第7話

 イタリアと戦争というのは世間ではあまり良くない相性であると知られるがその誤解の最たるものが第二次世界大戦についての認識であろうか。枢軸三国の中で唯一、勇敢にも国民が過ちを認め自ら政府を倒し、連合軍への降伏後ナチスドイツに占拠された自国でも多くの犠牲を出し苛烈な抵抗を戦っているイタリアは、決して惰弱とは言いえず無能でもないだろう。しかしながら定着した一般観念を覆すことは周知通りに至難であり、新任司令官が“パスタ野郎”だという事実は、基地に所属する政府軍にとって戦力増強と歓迎されはせず、政府は戦争を投げたのか敗戦消化試合かと意気消沈効果覿面であった。


 オルソ・ベルティーニ宇宙軍中将着任訓示。

 諸君、私が新たにこの基地を受け持つことになった、オルソ・ベルティーニ宇宙軍中将である、宜しく頼む。さて、諸君らの多くは、小官の着任に期待する処少なし、寧ろ不安、不平、指導層は何を考えているこの大事な局面で“イタ公”にぶん投げか戦争を諦めたのかという疑念が支配的であろうことは推定に難くない、これでも将官の端くれであるのでね。だが同時にこれは全員に同意して貰えるだろう、左様つまりああぶっちゃけ、「開戦以来連戦連敗、おまけに遂に指揮官はあろうことかあの戦史上最優秀なパスタ様ときたもんだ!ああもうこれ以上には悪くなりようがない、最高に最悪な展開だぜヒャッハー!!」とまあ今北産業的にはそういうことだなうん。


 爆笑、歓声。


 我が連邦政府を、戦争を継続しているという一事を以ってその無能を糾弾するのは易いが諸君も知っての通りそれは大人の事情だ。その判断の結果の一つが今回、小官の赴任であるわけだが、評価は今後の実績を以って委ねられたい。私は私なり職務に精勤する所存であるので、諸君らにもこれまで通り連邦市民として義務の履行を期待している、以上だ。


 戦争の通例であれば自陣営の戦果は盛大に、場合によれば誇大にも喧伝し、或いはその逆であるのだがこの戦争では違った。連邦政府はその経緯の総てを詳らかに公開し、他方群島は完全に沈黙していた。群島の赫々たる戦果を連邦が代わって自ら宣伝しているかの、極めて奇妙な構図であった。そうした次第であるので北米ステーション、俗称ヤンキーステーションは早々、パスタランチの別称を獲得するに至った。


「そんじゃー今回もおいしくいただいちゃいましょー」

「イタリア人って戦争だめだめなんしょ?そんな指揮官楽勝ラクショー」

 ほらコレとアーカイブから「ヘタリア」を引っ張り出し笑い転げるウィングに、


「策敵警戒」


 アイは固い声で発する。

 舞とユイはぱちくり。

「アイ、どしたの」

「なに?新しいカレシでも出来た?フラれた?」

 自分でも判らないが、いらつく、それを言葉にする。


「戦争なんだから、死ぬよ」


 そう、自分でも判らない、けど。

 偶然眼にしたそのイタ公の動画に怖気がした。レスはそれこそヒャッハーだけどイイネ!も多い。そして映像というのは正直で、自虐に満ちた言辞と相反に堂々たる、名将の風格、そも世間にいう名将がどんなか知らないし興味もないがああこれが名将と呼ばれるものなのか、という感慨をその大柄で甘いマスクのコメディアンじみた壮年のイタリア人に見てしまった、もやもやはその自分がだたぶん。そう、正直に、怖い、あの男が。“今まであまり良い御持て成しが出来ず申し訳ない、だが漸くにして準備が整った。我が自信作にして最高の舞台をご用意しよう、心行くまで堪能して欲しい、劇場へようこそ御令嬢方、見たまえ、これからが戦争だ”敵将の心の声がそう聞こえた、幻聴いや妄想。


 むかつく。


「あ、マジ何か居る??」

 3機小隊でセンシング、策敵警戒能力が最も高い1番機に搭乗する舞が発した。最高で太陽系全域に達するレンジを持つが、もちろんそんなバカをすれば1秒以下光の速さでガス欠する。データリンク、10、100、1000、万たくさんたくさん。


 何これ。針路前方を埋め尽くす無数のアンノン。


 アクティブといって、発振受動、ではない、まず光学パッシブ。人類が現用するそれとは隔絶した分解能によりレンジ内での太陽光及びその反射による物体の存在を確実に感知する、謂わば太陽光レーダーにして超絶アイボール、がそれそれらを発見。

 アイが小隊全機に向けアクティブステルスオンを発した直後、侵攻方向、連邦軍基地方向からの大出力レーダー照射の感知、そして。

 爆発。アンノンの総てが。

 無論、各機損害は何もない。


「こけ脅し?!」


 舞の声はしかし悲鳴に近い。

 アイは、敵の戦術を理解していた。

 計測限界を試験するような兆京垓のオーダーを軽く超える無数のデブリ、爆散破片で満たされた空間にぽっかりと空く、特異点。当然の様に追撃が、猛射が浴びせ掛けられた。大出力レーザにレールガン、周辺で刻々と増す赤外反応は機動爆雷の本射かもちろん各機依然として無傷、カスリ傷一つ負うものではないがしかし活動限界は。


「作戦中断。全機我に続け」


 猛撃そのものは柳に風と受け流しながらも掠れた声でアイは告げる。

 目標を完全に捕捉したのか、帰還軌道への遷移と同時に攻撃はまるで双方事前に打ち合わせがあったかのようにぴたりと止んだ。

 帰還途上、全員、一言も、何も口にしなかった。


 衝撃が強すぎた。


 悪い予感が当たったとアイは思った。新任は有能か?いや完全な池沼だ。地球近傍空間に地球人自ら望んでデブリを撒き散らすなど、命令されても出来るものではないそれを、自ら発案し政府に裁可させ、実行した。

 なるほどこれが戦争なのだと、それを初めてあのイタリア人に教えられたと、

 あの予感だけは正しかった。

 帰還したアイを更に打ちのめしたのは、今回の戦果、度重なる敗北を遂に食い止め見事敵襲を撃退してのけた大戦果を、政府が只の一言も報じようとしないその姿勢だった。それはこう表現されていた。北米ステーションは不明飛翔体を感知、単位3、と。イタ公のせせら笑いがはっきり聞こえたが何がそんなに腹立たしいのか全く判らない、ついこの間までこんな戦争、どうでも良かったのではないのか。

 ちがう、ああちがうたぶんそうじゃない。


 自分は初めて戦争という魔物を見た、関わる総てを見下し腹を抱え哄笑しそして喰らう、私は、苛立ち、憎み、戸惑い、なにより、恐れている。


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