第一章 素っ頓狂な友人令嬢のせいで、一肌脱がざるを得ません②
私がそう思ったのと、
「エレノア・パールスタン、貴様……」
「俺の話の
「エノったら、一体何を言っているの?」
まず、エレノアがルドガーとローラの間に割って入ったという印象を
あくまでもこれは、少しばかり声が大きくなってしまっただけの、私とエレノアとの私的な会話だ。
私的な会話であるならば、お互いがそれを許容する限り、無礼は親愛へと変わる。
わざと言葉を
が、その程度のこと、
「お二人のご婚約は周知の事実でしょう? 貴女だって婚約パーティーには出席していたではないの。まさか忘れていたという事は無いわよね?」
意識的に、
すっかり冷え切ってしまっている空気を、少しでも軽くできれば。いつもののほほん顔を取り落とした彼女が、少しでも平常運転を取り戻せれば。そんな気持ちで告げた言葉は、
代わりにやっと「
「覚えているに決まっています! むしろあんなに盛大なパーティー、どうやって忘れろっていうのです!」
彼女のその反応に、正直言ってすこしホッとした。
だって彼女の言う通り、二人の婚約パーティーはとても盛大なものだったのだ。もしあれでパーティーの存在そのものを忘れていたとしたら、どこをどうしたものかと頭を
彼女のこの物言いで、周りも少し聞く耳を持ち始めたようだ。おそらく「じゃあ
周りからの視線も、先程までより少し和らいだ。もちろん勝負はまだまだこれからではあるけれど、これで少しはやりやすくなる。
ルドガーは、よほど先程の私の横やり、もとい無視が気にくわなかったらしい。まだ私を睨みつけている。
でもこれで
まずは怒りの
先程までならいざ知らず、
私の目が自分に向いたと気が付いた彼は、肩を怒らせ口を開いた。しかし言葉が発せられる前に、一足早く先手を打つ。
彼を
相手は王太子? だからどうしたの。
頭に血がのぼっていた? だから何だというのかしら。
どうせ一度痛い目を見ないと、自分がしでかした事にも気付かないのよね?
分かっているわ。たとえほんのカケラほどでも
エレノアに
それらの感情を全て込めた視線の
そういえば昔、私が本気で
いつまでも学習能力が無いのがいけないのだし、たかが一
口は
一方幸いだったのは、もう一人の当事者・ローラがまったく動く様子を見せない事だろう。むしろ動く気はないという意思表示を
彼女を敵に回すのは得策ではない。もちろん静観してくる彼女の
よし、この
「そっか。流石のエレノア嬢も、そればっかりは覚えていたんだね」
乱入者の声は、私にもエレノアにも
目を向けた先には、細身の長身にタレ目の
「やぁシシリー嬢、目立っているね」
彼も私たちと同い年。ドリートラスト
「ごきげんよう、モルド様。別に好きで目立っている訳ではないのだけれど」
「心中お察しするよ」
彼はバカではない。バカではないからこうなのだという
彼は周りに「どうやら
貴族社会において、後ろ
今回は特に一国の王太子を敵に回す危険を孕んでいるのだから
彼はきちんと、自身が今家の名声を担保にしている事、下手をすればエレノアと
しかしどうやらエレノアは、そうは思えなかったらしい。
「『流石のエレノア嬢も』とは一体どういう意味ですかっ! というか、モルド様は少し黙っていてください! 今せっかくシシリー様とお話をしているところなのですから!」
にぶいとは、まさにこういう事を言うのだろう。どうやらモルドを『人聞きの悪い言葉でせっかくの楽しい会話を邪魔する人』だと
「
「女の子同士のお話だからです!」
「ならもうちょっと
突っかかってくるエレノアに更に言葉を返したモルドは、実に楽しげにニヤついている。
まぁでもこれは、ちょっと仕方がないかもしれない。
そもそも
この二人、
エレノアの前でだけひときわ意地悪になるモルドに、言い返しても彼を喜ばせるだけだと分かっていないのか、毎回
お
「そもそも笑った事を
「ふふんっ、
が、そんなものはモルドの
「えー、エレノア嬢が何かイバッテルー。ちょっと意味ワカンナイー」
「ちょっ! バカにしないでください、
かまされた棒読みにエレノアがキャンと一つ
じゃれ合う様は、下手をすればただのイチャつきだ。というか
とっととくっついちゃえばいいのに、と私はいつも思うのだが、中々どうして二人の仲はいつまでも進展が見られない。
って、観察している場合じゃないわ。
「ほらちょっとエノ、いつまでもモルド様とじゃれ合っていないで早く続きを話してちょうだい」
「じゃれ合ってなんていません!」
「ハイハイじゃあもうそれでいいから、早く本題に
私の下した評価に彼女は不服そうだったものの、重ねて先を
ん? どうしたの? 何かためらうような事でも?
