第2話 誘い

 オリバーと出会ってから一週間が経った。

彼が無事に家へと帰れたのか、ちゃんと医者にみてもらって元の状態に戻れているのか、そんなことがずっと気になっていた。

 妹のために魔の森に入るなんて、平気で無茶をする青年なんだ。なんて浅はかな人なの。

 そう呟いて、オリバーに対する心配を他所へやろうとしてみたが、上手くはいかなかった。無茶な行動は、私もよくやってしまうことだったし、オリバーと私は似た者同士なのかもしれないと思えたからだ。あと、彼の整った優しい表情が頭から離れなくなっている。間違いなくオリバーは美男子の部類に属している。おそらくたくさんの女性が今も彼のことを恋焦がれていることだろう。それにあの高価な服装、私とは別世界にいる人間が着るものだ。どこかの貴族に違いない。

 もう彼のことを考えるのはやめにしよう。そんなことより、自分の将来について考えるほうが重要だわ。

 そう思っている時だった。

「すみません」

 玄関先から男の人の声が聞こえた。男性的ではあるのだが、やや高めの声の調子にどことなく聞き覚えがある。

「はい」

 私は返事をし、まさかと思いながら玄関へと向かった。そっとドアを開け、そこに立つ人物を見ると、私の予想が当たっていたことが判明した。町人が着ることなどできそうにない水色を基調とした高価な服に身を包んだオリバーが、にこやかな顔でそこに立っていたのだ。

「やあシャルロッテ、ずいぶんと家を探したよ」

「ど、どうしたの?」

「いや、君にお礼がしたくて会いに来たんだ。お礼だけでなく、伝えたいこともあるんだけど」

「伝えたいこと?」

「うん、それは後にする。とりあえずお礼の品を持ってきたんだ。これを受け取ってほしい」

 そう言ってオリバーは大事そうに抱えている箱を私に差し出した。

 こんな舞踏会にでも出席できそうな服装の男性が玄関先で立っているなんてあまりにも目立ち過ぎる。小さな町では、すぐさま変な噂が立つとも限らない。そう思った私は、すぐさまオリバーにこう言った。

「玄関先でも何なんで、どうぞ家に上がってください」

 オリバーは爽やかさを絵に書いたような微笑みを見せると玄関から中へと入ってきた。居間と応接間を兼ねた部屋に案内すると、スッと上品に椅子に腰掛けた。

 その身のこなしを見て思う。

 もしかして、貴族の中でもかなり爵位が高い方かもしれないわ。

「さっそくだけど、この前は本当にありがとう」

「もう身体の方は大丈夫なんですか? それに、妹さんはどうなりました?」

 私は気になっていることを矢継ぎ早に質問した。

「ありがとう。僕たちのことを気にしてくれていたんだね」

 オリバーは口元から笑顔が見て取れる。その様子だけでも、今の彼らの状態が悪いものではない気もするが、彼の口からはっきりとそうした言葉が出てくるまで私はじっと待った。

「あれから家に戻り、医者にみてもらったよ。後遺症もなくこの通り元気な身体でいるよ。医者も驚いていた。こんな状態に戻れたのは早いうちに回復魔法をかけてもらったおかげだと。全てはシャルロッテ、君のおかげなんだ」

「……」

「それに妹のことだけど……。あの治癒の実のおかげで、寝込んでいた妹が最近では散歩できるまでになったんだ。奇跡が起こったと屋敷のみんなが驚いているよ」

 そうだったんだ。この一週間、ずっと頭から離れなかった私の心配は、杞憂に終わったんだ。本当によかった。

「早速なんだが、これをシャルロッテに受け取ってほしいと思って持ってきたんだ」

 居間の簡素なテーブルの上に不釣り合いな彫刻が施されている立派な木箱が置かれた。

「何ですか?」

「開けてみてほしいんだ」

 私は言われるがままに木箱を手に取り、そっと開いてみた。

「な、何、これ」

「気に入ってくれるかな」

 緊張した面持ちでオリバーがこちらを見ている。

 私は木箱の中に入った輝くものを、見間違いではないことを確認するためじっと凝視した。

「これは?」

「シャルロッテにぴったりなネックレスを持ってきたんだ。お礼の気持なので、受け取ってほしい」

「こんな高価なもの、受け取れないです」

 私はネックレスに付いている宝石を触ってみた。濃いピンク色をした石だ。

「これ、ただの宝石ではないですよね」

「うん、珍しいものだと聞いている」

「受け取れない」

 私はきっぱりと言った。

「こんな高価なもの、受け取るわけにはいかないわ」

「いや、それでは僕の気持ちが収まらないよ。シャルロッテは僕と妹の命の恩人なんだ。これくらいのことではまだまだ足りないくらいだ」

 そう話すオリバーの顔をまじまじと見つめてみた。庶民の私を馬鹿にしているのではと勘ぐったが、彼の態度からは微塵もそんな様子は感じられなかった。大金持ちが貧乏人に物を施しているという風には見受けられなかった。

