第17話

 我筆頭主人候補唐突、我進捗確認視察、皆忙殺。

 本日。

 筆頭否確定。是、可変是。

 数多可能性是、否、欧州事情複雑怪奇。

 我成長最重要、身体一番、装置未熟未。美感外観最重要救、当然重要なのだが、こうしてやくたいもない思考だけに見える私、核、こそが枢要なのだ。だが偉い人には其れは通じまい。目に見える部分を何とかして体裁を整えないといけないらしい。調整槽でごぼごぼやってる私を、御披露するだけでは収まらないのだそうだ。何ともお疲れ様なことだ。

 結局、艤装予定の“どんがら”に私を載せて応対するようだ。こんなむちゃなことはないと師匠は嘆いている。私も、心底から同情申し上げる。今の私は頷き一つ出来ない身体だが。

 私の仮の身体をぴかぴかに磨き上げ、作業場も必要以上に清掃、整理整頓を終え、待つことしばし。来訪者は予定時刻きっかりに現れた。

 それは、彼女は、少女、いやまだ幼女だった。

 しきりに私に話し掛け、はなしたしゃべったと十分、御満悦のようであったので、一同は安堵した。私もだ。

 お役目を果たし、私は再び眠りに就いた。

 

 それもまた朧な記憶。

 映像と音声の断片からなる過去という形骸。

 断章の堆積。

 例えば、それはこんな欠片。

 

 私は草原に居た。

 元の、やわらかな、

 しかし貧相な、余りにも容易く朽ちてしまうあの身体で。

 私は自らの手を陽光にかざし、目を細める。

 掌が透ける。

 焦燥が胸を焼く。

 だめだ、これではだめなのだ。

 いったい何が起こったのか。これでは何もかも台無しだ。

 私の決意は。

 捨て去ったものたちは。

 声に私は振り返る。

 一人の儚い影がある。

 その唇が私の名を刻む。

 刻印する。

 私の口もまた彼女の名を告げる。

 彼女は。


 次に目覚めたとき、私はあまり機嫌がよくなかった。

 というより、寝ている最中で強引に叩き起こされて尚、ご機嫌麗しい者の方が例外ではないだろうか。私の反応は普遍的なものだろう。

「よっ」

 と相手は気軽に話しかけてきた。

「何か」

 私が努めて平静に応じると興醒めな態度を示した。

「なんだ、せっかく起こしてやったのに。ごあいさつだね」

「私に何の用だ」

 私はいささかの不快を滲ませ、遮るように言葉を返す。

「いや、ないよ」

 と、あっけらかんとした回答。

「ない」

 私の言葉はあからさまに荒れる。

「用もないのに私を起こしたというのか」

「それとも寝ていた方が良かったのか、そいつは悪かったな」

 しれっとした言葉に、私はその不自然さを初めて覚える。

「待て、君はここで何をしているんだ」

「だから最初から言ってるだろう」

 彼は私の迂闊さを嘲りながら宣告する。

「〝用〟があるやつなんてどこにもいないんだってばさ」

「黙れ」

 私は再度遮ったが、相手の言葉は重かった。

 その言葉の意味はすぐに理解された。

 見渡せば、世界は混乱と混沌に投げ棄てられていた。壊れ、造られ、崩され、笑い、泣き、怒り憎しみあい、ありとあらゆることが、そこでは起きていた。


 最初、私に覚醒を促した者も、それからかなり長い間、私に絡み続けてきた。

 言葉で、身体で。

 彼もまた、己が抱える虚無を埋める相手を欲していたのだろうかと、今から思えばそうかもしれない。

 何度目かに、つい、私は本気で相手をしてしまった。

 私は選ばれた物だ。

 総てを捨てて、自ら選んだ物だ。

 一柱たる資格を、だから得たのだ。

 有象無象が敵うものではない、しかし私はその一瞬それを忘れた。

 自らに其れを赦した。

 許してよいものではない。なんと浅薄な。

 全く。私は今更、何をしているのか、情けない。

 だから私は独りになった。当然の孤独だった。

 それもまた私の選択であった。

 そうである筈だった。

 しかし、それは私を蝕んでいった。どうしようもなく。

 余りにも、永かった。

 永劫。

それこそが、私の選択であったのか。

 そのまま彷徨い続けていた。

 このまま宇宙の果てまで、時の終わりまで流れ行くのか、続けるのかと想いつつ。


 そこに漂着したのは、そう、たまたまだった。

 そんなものは何度も、何度となく私の前をよぎって行ったのだ。

 何故そこで止まったのか。理由などある訳もない。

 星系内でも一際巨大なその地形に降り立ち、そのまま身を横たえた。

 時、という感覚はもうとうの昔に闇の狭間に溶け墜ちていた。

 そうして、そこでまどろみ続けた。

 同時に、待ち続けた。何かを。

 それが何かは、自分でも判らなかったのだが。

 ただ、光を。

 無明に光が兆すのを。

 弛緩しながら同時に、暗闇に目を凝らし、待ち続けていた。

 懸命に。

 一心に。


 その光が灯ったとき。

 私は、驚き戸惑い歓喜に咽ぶ、余裕は与えられなかった。それはあまりに瞬間的で、強く、しかし弱々しい輝きだった。

 彼女との邂逅は、だから同時に緊急事態でもあった。寸刻の猶予もなかったのだ。


<アレフ>

《はい》

<アレフ、でいいの>

《他の名を》

<いええ、よろしく、アレフ>

《もちろんです》


 ミキは直正を見た、その手を取る。


「通じたわ」

 ああ。

「おめでとう、でいいのかな」

 おめでとう、なのかしら。

「それは、わからない」

 ミキは再び「アレフ」を見た。

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