一応ルドガーを確認するが、彼はいい子に押し
え、ちょっと待って。もしかしてこの子、まさか「何の話だったっけ?」とか思っていないわよね。……あぁコレ絶対に思っているわ。
エレノアはとても分かりやすい。口にせずとも大体何を考えているのか
けれど、何故こんなにも
「
「あぁ!」
やっと思い出したらしい彼女は、
「ルドガー
人差し指をピンと立てて、さも「みんな知っていると思うけど」と言わんばかりに彼女は告げた。
私はそれを知っている。
「彼女は何を言っている? お二人はずっと
「あぁパーティーでもいつも寄り
「それがずっと険悪だったなどと……」
方々から「まさかそんな筈」という声が
信じられないのもよく分かる。社交界では二人とも、とても
彼らに真実を知ってもらうためには、少し立ち回りが必要ね。
私がそう思ったのとモルドが一計を案じたのは、おそらくほぼ同時だった。
「たしかに二人とも、学園内では結構バチバチしていたからね。最早公然の秘密だったし、
在学中は全生徒に学園内での
とても
そしてこの件に関して、おそらく私たちは大人が思っていたよりもずっと
皆「もしいたずらに不仲説を広めて、
実際に、もし今日ルドガーが婚約
私たちの
大人たちの失策は、学園内で何かがあればきっと子どもたちが自ら話すだろうと思い、学園での様子に深く
おそらく二人の上手な立ち回りにまさか関係性が悪化しているとは露ほども思わなかった事に加え、王城
「ここ一年くらいは特に
エレノアの言葉への同意の意思はチラホラと周りにも見て取れたが、実際にこの場でそれを口にできたのはモルド一人だけだった。
エレノアからすると、
「最初のうちは『ローラ様を
「昼休みとか教室移動の時間とか、結構争いが
彼の
このやり取りに共感したのも、彼女一人だけではない。在学生なら誰だって、心当たりの一つや二つはあるだろう。
例えば私の最初の心当たりは、一年半くらい前にたまたま聞いてしまった、人目のない中庭の奥から聞こえた「殿下、学園内も
最近で挙げるなら、言わずもがな。皆の目がある場所で、それはもう堂々と言い合いをしている。
「たまに移動教室に行く
「まぁ
「……そんな度胸など必要ないわ」
私も深く共感する。
この場合、
「まぁアレだよね。少なくとも社交界ではこの手の配慮ができる二人が取り繕わないくらいだから、二人の関係修復の芽は無いに等しいかなって思うよね」
彼の見解に、目の
そう。二人が
少なくとも、せっかく今まで
今思えば、元々二人の
王太子でありながら
対するローラは、ただ自らに
しかしルドガーは聞く耳を持たない。改善の
どちらが悪いのかと聞かれると、答えがとても難しい。
元はといえば
彼女に落ち度がなかった訳ではない。お
しかし今回の
公然と婚約破棄を突き付けて相手の反応を見て
最初こそ二人の不仲を疑っていた周りも、モルドとエレノアのやり取りと在校生たちの反応を見て、少しずつ
加えて本来の当事者の表情も、彼らの再認識の背中を押している。
今の今まで無自覚だった周りへの
一方ルドガーは、
「それでエノ、
念を押すように
「もしお二人の
彼女の意見は
次期国王が婚約者と公然の場で
常識の面から考えれば、彼女の考えが間違っていると断じる事は
が、だからといって『もう婚約破棄したのだな』と思うには、話の
「ねぇエノ? もしかして
黒幕令嬢なんて心外だわ! 素っ頓狂な親友令嬢も初恋の君も私の手のうち 野菜ばたけ/角川ビーンズ文庫 @beans
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