 心からのお礼だというのなら、受け取ってもいいのかも。またもや私の野生の勘がそう言っている。

 確かに私は、自分の命を危険にさらしながらオリバーを助けたのも事実なんだし、肩車までして治癒の実を取ったことだし。正直、宝石には興味ないけれど、彼の気持ちを無下にしないためにも、このお礼は受け取っておいたほうが良いのかもしれない。

「お願いだ、受け取ってくれ」

 オリバーは頭を下げて頼み込んでくる。

「わかったわ。お礼は受け取る。でも、もうこれ以上はなしよ。あなたも分かっていると思うけど、私とあなたは住む世界が違う人間なの。お互いもう関わり合わない方がいいと思うわ」

 私の言葉を聞き、オリバーは意表をつかれたような顔をしている。そして何かを言いかけようとした時だった。

「グー」

 彼のお腹が鳴りだしたのだった。

「フフフ」

 私とオリバーは自然と目を合わせ、笑みをもらした。

「オリバー、あなたお腹が空いているのね」

「実は、そうなんだ。シャルロッテの家を探すのに、三時間歩き回ったので、実はまだお昼を食べていないんだ」

「そうなのね、じゃあ、簡単なもので良いのなら私が作ってあげるわよ。食べていく?」

「ほんとかい? お願いするよ」

 その言葉で私は椅子から立ち上がり、台所へと向かった。今すぐに使える野菜は、玉ねぎとじゃがいも、それにパセリと人参もある。ちょうどベーコンも保存してある。お腹の空いているオリバーがすぐに食べられるもの。そう考えながら玉ねぎを微塵に切り、ベーコンと一緒に油で炒め始めた。じゃがいもと人参は面取りして鍋に入れていく。しっかりと炒めた玉ねぎとベーコンを鍋に放り込み火にかける。あとは塩胡椒で味を整える。朝、窯で焼いた黒パンを添えればそれなりのお腹の足しになるだろう。

 私は手際よく作ったオニオンスープと自家製の黒パンをオリバーのもとに持っていった。

「どうぞ、召し上がれ」

「ありがとう。実はお腹が減ってフラフラだったんだ」

 冗談交じりにオリバーがお腹に手をあて、さっそくスープに手を伸ばした。

「おいしい! おいしいよ!」

 木のスプーンで一口スープをすくい飲んだオリバーが声をあげた。

「野菜の旨味がスープに凝縮されている。しかも塩コショウの味付けが抜群に良い!」

「オリバー、大げさよ。適当に作ったオニオンスープよ」

「いや、僕は毎日、腕のいいコックが作った料理を食べているので、味にはうるさいんだ。その僕がこれだけ言うんだから間違いない。シャルロッテ、君は間違いなく料理の才能があるよ」

 まあ、確かに私は料理に関して結構細かいところがある。料理の味に関して、美味しいものは美味しい、逆に美味しくないものは美味しくないとはっきり感じる方である。なので、舌の感覚は他人より鋭いのではと常日頃から思っていた。けれど、こうもはっきりと料理の腕を褒められるなんて、当然悪い気分にはなれない。

「ありがとう。本当はもう少し煮込みたかったんだけど、こうしてほめられると嬉しくなるわ」

「別にお世辞を言っているわけじゃないよ」

 オリバーはそう言いながらパンを口に入れる。その瞬間、彼の目がみるみる見開いていくのが分かった。

「……このパン」

「どうしたの? 黒パンは口に合わなかった?」

「いや、その逆だよ」

「逆?」

「このパンも自家製なの?」

「ええ、そうよ」

「これは僕の屋敷にいる職人が作るパンよりずっと美味しいよ。決して屋敷のパンが不味いわけではないんだ。けれど、このパンは、間違いなくその上をいっている。いったいどうやって作ったんだい?」

