第5話 契約の対価
夕食
「おおお~オムライスですかぁ~」
「ちゃんとケチャップもたっぷりつけて下さいね!」
夕食の準備をするマリアの横を、ぴょこぴょこ跳ねながらアイリスは笑顔を浮かべている。
マリアより一回り小さいアイリス。端からみれば仲のよい姉妹に見えなくもない。
食事を始めるアイリスを尻目に、マリアはてきぱきと1週間分の作り置きを拵えていく。食事を終えたアイリスが入浴を終える頃には時刻は20時を過ぎていた。月曜日も残すところ4時間を切った。
髪を乾かし身支度を整えたアイリスにすっと近づくマリア。何かを察したように、表情が強張るアイリスは誤魔化すようにマリアに話しかける。
「あっ! マリアもお風呂どうです? 新しいお風呂もなかなかいいですよぉ~……」
そんなアイリスの考えを見透かしたように、マリアは今日一番悪い笑みを浮かべ――――
「それではお嬢様、本日の対価をいただきます」
「契約の対価」それは精霊術師が契約している精霊に、定期的に支払わなくてはならないものだ。精霊術師と精霊は契約するときまず始めに「条件」を決めて次に「対価」を決める。
精霊術師アイリス・アンフィールドと精霊マリア・ヴァレンタインの契約の条件は「召喚は月曜日のみ」ということ。
精霊界の住人であるマリアが人間界に留まるには、常に一定の魔力を消費し続ける必要がある。
体力で例えるなら、人間がずっと歩き続けるようなものだ。精霊の持つ魔力の持久力によって、人間界に留まっていられる時間は変わるが、体力と同じでいずれ限界がくる。
しかしマリアの場合、契約によりマリアが消費する魔力を契約主であるアイリスが肩代わりしているため、マリアは魔力を消費することなく人間界に留まることができる。またマリアが人間界で魔力を行使する際も(魔法の使用など)一定の魔力をアイリスが負担する。
つまり精霊は人間と契約することにより、人間界で最大限力を発揮することができる。
逆に人間は、多くの魔力を精霊に注ぎ込む。まず召喚時に一定の魔力を使い、人間界に召喚を持続させることに魔力を使い、精霊が行使する魔法の魔力も一部負担することになる。従って戦闘において、精霊術師は勝敗の大部分を精霊に委ねることになる。
ここで覚えておいてほしいのがアイリス・アンフィールドの魔力の強さである。彼女は本日、契約精霊マリア・ヴァレンタインの召喚に無意識下ではあるが魔力を使用している。またマリアが人間界に留まり続ける為に、1日中魔力を細々とではあるが消費した。さらに昼間の魔法勝負では、マリアが発動した魔法の魔力を一部負担しながらアイリス自身もマリアと同レベルの魔法を行使している。
さらに言えばマリア・ヴァレンタインは精霊の中でも高位な存在である上級精霊である。契約した人間の負担は決して軽くない。上級精霊を召喚して魔法を行使させ、自身もまた魔法を行使して尚尽きない魔力の持ち主。
伝統ある王立魔法魔術学院が特別合格にさせた理由も頷ける。アイリス・アンフィールドはそれだけ特異な存在なのだ。
そして定期的に支払われる「契約の対価」だがこれは精霊ごとに千差万別である。多くの下級精霊などは人間の「魔力」を対価として、その魔力で自身を進化させる。
しかし中には、契約した人間の邪悪な精神に呼応して力を発揮する精霊も存在しており、対価に「悪事」を求める者もいる。反対に人間の「善行」を対価にする精霊もおり、「契約の対価」は精霊個人の性格や性質により大きく異なる。特に知性の高い上級精霊は特殊な対価を求める傾向がある。
ちなみにこの「契約の対価」の支払いは精霊にとって「絶対」である。
上級精霊マリア・ヴァレンタインがアイリス・アンフィールドに求める対価とは――――
3時間後
「ほら、ここ間違ってますよ。問題をよく読んで下さい」
「うえ~もう許して下さいぃ……」
アイリスは半べそをかきながら「魔法基本呪文集中級編」の問題集を解く。
「いいじゃないですかぁ……魔法は使えているんですから~」
「魔力の強さに頼って、ゴリ押しで発動しているだけでしょう。基礎知識をしっかり学ぶことで、魔法をよりスムーズに消費魔力も小さく発動できるようになります。ほら、ここも違う」
「うう……」
「学院の授業はこんなものではありませんよ。それにこれは『対価』なのですからつべこべ言わずやる」
「ぁ~ぃ……」
精霊マリア・ヴァレンタインがアイリスに求める対価。それは「3時間の勉強」であった。学業は常に落第寸前のアイリスに、強制的に勉強させる為に考えた対価だ。はっきり言って破格である。しかしアイリスには多量の魔力提供よりも堪えるようだ。
「どうせ月曜日以外は机に向かっていないのでしょう。ほら最後です。5分以内に解いて下さい」
「ギブアップ……」
「真面目にやらないと乳首を摘まんだまま90度ひねりあげますよ?」
「やめて下さいー!!」
悲痛な訴えも「対価」の前には意味をなさずアイリスは愚痴をこぼしながらも問題に取り組む。
23時49分
「終わりましたぁ~……」
リビングでへなへなと机にうつ伏せになるアイリス。
「全くやればできるのですから……」
愚痴を言いながらもアイリスにホットミルクを入れるマリア。
「何度も言いますが、やる気さえ出せばお嬢様はできる子なのですよ?」
「勉強嫌いです~」
「そんな調子では学院でやっていけませんよ」
「そこは問題ありません。クラスで一番優秀な子とお友達になります!」
「勉強を教えてもらうと?」
「いえ! 宿題を全部やってもらいます!」
元気いっぱいのクズ発言にマリアはため息をつく。
「全く……私はどうなっても知りませんよ」
「大丈夫! なんとかなりますよ!」
「はあ」
もう一度ため息を溢すがマリアの目はどこか優しげだった。
「そのポジティブさだけは評価しましょう」
そう言うとマリアの周囲が、ぽわんと眩い光に包まれる。
「おっと…もう時間ですか」
マリアはアイリスの正面に立つ。
「本日はここまでです」
「まだ寒いので暖かくしてお休み下さい」
「はい! マリアもおやすみです!」
マリアを包む光が徐々に強くなり、マリアの胸ほどまで光で見えなくなる。最後にマリアは優しくアイリスに語りかける。
「それではお嬢様。また月曜日にお会いしましょう」
そう言うと光はマリアを完全に包み込み、一瞬だけ強く発光してマリアと共に消える。こうして月曜日は終わりを告げた。
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