第18話

 戦争を勝利で終わらせたにもかかわらず、政府と軍はその緊張を解かなかった。

 政府は、否、人類は新たな、未知の脅威に晒されているのだった、それを明白に認識しているのは、一部の高官に限られていた。

 話せば判る相手、ではなかった。

 軍は事態を交戦と認識した上で、最終的に対象を“敵”と断じていた。それはしかしながら交渉の余地なく、見通しの立たない不毛な消耗戦、ではあったが。

 無論、交渉の機会があれば常に柔軟な、即時停戦に応じる姿勢は維持したままに。

 戦争が実際に終結して、しかし軍は動員を解除しなかった。

 世間一般には、今回の戦争で発生したデブリの除去、『スカイクリーナー作戦』を続行するための動員維持と説明され、それは事実の一部でもあったために国民はそれ以上の説明を求めなかった。

 安全確保までとの留保期間として、特に宇宙での基本での渡航は全面禁止となった。

 そうした事態を余所に、火星関連の予算が相次ぎ凍結或いは差し戻され、反比例するように軍事費が増大していた。内戦収拾に向け準備されていたとされる艦隊戦力が続々ロールアウトし進宙していくがこれは例の掃宙作戦に投じられるという。

 実態は全くの鏡像反転の様相を呈していた。

 先の「マーズランナー05」の事例及びその後の動態観測により推定された敵戦力ドクトリンに従い、つまり自然物ではない人工的な加減速を行い運動量を持つデコイ、センシング・ピケットをとにかくバラ撒き、これに敵の攻撃を誘引し民間被害を極限する、艦隊戦力は敵を迎撃殲滅するハンター・キラー機動部隊を編成、安全圏の確保に尽力する、艦載戦力は例の、かつては政府軍を恐怖のずんどこに叩き込んだ無敵戦隊、をデチューンしハイスペックとトレードオフで生産性と稼働率を底上げしたモンキーモデル。

 そして第二回雑談会議は開催された。

「全てを開示する時期が来たと判断する」

 ハルトマンは開口一番宣言した。

「その内容、我々が把握している実態について、この場で合意を得たい」

「来襲している戦力は」

 とアイ。

「本隊から発する、私たちがそうした手段とするのと同様の、機材であり道具」

<で、いいの>

 オメガは渋々、という体で肯定。

「だ、そうです」

「目的は」

 と、ミキ。

「私たち、人類の、見極め、仕えるにたる存在であるか」

《断言は出来ないが》

 アレフも同意する。

 根拠は、段階的な圧力。

 殲滅が目的であれば接触と同時に人類は滅亡している。

 冷厳な宣告に空気が凍る。

 敵、否。


 試練、か。


「ブラウン・コロリョフ・ベース」で整備中の戦力ですが、現状維持のペースですと」

 オルソ・ベルティニー統合幕僚長が報告する。

「完成まで約半年」

 ちら、と急峻な二次カーヴに目を遣り首を振る。

「直ちに戦時体制に移行した場合は」

 戦時下、と戦時動員、総力戦は全く異なる。

 最先任と一言、ふたこと。

「5週、+/-3日」

 ふーっ。

 ハルトマンは一同を見渡す。

「諸君、協力に感謝する、真に有難う」



「国民の皆さま、今日は、まずは、本日まで事態の隠蔽を図った事実について、全ては唯私一人の判断、責任に帰する一事を今一度皆さまにこの場でお伝えし、深くお詫び申し上げます」


 議長は長い時間静かに首を垂れ、そして向き直り続ける。


「また、今同時に政府公式サイトで開示しました事態の詳細、状況について、これは一体なにごとであるのかと、その常識を逸脱した内容に疑問を持たれる方、困惑される方、或るいは、お怒りの方もあるかもしれません、まるでキッズ・コンテンツの様なストーリー、オメガ、アレフ、巨大ロボット、人類存亡の危機、全て、今現在、政府と軍がその全力を以て対応し、解決努力に尽力するである処の、現実的、実際的、喫緊の課題であり、問題であり、脅威でもあります」


 議長は言葉を切る、その真意が伝わることを。


「今皆さまにお伝えする内容についてご理解頂けましたでしょうか、また私たちが、事態公示について今日まで、人類社会を無用の混乱に招きかねないこの事実を、可能な限りその全容把握に傾注し、同時に、人類社会に資する形での情報開示という最善の選択に向けての努力の一つが、皮肉な事に関係情報の隠蔽であった事を、この場を以て重ねてお詫び申し上げる次第です」


 実況コメントは錯綜し、紛糾する。


「そして本日、事態の全容開示に至りました理由は、この人類存亡の危急に於きまして、これを未然に回避する手段として、現段階での皆様のお力、その全てを一時、お借りしお預かりしたい時期が到来したことを、ここにお伝えしたいからです。本日まで私たちは、皆さまからお預かりしました権限、資産の範囲で事態打開に尽力して参りましたが、非才にして限界に達してしまいました、無能のお叱りは重々承知の事です、現状お伝え出来ます内容は以上です、ではご裁可を願います」


 現政権に対し考え付く限りの罵言が投げ付けられハルトマンの名が地獄もかくやの誹謗中傷死ねを筆頭に人類の敵とまで罵られる一方なぜかでは私が、という名乗りはなく、「人類救済法」もメディア各位非難轟々大合唱の中手間ひま掛けた古式ゆかしいアナログ形式で不正の余地なく国民投票を以て可決された、それは既に法規を越えて在任中の、現職の任期拡張についてその個人名を冠した条文を含む法であった。

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