係なかった。

家に火をつけた。悲鳴を笑った。

様々な悪行をしてきたが、俺が最も得意だったのは盗みだった。

なんでも、俺は手が器用なようで。多くの家に忍び入っては金目の物を盗り、バレれば人を殺した。


俺は悪に染まり、そして。


そして気づいた頃には、地獄だった。

血の池にぷかぷかと浮き沈みしながら、俺はうなり、苦しみ、ふと上を見て。



銀色のか細い糸が一筋、天から降りてくるの

が見えた。



申し遅れました。俺の名は犍陀多。

大泥棒の大罪人。犍陀多。



『羅生門』から、地獄にて、『蜘蛛の糸』が

降りてくるまで。

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