第二話 俺は純愛をしてみたい。

 あーったく、散らかしやがって。


 俺は現在仕事中。契約してるブランドの衣服を取り扱う、所謂アパレルショップというやつだ。店の内装は高級感漂うアンティーク調でもなければ、無骨なコンクリートとかレンガに囲まれたタイプでもない。明るくて清潔っぽい、それだけの店。

 試着中の客が手をつけた衣服を畳み直すと俺は、定位置であるレジへと引っ込む。レジとは云っても金をしまってる部分は客側から隠されており、外から観えるのは大型……いや中型か。そんなディスプレイがあるのみである。

 俺は手早くキーボードを叩くと在庫を確認した——うわー、俺が発注した商品、全然売れてねー。

 それはバックヤードに積まれた段ボールを見ればわかるのだが、改めて数字で確認すると、それなりに

 ——と、客が出てきた。

 会計を済ませた客をお見送りしたのち、また定位置に戻る。


 あ、また客——と思ったら、なんだ、先輩か。


「おつかれさまー」

「お疲れさんです。今日も早いっすね」

 今日の先輩のシフトは午後からだ。でもまだ昼前。

「あたし忙しいから。キミと違って」

「ひどっ!」

「って、あーっ。また違うトコの服着てる」

「だってこの店のヤツ、高いじゃないっすか」

 一見華やかそうに見える服屋の店員だが、それは作られたイメージである。俺の給料は手取りで二十万にも届かず、それで「お洒落しろ」だなんて言うんだから、中々鬼畜な職業だ。

「そういうトコロだよ? キミの商品が売れないの」

「ハイハイ」

 そう言う先輩は上から下までキッチリ店の商品で飾ってる。トップスはシンプルなニットのブラウス、色は薄いラベンダー。毎年似たようなモノが入荷して来る……いや、まだ二年しかいねーけど。そしてパンツは完全な新作のワイドデニム。先輩の細いウエストから下へ伸びる裾までダボっとした大味なシルエットはフレアみたいにも見える。丸っこい黒髪ショートと、から垂れ下がるチェーンみたいなロングピアスも洗練された印象だ。

 誰から見てもデキる女。そんな先輩が着るから、彼女が選ぶ商品も売れるのだろう。


「はいコレ、あげる」

「うわ! 前に食べたいって言ってたヤツ、覚えててくれたんすか?」

 先輩のカバンから出されたそれは、四角い箱に入ったシンプルなチョコレート。だがその価値は箱に書かれた銘柄だ。以前何かで見て気になっていたのである。

「ぐーぜんよぐーぜん。ていうか、もう他の子からもらってない?」

「他の子? あー、そーゆー事っすか。今日なんの日か忘れてたっすわ。俺モテないんで、ははは」

 先輩からの義理チョコに対し、さりげなく彼女いないアピールをする俺。なんでかって言うと、ずっとこの先輩を狙っていたから。

「ふーん? なら良いけど。食べるなら裏に行っていーから。あたしはレジここでやることあるし」

「なら遠慮なく」

 先輩ともっと話していたかった俺だが、本来、表での私語はご法度。とっととバックヤードに引っ込んで、丁寧に箱の包みを開けてチョコレートにしたづつみを打つ——ンマイ!

 

 ……にしても、こーゆートコだよな先輩。俺じゃなかったら勘違いして暴走してるって。

 この先輩、俺が過去に言った事をけっこう覚えてくれてて、今日みたいに物をくれる事もあるし、それを話題にプライベートな話もする。普段は頼れる女、なのだけど、こちらに頼ってくれる事も、かなりある。

 だから俺は惚れたんだろうな。

 俺がモテないのは本当で、チョロそうな相手以外との経験がない。その場限り、だとか短いスパンの恋愛も楽しい事は楽しいんだけど、なんつーのかな? 

 俺は純愛と云うモノをしてみたい。


「あ、そうだ先輩!」

 俺はバックヤードから顔をだした。

「ちょっと! 声大きいよ!」

「すんません。今週末、予定空いてます?」

「ナニ?」

「お礼になんか奢らせて下さい」

「えー良いよ。キミ給料少ないんでしょ?」

「マジでグサッとくるわー。大丈夫っす。安くて旨い店知ってるんで。先輩みたいなお上品な人が、絶対に行かなそうなトコ。チャンスっすよ?」

「えー? お上品ってどういうイミ? てか変なお店じゃない?」

 よし! もう一押し!

「変ではない、かも」

「かも?」

「良いから良いから! 内装はちょっとアレですけど、メシはマジで旨いんで」

「うーん、ちょっと気になる。わかった、予定空けとくわ」


 よっしゃ! こういうのだよこういうの!

 正直言って安い店でも誰かに奢るのはそれなりにキツい。でも先輩を落とす為には安い労力だ。

 コレが俗に云う「沼る」ってやつか?


 


 

 

 

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