妹の友達と入試
騒がしい昼休み
ざわざわと騒がしい昼休みの教室で、俺はこの学校の入試の過去問をノートにまとめていた。この学校では、割と簡単に過去問を借りられるし、それを入試を受ける知り合いに渡しても問題ない。
そのため、知り合いに金章学園の生徒がいるのといないのとで、合格できる可能性は段違いだ。
もちろん、似たような問題が出ることはあまりないが、出題傾向というのはある。この参考書から出るなあ、とか、高校の教科書のここから出るなあ、とか。特に、高校の教科書のどこから出るかというのはとても重要な点だ。
「おう、和人。この前も推薦入試のやつまとめてなかったか?妹、落ちたのか?」
「ん?違うな。これは妹の友達のなんだ。せっかくまた後輩になるかもしれない子だから、手を貸してやりたくて」
そうかあ、と理解したようにうんうん頷いているやつは、桐原斗真という。嫌味なところがない良いやつだ。なぜ俺と付き合ってるのかはよく知らんが、俺からすれば、今まででも一番の親友である。
運動ができ、モテる。それに、俺がこの学校を志望しているとわかった瞬間、こいつの彼女と勉強にのめり込み、結局難関であるこの学校に入学してしまうほど集中力と覚悟もある。完璧超人なのかもしれない。実際、クラスではかなり中心にいる人物だし。先生からも信頼されている。
「それにしても和人はお人好しだな。親族でもない子の入試のためなんて。もしかして、これだったりする?」
下世話にも、小指を立てて、これ!これ!とにやにやしている斗真のその指を掴んでひねる。
「別にそんなんじゃない」
「痛い!痛いって!」
ぱっと手を離したら、恨めしそうな目でこちらを見つめてくるので、「下世話なんだよ。お前は」というと、「違いない」と笑った。
「でもよ、俺がこんなに下世話になるのはお前にだけだぜ?お前も早く彼女の一つくらい作ればいいのに」
「一つって……まるで複数人いるみたいによ……」
「そんなわけ無いだろ。浮気なんてする気もねえし、そんなことしたらあいつが黙ってねえよ」
肩をすくめる斗真は不満を漏らしてるように見えて、充実した日々を過ごしていることがはっきり見える。このやり取りも、いわゆる惚気にほかならないだろう。
実際、並々ならぬ気配が斗真の後ろから近づいている。教室のドアが開き、不機嫌そうな凜花ちゃんが顔を出した。
「斗真と浮気って言う言葉が出なかった?」
「ははっ!違うさ。凜花がいれば絶対に浮気しないよなって話をしてたんだ」
汗をだらだら流しながら焦ったように言う斗真の様子は、焦っているようにしか見えない。……人間、失言の一つでここまで追い詰められるものなんだな。
そう思いながら二人を眺めていると、意外にも凜花ちゃんは簡単に「へえ」と、さっきまでの不機嫌さを霧散させ、斗真の隣りに座った。
「凜花がいるのに浮気なんてできるわけ無いだろ?」
「まあ、そうだよね。疑った私が悪かったかも」
さっきまでちょっと修羅場っぽかったのに、途端にいちゃつき出す友人たちに居心地が悪くなる。「教室だぞ?」といってやれば、「知ってる」と返される。周りも慣れているからか遠目から見てるだけだし……
「にしても、凜花ちゃんはどうしてこの教室に?」
「ああ、そのことなんだけど、和人の妹ちゃんからからメッセージが来て、スマホ見ろって言ってって。」
スマホを見ると、幾つかの通知が来ていた。最初は呼びかける文章が多いが、後半は怒りを表す絵文字が増える。
すまん、とメッセージを送る。するとすぐに既読が付き、やっと気づいた!と送られてくる。そうして、咲ちゃんがお兄ちゃんとチャットしたいんだって。友達紹介していい?とのこと。
全然いいぞ、と送ると、りょうかい!と返事の後、咲ちゃんからメッセージが送られてくる。
――こんにちは。すいませんこんな時間に
それを見て、直ぐに友達に追加する。
――全然いいよ。昼休みだから。どうかした?
――いえ、折角ですから。それと、勉強教えてくれるんですよね?
――ああ、その連絡も兼ねてってこと?
――そうなりますね。これからよろしくおねがいします
――よろしく
簡単に挨拶代わりの幾つかのやり取りをして顔をあげると、二人が覗き込むように見ていた。
「……なんだよ」
「さっき言ってた子って、この子か?」
「さっき言ってたって?」
斗真の言葉に、凜花ちゃんが疑問の声をあげる。それに「斗真が入試の問題を和人がまとめてて、後輩のためだっていうんだよ」と、斗真は答えた。
「ちなみに、お前の妹の友達ってことは女の子だよな」
「ああ。よく家に来てるんだよ。昨日勉強に誘った妹が寝ちまって、代わりに教えたんだ。そのときにこの学校に来るっていうからさ」
「女の子かあ。メッセージ見る限りいい子っぽいし、狙ってみるのもありなんじゃね?」
「だから、そういうんじゃないっての」
俺を突きながら、またさっきのようないじりを繰り出してくる斗真に呆れつつ、また攻撃してやろうとしていると、少し考えるように顔を伏せていた凜花ちゃんが口を開く。
「今はそう思ってても、そのうちはわかんないんだから、今どうこういうのは違う気がするなあ」
「まーそうだな。俺らもそうだったし」
斗真と凜花ちゃんはお互い少し照れくさそうに顔を見合わせ、ほほえみ合う。……甘いんだよな。いちゃつきやがって。
「そろそろ授業始まるぞ」
「ん?ホントだ!じゃあ斗真、またね」
後ほんの数分で次の時間の始まりを指す時計を指してやると、凜花ちゃんは手を振りながら教室から去っていく。斗真も見えなくなるまでずっと手を振っているのだから、相当好きあってるんだろうな。
「いやあ、休み時間まで彼女が来てくれるなんて幸せだなあ。なあ、和人」
「うっせ」
めちゃくちゃ幸せそうな顔をして自慢するような斗真の頭を軽く叩いてやると、丁度チャイムが鳴る。やべえやべえと急いで自らの席に戻っていく斗真を見送りながら、ふとスマホを確認してみる。
――今日、市立の図書館来れますか?
咲ちゃんからだった。
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