第19話
無論偶然であろう、議長緊急声明に期を一にするかに、“敵”の圧力が増大したのは。
戦争指導は簡明だった。
人類の、宇宙居住の放棄。
そして、敵戦力策源への侵攻、殲滅。
ピープル・ドライブ、人類はその生存圏発起であった地球に向け駆逐され、潰走した。
地球軌道に向け疎開する宇宙民、難民護送につき可能な限りの戦力が振り向けられたが全くの戦力不足であり、戦力の分散投入は警護対象もろとも全滅の消耗を多発、避難指示についてなぜ早期の事態対応を国民に諮らなかったのかとまた糾弾の声が高まった。
そうした指導のあらかたを片付け終えた段階で病に伏した現職への、人類最高指導者の職責を担いながら自己管理も出来ないとは何事かという弾劾は人類史上ギネス級のそれに達した、つまり医療ナノマシンでも賄いきれない過労であったのだが。
ミキもまた、デスクワークでもなんでもその頭脳で出来る限りの人類への貢献、かつて冷笑とともに見下げたあの人類の為に全力を投じ、いい具合にテンパる日々を送っていたその日、行動手順の隙間にねじ込み久しぶりにねんがんのシャワーを浴びながらアレフと、
《質問ですが》
<なあに>
《この、人類を救う必要があるんですか》
ミキはかつての笑いを取り戻し、答えた。
<この人類だから、救うのよ>
それに。
<ついでだから>
送り出す戦力が端から壊滅していく都合、丸腰での避難も急増し結果被害も急増した。
人類の総人口は瞬く間に半数を割り、1/3にそして。
反攻は、決行される。
外宇宙艦隊。
其れは軍ではない軍、嘗ての地球両極、未踏の荒野を目指す、野心、冒険、夢、そして名誉、系譜を継ぎ、新たな極地たる深宇宙を拓く者が名のるべき称号であった。
公募命名艦隊旗艦の名は、当然の如くに『エンタープライズ』。
「政治の力などささやかだが微力は尽くした、後は、頼む、人類に勝利を」
「総員、乗艦!」
病床からの短い訓示を背に艦隊は進発する。
完全志願制、人類の精髄。
同時に、反攻直前に一時解除された避難指示が再指示される。
敵戦力は全て外宇宙艦隊が引き付ける。
露払いの前衛として投入されたのは使い潰したとしても全く惜しくない、解体、資材以上の役には立つまいと死蔵されていた、群島戦では打撃戦力であった無人艦隊だった。
迎撃戦闘ではない、人類が示した初の攻勢、戦力集中に、“敵”もまた想定通りに呼応してきた。文字通り一隻残らず前衛部隊は全滅したが、陽動、囮部隊として敵戦力を吸収し、後続する主力艦隊への圧力低減をという所期の目的は十分達成され、敵戦力動態観測として遺された戦訓も貴重だった。
そして主隊も苛烈な攻撃に晒される時が来た。
先任戦術戦闘士官の発令で艦隊所属総員が電脳戦術空間にダッグ・インする。
ダッグ・イン。本来はMBT、主力戦闘車の防御戦闘に於いて砲塔のみを露出させ車体を地中に埋設し、被弾面積を低減させることで戦闘能力と生残性を高める戦術行動を指す、宇宙での戦闘に於いて人は電脳空間にその身を沈める事で、生身の身体では決して達し得ない高みと深み、両者の比較が無意味な程に破格の防御、攻撃能力を獲得する、直後、人は自分が延圧機で挽き潰されたかの感覚を味わう、各人、自らの電子副脳により増幅される身体間隔の拡張、此の世の無間まで続く不快と、恐怖と対峙させられ、それと戦う。
しかしそれは、実時間に置換すれば通常の人間には到底知覚出来ない微少時空でのイベントに過ぎない。
「ターン・オン、オールゴー」
総員がそれに堪え、配置に就いた事が続いて宣言される。
艦隊総司令官は、その総てを自身の権限と責任の許、意識下にこれを置く。
コマンダーズ・シートにあって彼が、悠揚と眼下に艦隊総員の忠勇を見護っているその感触は、同時にこれを総員が共有している。
オルソ・ベルティーニ。
最初で最後なんだ好きにやらせろと最上級権限の濫用としか、自ら現場に収まってしまった。
そんな彼だが、今の時点では眼前の作戦空間に関与する余地は無い。
状況は対空迎撃であり、それはこの瞬間まで入念に練り上げられて来た指揮統制システムが機能し続ける限りに於いて、自動的に対処され処置されていく。
この艦隊の初陣、初交戦で最初の戦果を挙げたのは、「ブラック・エイセス」二番機を駆るンゴロ・グヌダバ中尉であった。中尉は既に確認撃墜二機のスコアを持つベテランであった。つまり今次戦であと2機墜とす事が出来れば晴れて、歴代エースへの仲間入りとなる。
Black-aces-02:kill 01
母艦艦載機管制に、中尉の乗機からの確認撃墜申告が着信する。
同時に中尉と、艦隊全体のキル・スコアが1つ、カウント・アップされた。
交戦開始から2.47ns、ナノ秒、
