TEH NUMA

Y.T

第一話 眠くないけど眠いと言う。

 なんか、おもしれーコトねーかな?

 スマホで動画サイトを観ながら、そんな事を思う。

 新たな動画を開いた。

 一分も経てば内容がわかってしまうので、次の動画へ進む。次の動画もつまらない。

 だから、その次。

 俺はなんて忙しい男なのだろう——って、うわ。またあの子か。

 画面ディスプレイの上部に表れた通知を見て、うんざりした。

 うん。もう良い時間だし、寝てる事にしておこう。

 俺は既読すらもつけずに、完全にメッセージをスルーする。

 その間にも動画は進んでいた。つまらない、と感じていた筈なのにその途中を見逃してイラッとするのは何故だろう?

 俺が親指で動画を巻き戻そうとした、その時——。


 動画の音声が、着信音に切り替わる。

 画面も一人の女からの着信画面に占領されていた。

 うぜー。

 そう思いながらも通話ボタンをタップする。面倒ごとを放置すると新たな面倒に遭う事が多いから。

『もしもし、寝てた?』

 会って話した時よりも少しだけ、低い声に聴こえる。

「んー? まぁ、うん」

『ホント? ごめんねー』

 そう思うんなら電話してくんじゃねーよ。

「で? なんか用?」

『冷たくない?』

「いや、だって寝みーし」

 ウソだ。まだ眠くはない。

『そうなの? じゃあやめる』

 なんでソッチが怒ってんだ? 

「うそうそ。どしたの?」

 なんで俺は怒らねーの? 

 俺と彼女は付き合ってはいない。

 いない、けど、やっぱ俺が悪いんだろーな。


 先月、連れに誘われてクラブに行った時のこと。

 ああ、ハウス、だとかそういうガチなやつでも意識高い系でもない、ゆるーいイベントやってる時。それこそ、その時だけ楽しみたい奴らが集まるようなシチュエーション。

 俺はというと普段来ない場所に、ガラにもなく気後れして二階のカウンター席で独り、飲んでいた。俺の冴えない連れはDJなんて趣味を持っており、この店のレギュラーだそうなので、その順番が来るまでの暇つぶしだ。

 そろそろ連れのプレイが始まる。俺は立ち上がり、魚の背骨みたいな螺旋階段へ向かった。

 すると女が一人、登って来る。

 クラブに来る女らしく、ラフで派手な女だ。特に印象的だったのは髪の毛。根元がちょっと伸びてたけど、ブリーチを三回くらいしてそうな金髪。それが毛先にかけて徐々に黄色、緑、青、紫へとグラデーション的な感じに変化している。真っ直ぐストレートだからこそ個性的だ。

 だから、声を掛ける。

「もしかして、疲れた感じ?」

「えーなんで?」

 どうやら酔っているようで、気軽に返してくれた。

「階段登ってハァハァしてるから」

「うそー?」

「うそ。ホントは声掛けられすぎて疲れたんだろうなって——」


 そんな内容の話だったと思う。

 実際、俺のテキトーな予想は当たってた。彼女は俺と同じくクラブ初心者で、代わる代わる声をかけてくる男達に戸惑った、と言っていた。

 話が盛り上がったついでに「別な場所に行かない?」と誘ってみたら、彼女はそれに乗る。そして翌朝、俺と彼女は同じ部屋のベッドで目覚めた、というワケだ。

 問題はその後。

 いや、連れのプレイを観ないで帰った事は問題じゃないんだ。あくまでも俺と彼女のハナシ。

 ベッドの上での「好き」は、大人の社交辞令。それが共通認識だと思っていたのだが、彼女はその見た目に反して、違ったようである。俺に対して頻繁に、でも不定期に、連絡してくるようになった。

 そう、連絡先を交換したのも問題だ。

 ぶっちゃけではなかったので、ワンチャン継続的に楽しみたいという下心が俺に、そうさせた。

 だから現在、迷惑電話を受けるハメに遭っている。

 そして一番の問題は、彼女とはまだその日以来、一度も寝ていないという事だ。今のこの時間、マジで無駄な労力だと思う。

 彼女を切らない特別な理由はない。

 ないのに俺は、今日も、寝不足になる覚悟を強いられている。

 

 

 

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る