第8話 ヴェルスタン泥工業【ニコ視点】

 再度引用、インジェン処女作『塔の上の論戦』曰く――

 【全ての建設的な会話は参加者全員の目的を明確にして共有、または統一してから始まる】。


「私の目的……ね。いち国民としては、国家目的である『民の生存と発展』に貢献することだと言いたいけれど。普通、ただの16歳の学生に人生の目的なんて訊いても無駄よ。考えてないもの。そんなこと」

「…………そう、なんですか」


 2階の廊下をガンガン進む。早足だ。

 私はルミナを救うと決めた。それはもう揺るがない。揺らぐことは無い。その右腕の、奴隷の証。あれを消す。必ず。


「だから私の、『生き方』の話をするわね。この16年で『暫定的に』決まった、私の性格を」

「はい」


 渡り廊下へ出る。ガラス張りだ。『頑強ガラス』だから、私達少女がふたり一緒に飛んでも跳ねても、1ミリも揺れない。数歩進んで。


 振り返る。


 ルミナは、透明な床とそこから透ける庭の地面を怖がって渡り廊下へ入ってはいなかった。


「私はね。気になることがあったら『我慢できない』の。すぐに調べて、したい。……すっきりしないのよ。謎があると。ドロドロした泥濘ぬかるみに足を取られているみたいに。前へ進めなくなる。調べたいの。を終わらせて、へようやく進めるのよ。私は」


 手を差し伸べる。見せたいのはこの先なのだから。来て貰わないと困る。

 ルミナは恐る恐る、少しずつ確かめるようにちょんちょんと足で触れて。私の手を取った。


「わっ」

「大丈夫よ。ウチの主力なんだから」

「……?」


 そろりそろりと歩いてくる。せっかちな私は我慢できず、手を引っ張ってズンズン進む。


「わっ。ちょっ……。ちょ」

「今、私を『泥濘ぬかるみ』に捕らえているのはあなたの謎よ。母と同じ名。母の通行証。……賭博の目。獣人族アニマレイス。その、あなたにまつわる全てが、私を雁字搦めにしている。分かる?」

「えっ」


 渡り廊下の先は、左右に道が分かれている。右が研究室ラボ。左が工場。

 まずは工場だ。


「あなたの目的安全は、『それらを解決した先にある』と思いなさい。良いわね?」

「……はい。お嬢様の『調べ物』の、お手伝いをすれば良いですね」

「そうよ。話が早くて助かるわ。これで目的は一致した。これ以降、全ての『建設的な会話』は『為』よ。良いわね?」

「はい。ベルニコお嬢様」

「……ま、それとは別に、毎日簡単な賭博をするわよ。明日にはニコと呼ばせてあげるから」


 2階から入る、入口がある。大きな鉄の扉。錆はひとつもない。2枚の厚い鉄板。ノブなんか付いていない。


 脇に、『光泥リームス』を使う機械がある。スタンドとして立てられている細い棒状の機械。手に触れる先端は、頑強ガラスで作られた透明なビンになっている。ビンは鉄鋼製の骨組みで補強されている。

 中には、白く光る、どろりと粘度のある液体がとぷりと入っている。


「扉ですか? どうやって開けるんですか」

「知らないの? 貴族街では一般的なセキュリティよ」


 スタンドに呼んで、ガラスに触れさせる。私は鍵を取り出して、スタンドに挿し込んでロックを解除する。


「それ、右に回して、押し込みなさい。中の『光泥リームス』がガラス回路に流れ込んで接続する。要するに機械が作動して扉が開くから」

「…………はい」


 言われるがまま、ルミナは光る取っ手を捻って押し込んだ。


 ギュン。

 特徴的な、光泥リームス起動の音。光泥リームス内のエネルギーが消費されて、回路を満たし、蒸発する音。生まれた時から聞き続けて聞き慣れた音。正常に接続された音。


 ゴゴゴ。

 重い鉄扉はレールと擦れる音を立てて、ゆっくりと動いた。


「……凄い……! これ、あれですね。街の扉だ!」

「ああ……。貧民街から別の区画へ渡る所にもこれと同じような仕組みの扉があるわね。そう。アレ、ウチが開発したのよ」


 ワンピースの下から尻尾がするりと出てきて、嬉しそうに左右に振っている。

 髪と同じ、白い尻尾。光泥リームスに似た色。それが私の心を、さらに刺激する。

 態度や表情には、出さないけれど。


 こんな、もふもふの。

 ふわっふわ、の。


「……お嬢様?」

「え。……ああ。こほん。入って。見た方が早いわ」


 ひとつ、咳払い。


「ウチは、『ヴェルスタン泥工業』って名前で、光泥リームスの研究と。頑強ガラス製品の開発を行っているのよ」


 ここから見えるのは、工業の全体だ。

 中心に、巨大な円形の炉がある。たっぷりと光泥リームスが貯まっている。貴重な原液だ。その炉からあらゆる方向にガラスパイプが伸びて、それぞれの研究室、または加工室、タンク等へと繋がっている。


 夕方でも燦燦さんさんと光っている、世界で一番明るい工場だ。


「わあ……っ!」


 ふむ。本当に驚いて、感極まっているらしい。

 その服でスカートから尻尾を出して振ると、パンツが丸見えになることは後で教えてあげようかしら。ああ、尻尾の服も用意する必要があるわね。

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