0.00000000247秒経過してからの、これは戦果である。
当然だが母艦パイロットは自機に搭乗した瞬間から、自機とダッグ・イン状態にある。一心同体という表現は近いかもしれない。
戦局はようやく、1µs、マイクロ秒まで進捗する。
0.000001秒。
前方警戒、艦隊直掩にあった6機による必死の抵抗がキル・スコアは順調に加算させているがにも関わらず、敵影は着実に増加している。
母艦管制は既に稼働全力の出撃を下令しているが、現実は微睡むように刻まれて行く。
この戦闘で、最大の試練を課せられているのは実は整備班員である。
ブリッジ・クルーは配置から動く必要は無い。しかし整備班には当然、発着艦母艦艦載機の整備、修理が求められる。
艦隊乗り組み総員は無論全員、身体をサイボーグ体に換装されている。しかしキカイ仕掛けの身体だといっても実際局面で、光速を意識するようには活動出来ない。その身体操縦感覚は正に、コンクリートの海を泳ぎ行くが如し、である。
しかし彼等はその全員が自らそれを志願し、選抜を経、今、ここにいる。
1ms、ミリ秒、0.001秒が経過。
ベルティーニは作戦戦術情報表示面を睨み付ける。
明らかに、押されている。
1機が全弾射耗、機載弾薬の総てを撃ち尽くし弾切れとなって帰還軌道に遷移を開始している。
対して、敵影は倍加していた。
現状は殲滅能力が、敵の戦力投入量に全く対抗出来ていない。
そして増援は、未だ艦内に居る。
発艦シークセンスは完全自動であり、くどいようだがそれは既に起動している。
1機辺りの射出頻度は僅か0.1秒。
3秒あれば、増援30機は戦域への展開を完了する。
3秒。
僅かに3秒。
ベルティーニの顔に、苦味に似た何かが宿る。
その3秒の限りなく、永遠にも似て思われるこの様はどうだ。その間に人類どころか先に一度宇宙が滅んでしまったとて、全く不思議ではないな。
1秒経過。
戦域には予定通り、人類側10機の増援が展開する。
そして先に、直に就いていた残り5機も後退。ローテーションが廻る。
そして戦闘開始から既に37時間が経過。
昼夜兼行、戦いは一日半の永きに及んでいた。
人類側にとって、戦局は最終局面を迎えつつあった。
破綻が、近づいていた。
まず何より、作戦参加戦力の疲弊がとうに限界を遙かに超越していた。
ダッグ・イン環境にある者は、極度な摩耗を強いられる。
酷使される脳細胞は凄まじい勢いで死滅し、精神は絶え間なく苛まされ、摺り下ろされる。脳髄の異常な活性化に引き摺られ身体も異常を来す、それがサイボーグ体であろうと、である。
通例、過去の運用実績に照らし、ダッグ・インの継続適用限度時間は約1分30秒と規定されている。
それが、37時間に渡っている。
壊れる者が出ても何の不思議も無い。
或る意味既に、参加将兵全員が一線、二線、10か100の河を渡り彼岸に達してしまっている、と言える。
単純に、正面戦力も消耗し切っていた。
稼働36に予備4を加え計40機で戦われていた戦域に、今展開しているのは僅か5機に過ぎなかった。それ以外は戦闘損耗したか、要整備、修理を受けねば戦力にならない状態で母艦の格納庫に置かれている。
そしてその5機も今、最悪な事にその全機が同時に、全弾射耗、弾切れでの戦闘不能状態に陥ろうとしている。
母艦に待機している増援可能機は、存在しない。
苦渋の果てに、ベルティーニは総司令官権限で決断を下す。
予備戦力の拘置は軍事作戦の初歩、大原則である。
手持ちの戦力を総て戦線に投じてしまったらどうなるか。
その者は、戦況の変化に全く対応不能となる。
内線であればまだやりようはある、左右での兵力転換の余地も存在しよう。
しかし外線であったら。
致命的な突破がもし為されようとしていたら。
そこに、予備を投じるのだ。
切り札であるが故に、予備戦力には正面投入戦力以上の信頼性がしばし要求される。
戦勝請負、“火消し部隊”と呼ばれる所以である。
エンジェル・コール、発信。
《作戦参加要請を受諾、戦闘に加入します。》
アレフはミキに告げる。
<行くか>
オメガもまた。
そして全天がまばゆく一度、煌めく。
〔作戦戦術空間に如何なる脅威対象も確認出来ず。速やかなる戦闘態勢の解除、並びに警戒レベルの引き下げを勧告する〕
旗艦にあって、戦闘指揮全般を支援する、中央戦術戦闘情報支援システムが発信した。
「……迎撃目標総ての消滅を確認。戦闘態勢を解除する、ターン・オフ」
先任戦術戦闘士官もまた、気の抜けた声で宣告する。
悠然と帰還した異形の機影、二機の人型に整備兵の群れが押し寄せ、私語厳禁の回線は歓呼でパンクした。
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