第7話 光る泥の文明【ニコ視点】

 人間の文明は、何千年も前からあったらしい。紙が無くても、石や洞窟の壁に、その存在は記されていた。


 そして。


 液体型万能光熱エネルギー体、『光泥リームス』が発見されたのが、およそ250年前。正確には、248年前。それ以降、文明は驚く速度で進んだ。『光暦』が始まった。


 光泥リームスとは、今の人類の、文明の発展の根幹。文明の名前だ。


「……人間と獣人族アニマレイスの交流も、から始まりました。つまり250年前から。それまではお互い、棲み分けていたとされています。……以降は獣人族アニマレイスは人間の支配下に置かれたので、当時の資料はあまり残っていないのが現状です」


 リームス文明がおこる前のことはそもそもあまり分かっていない。前の文明は、どこで栄えたのか。どんな文明だったのか。リームス文明より高度だったのか、違うのか。滅んだのか、違うのか。

 歴史や考古学はあまり進んでいないのだという。


「ですから。我々人間がどこから来たのか分からないように。獣人族アニマレイスについても分かっていません。本当にきちんと調べるには、まず『人間が彼らを差別し支配している』という現実を是正する必要があります。研究者も悩んでいるのです。『そんな下等種族のことを調べるなど時間と予算の無駄だ』と、国も企業も支援を拒みます」

「…………【『知る』ことは全ての判断の原点である】」


 インジェン第三作『濁流に沈む旧都』から引用する。私はインジェンファンだ。彼女の小説は物語でありながら、現実のことをかなり正確かつ深く表現していると思う。

 知らねば、判断できない。だから歴史を学ぶことは大事なのだ。……私は疎かにしてしまっていたけれど。ただ、国までもが拒むほどとは思っていなかった。


「可能性を排除して判断の材料を自ら減らすなんて愚行よ。……陰謀かしら? 獣人族アニマレイスを支配したい層は、彼らのことについて、不都合な事実を隠したい」

「あると思います」

「ルミナ」


 本人がここに居る。獣人族アニマレイス当事者だ。撫でたくなる愛らしい耳。先程の賭けの、獣の目には面食らったけれど。小動物のようないじらしさもある。なんだこの生き物は。


 可愛い。

 撫でたい。

 抱き締めたい。

 駄目だろうか。


「……わたしの、主観ですけど。わたしの勝ちに難癖を付けたり。『どうしても認めたくない』人は、実際に居ました。……わたしが思うに、人間と獣人族アニマレイスに、そこまで肉体の『性能』に差は無いです。寧ろ耳や鼻は人間より良いくらいです」


 彼女の主観では、当然のことだろう。ずっと虐げられていた筈だ。鵜呑みにはできないけれど、当事者の言葉は貴重だ。なんであれ、獣人族アニマレイスは本来、貴族街ここに居ることはない。居てはいけない法律だから。本来私が出会うことが無い。


「……情報が足りない時点で結論を付けるのは良くないわ。調べてみる。その、支援は無いけれど個人で調べている専門家も居るのよね?」

「探せば居るでしょう。彼らはいつも資金難ですから」

「なら何件かピックアップしておいて。ルミナ、来なさい。ウチの案内をしないと」

「かしこまりました。お嬢様」

「はっ。はい!」


 陰謀。危険な言葉だ。簡単に決め付けて良い話ではない。ともかく調べるのだ。いずれ分かる。

 私はルミナを連れて部屋を出た。


「……あの」

「なに?」


 絨毯の敷かれた廊下を歩く。ルミナは私の後ろに付いている。


「どうして、そこまで……? わたしは別に、獣人族アニマレイスがどうとかはそこまで」

「ああ、私の性格よ。知りたくなったことはとことん調べるの。【好奇心と探求心は本人でさえ抑えられない。それほど人間とは、不完全なのである】」

「…………」


 インジェンの第四作『冠を戴く獣』から引用。


「さっきから、それ……」

「インジェンよ。知ってる? 全作全巻あるわ。貸してあげましょうか。まあ、私が好きだからといって強制はしないけれど」

「……ベルニコお嬢様の、『目的』を、訊いても良いですか」

「ん」

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