第6話 優しい賭けの精算【ルミナ視点】
ただの運だ。こんなもの。遊びに過ぎない。
コインがテーブルに行かない可能性。充分あった。
テーブルに着地して転がらない可能性。充分あった。
転がってもなお、表になる可能性。充分あった。
『運』だよ。こんなの。
「………………通行証の時はどうして?」
「地下闘技場の賭け試合だったので簡単でした。対戦カードと日程が既に決まっていたので。……会場と本人に接触はできませんでしたが、わたしが張った選手の相手選手が毎週利用する雑貨屋を張り込んで調べたので。割りとなんでも、なんとでもできました」
「……例えば当日体調不良かなにかに」
「はい。貧民街は、『不衛生』なものに事欠きませんから」
「……なら、結局イカサマじゃない。追われて当然よ」
「……ゲームにイカサマは持ち込んでいません。わたしのやったことも、相手がきちんとしていれば防げた筈です。不正とは言えない筈です。……まあ、後で気付かれるほど怪しい場面を見られていたのはわたしの落ち度ですけど」
「…………なるほど」
娼婦が賭博師なんて目立つこと、普通はしない。わたしも、通行証の時と合せて二度しかしていない。そもそも休日自体、年に1日あるかどうかだった。
「……分かったわ」
「?」
「インジェン第二作『決壊する生命』曰く――【全ての物事に理由はあるが、いちいち追求すれば一生それで終わってしまう】。……話を進めましょう。それで、要求はなにかしら」
ベルニコお嬢様は表情を余り出さない人だ。綺麗な肌。そして髪。瑠璃色のハーフアップ。正にお嬢様って感じ。落ち着いていて賢そうだし、良い匂いもする。学校に通っている。良いな。勉強ができる。知らなかったことを沢山学べる。濃紺の
ポーカーフェイスは、賭博向きだなと失礼ながら思う。きっと、わたしよりも『遊びだ』と考えていて。勝っても負けても表情を変えなかった筈。
わたしの賭けの賞品は『ベルニコお嬢様が可能な限り、わたしの目的に沿った望みをひとつ叶える』というもの。これもしっかりしている。『可能な限り』の範囲がわたしには分からない。結局決定権はわたしじゃなくてお嬢様にある。
賭博に慣れてはいないけど、きっと素でわたしより頭が良い。
「……じゃあ。『可能な限り』わたしをここに置いてください。働きますから、成果に見合う衣食住を提供してください」
だから勝ちの権利の使用じゃなくて。殆どただのお願いに過ぎない。お嬢様が今、なんだかんだと理由を付けて、明日にでもわたしを外に放り出すことも可能だから。
「良いわよ。あなたが居たいなら一生でも。そもそも私はそのつもりで『拾った』からね。あなたにどんな仕事をさせるのが良いかはまた考えるわ。それまでは待機ね。あと、私の暇潰しに付き合うこと」
「はい」
ほら。どんどん条件が追加される。わたしに拒否権が無いことを知っているから。
けど、嬉しい。全然良い。ここは天国だ。
「お嬢様。旦那様には」
「私から伝えるってば。大丈夫よ。今更メイドやペットがひとり増えても。名前に興味を持ったなら調べ物に協力してもらうわ。この子の出生を追う。というか――」
「ひゃっ!?」
手が、伸びてきた。チルダさんと話していたのに。わたしに。
細く綺麗な指が、薄く儚げな手の平が。
わたしの頭と耳に触れた。
「あ。ごめんなさい。嫌だった?」
「…………いえ」
撫でられる。優しく。耳がぴくりぴくりと動く。
「というか、ね。チルダ。
「……では簡単に、世間一般常識の範囲内ではありますが、概要をご説明いたしましょうか」
「ええ。あ、ルミナあなたは、あなた自身の種族について詳しいの?」
「はへ……?」
ふわふわと。眠っていないのに、夢見心地だった。
気持ち良い。お嬢様に、撫でられるの。変な声が出てしまった。
「大丈夫?
「あひゃっ。はい! すみません! ……わたしもよく知りません。ただ、人間に形だけ似た別種で、本質は『獣』で。だから這い蹲れ。だから股を開け。だから……死ぬまで働けと、言われて育ちました」
「…………」
「あっ……」
そんな話。するなと、チルダさんに言われていたのだった。失敗した。一瞬、忘れた。
お嬢様の手が気持ち良すぎて……って、言い訳だけど。
「……続けて。チルダ」
「かしこまりました」
お咎めは無かった。奇妙だ。
お嬢様もチルダさんも、表情は変わらず。
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