「どうやってって、小麦と水、塩で作ったんだけど。難しい味付けは何もしていないわよ」

「うん、無駄のない上品な味付けだ。でもそれがいいんだ。毎日食べるパンだからこそ、この上品さがなんともいえない美味しさにつながっているんだ」

 ここまで言われると、どこまで本気なのだかは定かではないが、でも褒められていることに間違いはなく、ますます嬉しい気持ちになる。

 そんな気持ちになっていた時、私はふとオリバーが玄関先で口にした言葉を思い出した。確か、彼はこう言ったのだ。「お礼だけでなく、伝えたいこともある」と。

 お礼はさっき頂いたネックレスだけれど、それ以外に伝えたいこととはなんだろう? 妹さんのこととも違うような口ぶりだったけど。

「ねえ、あなたは私に伝えたいことがあるのよね。それは何?」

「あ、うん」

 オリバーは急に背筋を伸ばし、私の目を見つめてきた。

「実は、正直に告白させてもらうよ」

「告白?」

「そう」

 オリバーは小さく咳払いをして続けた。

「シャルロッテ、僕は君のことが頭から離れなくなってしまっているんだ。僕と真剣にお付き合いしてくれないかい」

「ど、どういうこと」

 私は、オリバーが何を言っているのかとっさに判断することができなかった。でも、これだけは分かっている。私は庶民の生まれ、そして彼は私とは別世界に住んでいる貴族。

「僕と真剣にお付き合いをしてほしい。もちろんいい加減な気持ちなんかではない。結婚を前提に付き合ってほしいんだ」

「結婚?」

 この人は何を言っているのだろう。ますます頭が混乱してくる。けれど、混乱していてもこれだけは分かる。どんなに二人の相性が良くて、素敵なお付き合いができたとしても、二人が結婚するなどありえないことだ。

「あなたは私を馬鹿にしてそんなことを言っているの? 私がどこかの貴族の生まれだとでも言いたいわけ?」

「貴族が庶民と結婚してもいいと僕は思っている」

 その言い方が私の心に引っかかった。そんな言葉を話す時点で、貴族と庶民を同じ高さに置いていないような気がしたのだ。

「あなたがいいと思っていても、そうは思わない人が世の中にはたくさんいるのよ!」

 私は自分でも驚くほど感情的になって言ってしまった。

「シャルロッテは今、誰か好きな男の人がいるのかい?」

「そんな人はいません。私が言っているのは、そんな問題ではないの」

 私は勢いに任せて話を続けた。

「失礼なことを聞くけど、オリバーはどこの家の人なの?」

「僕は、ウィンリー家嫡男だよ」

「ウィンリー家! ウィンリー家って、あのウィンリー公爵家の!」

 貴族に詳しくない私でも、その名前だけはよく知っている。話にならないくらいの高貴な家で、私など普段は話もさせてもらえない家柄の人だ。

「ねえオリバー、この話はもう止めて。私も女なんで、あなたみたいな人に好きと言われて悪い気はしないわ。でも、違いすぎる。身分が違いすぎるのよ。私たちが結婚しても誰も祝福なんかしてくれないし、結局は私たち自身が苦しむだけの結果になると思うの。だから嬉しい申し出だけど、この話はなかったことにしてくれない」

 オリバーは、真剣な目をしながら私の申し出を聞いてくれていた。しばらく沈黙を続けたあと、残念そうに一つため息をつくとこう述べた。

「わ、わかった。そういうのなら、この話はいったん保留にしておくよ」

 保留とはどういう意味? 私は心のなかで呟いた。

「ただ、これだけはお願いしたいんだ」

「何?」

「一度、家に遊びに来てほしいんだ。そして妹のサラと会ってくれないかい?」

「妹さんと?」

「うん。シャルロッテのことを話したら是非お礼が言いたいといって聞かないんだ」

 正直、庶民の私がウィンリー公爵家の屋敷に伺うなんて、できれば無い話にしてほしかった。けれど、病気の治った妹が会いたいと言ってくれている。その気持を無視するのも変な気がした。それと、私の野生の勘が、公爵家の内部を興味半分で見てきなさいとも言っている。

 別にお見合いでも無いんだし、妹さんと会うだけならいいか。

「わかったわ。妹さんに会ってみる。でも、本当にこれっきりで私との関係は終わりにしてね」

 私の言葉に、オリバーは嬉しそうにうなずくのだった。その表情を見て、この人は私の言葉を理解してくれているのだろうかと心配になってしまった。

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