第9話

 いつまでも子供ではいられない。


 なのでミキ・カズサは自分が遺伝子操作の人造人間、というよりは人外、であることもその存在が世界崩壊の一元凶、のみならずアルテミス宙難こそ自分という、火星オリンポス山頂に眠るおたから争奪のキー・アイテムを巡る暗闘に他ならない、両親役の男女含め乗り合わせた乗員乗客こそいい面の皮だ、というくらいには、大人だった。ほとんどは公開情報、ネットサーフの結果を付き合わせる事から検証可能で、与えられた能力からすれば造作もない、紙より薄く脆い防壁も少なくない数侵したが直近3ケタ、先にも億千万の人命を喰らっている自分が何をいまさら、良心の呵責、豚のエサですか、望んで得た生でもない、巡って蛮人が饗宴したとて私がどうしろと、せめて自分が自分であることについてくらいは得心しておこう、傲岸か、望んだのはおまえたちだろうに。それを示唆する如く、行く先々での出迎えも散見された。彼女が征途に抗う術なしせめて従順と受け容れようか、そうかよきにはからへ、蟻に対して報復感情など無縁だし、巣穴を壊して喜ぶほどの稚気は既に無い、だろう、安堵するがよい、人類よ。


 無常での無明、叡智、そして慈悲。

 不在の世界で主人を演じる、人もまた不安で不幸に怯え、拙い歩みを繰り出している可憐な存在でしかない。その儚さ故を憎むほどには自分は狭量になれない。

 多少煩わしくはあれど。

 外面上、ミキはコミュ障だが向学心旺盛な連邦の一市民にして一学徒であり続けた。


 そんなミキの意識にウォルター・カミングスなる男が像を結びはじめたのは数年前からだった。自覚的な愉しみでもあり結果ずいぶんと成長させてしまった情報検索集積エンジンのデータとしてまずその行動が影を落とし、興味を持ったミキは庭先に訪れる野鳥にパンくずを振舞う感覚、遠い昔に掌で小動物をあやした懐かしい想いを手繰りながらその動態から察するに欲しているのだろう情報を、あっちだこっちだとぱらぱら撒いてみるとちゅんちゅん、それをついばみ廻ってくれる、かわいい面白い。身分は役人、いわゆる情報部員、公安、庭先を見回り腐ったリンゴを逸早く見つけ出す、樹が枯れないないよう、他の実が腐らないように、そういう大事なお仕事。が、職務と微妙に乖離している、独自の思惑があるどうやら自分のそれと交叉している、気づいてミキはwktkした。おまえはこれを知っているか、そして遂に向こうから発信が来た。ウォルターは在野を動き廻り生の情報を握るスキル、なにより職能を帯びている寧ろそれこそが手段であり目的であったのだろうたぶんおそらくもしかしたら。自分同様第一級の危険人物になれる素養を持つようだがその可能性は無視してよさそうだ、単に彼は知りたいだけ、私と同じく、ここまで付き合えばさすがに判る。

 付き合う。

 ウォルターが実際に自分との接触、職務上からの公的な関係性の獲得に向け動き始めたときだからミキは、躊躇なくこれを全面的に支援していた。


 群島勢力は連邦、政府軍の文字通り火を吐くような反転攻勢に圧迫されていた。

 その主戦力は戦略打撃、質量兵器による超長遠距離精密砲撃である。

 宇宙空間という戦場でレーザ等の光学兵器は高度な射撃精度並びに字義通り光速という弾速を持つが反面、射撃距離による火力の減衰が著しい。他方、質量兵器は子供が放ったつぶてでも確実に届く。彼我共に高機動、高運動性を発揮する近接戦術環境では上記の弾速、精度が質量兵器の運用に重くのしかかるがしかし目標が固定と称して差し支えない施設、例えばコロニーの様な戦略拠点であればこれを打つにさしたる労苦はない。律儀というか、政府はそれを公示と共に開始した、即ち市民の知る権利として例外とはせず例の如くに表明した。いついつどこそこに向け砲撃を開始します、開始しましたと。群島はその砲撃、砲弾の迎撃に忙殺される事になった。

 何をとっても有償の宇宙にあって太陽光という唯一無二の恩恵から見放された永劫の不毛にある月の裏側はこの時代にあって尚マイナーな地所だった。なればこそ軍用地としては最適で、「ブラウン・コロリョフ・ベース」は月・地球圏に於ける「北米ステーション」に次ぐ軍事拠点としてすくすく絶賛大増強中であった。開戦より半年、そこからひっそりと見送る者もなく離れ行く影があったが、この一事はほんの一行とて報じられなかった。それはベルトとコロニー群の連絡線目掛け射込まれたディープストライク、損耗を厭わない、無人艦により編成された通商破壊艦隊であった。

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