第10話

 波動理論、というそうな。ハンガーでメンテのおっちゃんたちと話し込み技官に教えを請い独習したのち辿り着いたアイの理解だった。バラして解析しての西洋科学お得意の手法で物質、世界を追求していくと原子から先、原子核、電子(レプトン)、クォーク、グルーオン、光子とバラけていくけど、モノをバラし尽くして行き着いた結果実は空間は空間ではなく実体を伴う存在で、そのグリッド(エーテル)から生成される粒子こそ反粒子と対になる(対象性)仮初めの影、私らはすっかすかの原子の塊じゃなくて、質量と普遍的密度を伴う宇宙超伝道体の海に抱かれて初めて存在していた、ブッディストの云う、シキソクゼクウクウソクゼシキまんまだった、と、ここまでは連邦市民なら常識誰でも知ってる初等教育のおさらいなので理解出来ないなら貴方のライブラリ・データ・セルをメンテした方がいい。で、物質の根源、粒子は量子、光子が粒子と波の性質を持つのは一応確認、つまり、私たちが“もの”だと思って見てる世界は、目を凝らすと総て数学的にしか記述出来ない光の瞬きで構成されている。でもやっぱり、私たちに世界は“もの”の姿しか見せていない。


 では、“なみ”はどこにいっているのか。


 ここからどんどんあやしい、言葉として聞いたままでアイも字面は読めても理解は遠い。昔、世界の主役が物質であり、エーテルが干され一度は虚無に置き換えられたように。


 もの、は“もの”、ではなく、その本質は粒子ではなく波に存在する。


 確定ではなく不定にして未定。

 当然、世界そのものも単一ではなく、時間も空間も無限に放散している。

 微から巨へ、空から色まで遍く在る。

 例えで一番なのが電子機器と情報表示面で、表示情報は微細な画素で構成され、それはアプリで制御され、電子の瞬きに還元される、粒子と波からなるシームレスな階層構造だ、このグラデーションが世界だ。

 量子は粒子と波の結節点で、その先、世界は色から空、波となる。

 波動理論は世界を波で記述する。


 なるほど、判らん。


 更に電子機器に例えるなら神サマがバイナリで記述した世界をちょっとエディタで開き、欲しいデータを書き加えるだけ、ホラ、簡単……どこが。いであ界はある、ありまぁ~す!。プラトンは正しかった。現実はその影。その、波動理論で製造されたのが、あの、一見なんなのか正体不明の3機の宇宙機なのだ。物理的には奇怪なオブジェでしかないにも関わらず、兵器である、禍者。実在の兵器が破壊と殺戮の究極効率を追い求め一種妖艶な機能美を手に入れたのに反し、醜悪な実在をありのまま体現したフォルムは、なんというか、理論の実証を雄弁に語るようでいて、興味深いものがある。もっとも、見たまんま、人間が既知の理論で計算したとおりに機能し性能を持つ在来機器に比べ、それこそ材質がどうとかいう以前の、原子、というよりそれが為すエネルギー配列が少しズレただけでぱあとかいう、あほみたいな工作精度を要求されるとかで、ようやくにして実働状態に持っていけたあの3機でへとへと、稼働率も推して知るべし。そうした次第であるので当然にして搭乗者もその一部で、つまりあたしらが選定されたのはその相性、都合がいい波動の人間だから、ということだそうで実に迷惑以外の何ものとも思えない。


 関わる人間を総て不幸にする、やはり戦争だ。


 軍とは何か。

 国家の守護者、だ。

 国家とは。

 国民の生命、財産。

 戦況、我が方有利。

 このまま、終戦まで、アレ、が出て来さえしなければ。


 ボギー01への対処は未だ策定されていない、その端緒すら見出せずにいる、群島があれを出して来ていない現況は行幸に過ぎず、国家の安全保障を敵失に頼っているこの状況は健全であるとはいえない、全くいえない。

