第5話
そのデザインは枯れた、というよりアナクロとも思われる。
壁面を埋め尽くす骨董品の如きアナログメーターとトグルスイッチ。中央に申し訳程度のレーダーディスプレイ。消費電力を極限まで切り詰めたそれらは最終手段であり予備であり、原則として必要なデータは基本的には視覚神経に入力され脳で直に処理されている。
そして、実際にはそれすら不要であり、操作、操縦は完全に脳波で制御されている。
なので、作戦行動中は殆ど目を閉じ、寝ているような、夢か現か。
「ってちょっと、アイ、聞いてる?」
めんどくさい。
人殺しがめんどくさい、そんな日が来るとは思わなかった、
そも自分が戦争の、最前線に立つことになるなどそれこそまったく。
星暦72年9月8日当日。プトレマイオス級のクラスリーダー、フリゲート『ヒッパルコス』は地球軌道を進発、月基地より増派されたルナ・マレーイ級カッター4隻との合流を果たすと、艦隊旗艦として第1機動艦隊を編成する。これは、戦闘単位として人類史上で初めて編成された宇宙艦隊であった。然しながら不透明なのは、この軍事行動の理由、目的は明示されておらず、演習、との公示のみという当局の姿勢だった。もっとも一方、この一事に市民の関心は思いのほか低かった。ただ証言という形では残されていないがしかし、ごくごく一部の、知識と興味を持つ者は、かつての多くの戦争が演習の名の下にその危機を拡大し遂に失火、炎上に至った、という一面の事跡に暗い感情を抱いていたのかも知れない。
72年9月10日、正午の予定時間を既に2時間近く超過してなお、政府から予告された発表は開始されなかった。時折空雑音を交え、或いは関係者が偶にフレーム近くを出入りする以外、カメラは無人の演壇をひたすらに報じ続けていた。登壇した第12代地球連邦評議会議長アルフレッド・ハルトマンは常にはない空ろな、魂が燃え尽きた様な容貌を国民に向け、しかし落ち着いた明瞭な発話だった。
「国民の皆様、まずは不手際にて長らくお待たせしまして申し訳ありませんでした」
深く頭を垂れる。そしてそのままの姿勢で彼は続けた。
「星暦72年9月9日、連邦標準時01:45:56、昨日未明、政府は正体不明の何者かの攻撃を受けました」
一度言葉を切り、その意味を理解してもらう時間をおき、続ける。
「そして星暦72年9月10日、連邦標準時07:23:02、連邦政府はArchipelago-Allies、AA、“群島勢力”を名乗る組織より犯行声明を受信、同時に同組織による宣戦布告を受信しました。同時刻を持ちまして、連邦政府内領域全域に非常事態を宣言致しました」
ハルトマンは僅かに顔をあげ、国民と対面した。
「そして星暦72年9月10日、連邦標準時12:00:00、本日、私は地球連邦政府の代表として、全国民に対しここに戦時宣言を発令します」
来月に控える高真空環境作業資格Bライ受験がかなりヤバかったアイ・マリア・アガスは一報に触れて即、天佑なり、延期になれ延期になれと一心に念じた。天に通じたか試験は無期延期が公示された。内定凍結の通知もほぼ同時に届いた。取り消しではなく凍結というのは、社業再開の際には規定の通りアイを採用する、但しこれも規定の通り真環資格Bは取得済みであること。アイは途方にくれた。戦争が、メディアが報じるただの、誰かの出来事ではない、自分がその当事者である事を改めて突きつけられた気持ちだった。何があっても飯だけは喰わせてくれる連邦なので飢えることはないが……いや、戦争でそれすらダメになったら??。ようやく、実家にも連絡してみようかと思い至った矢先だった、島がその群島とやらに占拠されたと報じられたのは。だが、そこからさらに戦争は、言い寄るKYなブサメンよりもしつこく自分本位にアイとの関係を迫ってきた。島には戒厳令が発令され、食料は完全配給制となり、その受け取りを目的とする以外の外出は禁止された。島内公営放送以外のメディアは配信停止となった。
そしてアイには、群島の名で召集令状が届いた。
どんな戦争にももちろん無いんだろうがこれにもああ、「大義」なんてない正義も。
だって指導層にすらよく判らないそうだと漏れ伝え聞く、
防諜だ何だと人の口に戸は立てられないものだ。
少し前まで壊れたスピーカーみたいに『私語をするな』と喚いていた上官はもうすっかり大人しくなった。だってわたしら兵隊が、じゃ、辞めますといったら困るのはアイツだから。
わたしは、わたしらはなんなんだ。
適性、とか、知らんがな。
わたしらが押し込まれているこれは、あー、優れた兵器が発散する禍々しさとも機能美とも無縁の、ジャンクパーツを掻き集めて素人が前衛芸術を気取ってみたような、わけわかでアレ。
適性。
舞の話題は基本コイバナ、しかも第三者、マリーとマコーリフがどうの、という。本人は登場しない。ユイは無類のスイーツマニアだが作る方。
『各機、攻撃準備』
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南米、エクアドル沖合い洋上のメガ・フロートに基部を持つ軌道エレベータである「北米リフト」。そのテンション、カウンター・ウェイトとを兼務する宇宙港「北米ステーション」は半官半民、今戦時連邦政府軍の主戦力である宇宙艦隊の根拠地でもあり最重要戦略拠点であった。しかしながら単一の軍港ではなく半民の一事より察せるように、開戦当時での“軍”の実態は航宙警戒警備救難を主務とする警察組織であり、戦力と称し得るような、例えば艦艇等の戦闘目的能力を有する機材は不要にして皆無であった。
力場に包まれた“敵影”は視えない、あらゆる意味で不可視な存在で、最上の現場指揮官としても発狂を抑制する以上の強靭な意志の発露の他発揮し得る才能は持ち合わせていない。
迎撃対象は、視得ず。
不可視。何という事か。
一発喰らった後に初めて、敵襲を認定出来る。
何が如何であるのかは判らない。
とにかく、敵は不可視であり、それが作戦行動の前提条件として存在する。
故に、原則として“邀撃”でありつまり敵の……。
増設中の軌道エレベータがあっさりと、地上への災厄と我が身を転じて、崩落していく。
“迎撃”どころではないとにかく二次災害を低減すべく、準備施策の総てを発動する。
以外、何もすることはない、出来ない。
椅子に腰掛けたまま“敵”を“BQ”にする“業務”を“戦争”だと云われても。その認識は希薄だろう、だったんだろう。
「作戦終了。これより帰投する」
はー。
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