 もし群島があれを10機。

 いや、2機で十分だろう、それでこの戦争は、終わる。

 個人的にはそれでも構わないが職務怠慢のツケが戦後処理でどういう形となるかも考えると、あまりいい気分にはなれない。

 1機の兵器で戦争が変わることなどないと説く有名な古典カートゥンがあるが、無神の悪魔ジャポネらしい言い草で、それは人間の都合というものだ。古来、戦争は薄汚い経済活動、連邦市民なら誰でも学ぶ有名な、逆さ卍の資金源が敵対海の向こうの壁の街にあったという類、の爛れた現象などではなく神聖なる、神、のものだった。人間はその観客、代理人、語り部であったに過ぎない。あれいやジャポネにもそういえば、コジキとかいう立派な戦争神話があったような。


 ボギー01は神託戦争が現代に蘇ったような存在だ。


 王権神授が顕現したようなものだ。ボギー01がその存在によって、人類の次の担い手は彼ら、群島にある、それを示した。

 情報は漏れる、ボギー01は当然にして国家最大機密事項であり、奇妙な事にそれは群島側も同様である様で、なぜ、過大に、当分であっても神に匹敵する我が力を情報戦最大の武器として縦横に振り回さず矛を収めたままでいるのか。


 「降伏せよ、我が方に(仮称)あり」


 超光速で飛翔するアレの映像をばんばん配信すれば。

 なぜだ。


 今次の戦争について巷間では、実は“悪い”宇宙人が攻めて来たのだ、という陰謀論が強く拡散している。半分は政府の工作かもしれないが言い得て妙というより妙手かもしれないとエリウは感心していた。よいよ事態が逼迫した際に内戦勃発という行政上の不手際ではなく、アレが悪かったんだです人類の手には負えなかったんです、という逃げ口上は、ゲームプレイ中でのルールの改変ではあるものの責任追求の矛先逃れとしては有効かもしれない。


 みんなこいつがやりましたぼくたちわるくありません。

 そう言って、オメガを当局に突き出せば、それが出来ていれば。

 何度でも繰り返してやるが目標としていたのは改革だ、革命ですらない。

 まして、戦争、だと。

 笑うだろう、笑うしかない。

 笑えない現実を。


 あのときも笑えなかった、そうしたかったのに、自身を捕らえていたのは強い違和感だった。脳髄が痺れ明晰な思考を不自由させるような絶後の恐怖、ではなかったそのような事は彼にはあってはならなかった。実時間に比しては数秒の沈黙に過ぎない。エドは母艦を呼び出し、発見の報告及び時間、位置座標、必要諸元を冷静簡潔に伝達していた。自身興味はないが知識としては持っている、幼少時の記憶にある、それは、あまりに場違いな存在であった。装脚装椀、埋められた相貌は判然としない、その呼称が赦されるのであれば、“スーパーロボット”、それ以外に何と表現すればよいのか、そんなものが現実世界に、これいじょうないくらいに実際的な環境であるメイン・ベルトの工事現場に実存していていい筈がなかった、だってそうだろう、秀吉の戦略機動は新幹線を使ったんだという方がまだマシだ、少なくとも両者は実在している億年にも満たない少しばかりの時空不連続が何だというのか宇宙からみれば瑣末な誤差だ。

 光在れ。すると光が、“ハカセのひみつ基地”が、ちょっとした編集ミスでしたすみませんとでもいうように何事もなく、出現していた。


「不手際を正した」


 ネリッサの声でコムが告げるのをナイスハックだな、と痺れた脳裏でエドは呟く。

 そいつを眼の前にしても、もはや何の感慨も沸かない。つまり理性も感情もとうにふり切れ、単なる腹立ちしか覚えられない。これ以上ないめんどう事に巻き込まれた、政府を敵に廻してしまった。将来に於いてすら敵対の余地は無かった、誘導し、利用する道具となんで敵対関係になるものか、準備不足の開戦、などでは決してない、在り得ない事態だった。自称、“オメガ”の正体などどうでもいい、この状況をどう。


 「簡単なことだ」


 コムが厳かに宣告する。


 「望みとおり、君が王になればいい」


 コムを床に叩き付け、踏みにじった。

 そしてその後の世界はオメガが導くままに動いている。ソガメは自ら慶んで神輿に跨った。波動理論に護られた無敵戦隊は政府軍を思うままに翻弄している。


 オメガを感じられない、ネリッサが告白してきたとき、エドは安堵した。

 ほどなくして連合が倒れ、ネリッサも居なくなった。

 巫女も神も去ったか。

 後は、人の始末か。

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