第42話「魔女が聞く領地貴族の魂」
「……なぜ……生きているのだ……魔女め……」
目だけをわずかに開き、マリスを睨み付けながら、横たわる伯爵が呟いた。
「──おおおお!? なんだこの木めー! やるかー!?」
そんな伯爵をよそに、シィラは遠くでインサニアの木々と戯れている。あの木は深層クラスの木なので人間程度なら枝で普通に絞め殺すだけの力があるのだが、シィラには効いていないようだ。
まあシィラは今は放っておく。
それより伯爵の言葉だが、なぜ生きているとか言われても困る。生きていてはいけないのだろうか。人はなぜ生まれ、なぜ死ぬのかとかそういう哲学的な話だろうか。それとも生まれながらにして人は皆生きる権利を持っているという、生存権に対して文句があるのだろうか。いずれにしても、マリスは人ではなく魔女なので関係ない話である。
「なぜって言われてもね。死ぬ要素が一個もなかったし、死んでないから生きてるんじゃない? 知らないけど」
「……祭壇を使い、法素をオーバーフローさせ……我が肉体を暴走させても……殺しきれなかったというのか……」
「暴走してたのは伯爵の肉体だけじゃなくて、たぶん祭壇とやらもだと思うよ。どう見ても明らかに儀式は中断されてるのに、命の収集プログラムは止まってなかったみたいだし。動いてたってことは物理的に壊れたわけじゃないとは思うんだけど、だとしたら壊れてないのに暴走してたってことになるけど。最初っからセーフティが付けられてなかったか、あるいは……。もし、今まではちゃんと制御できてたんだとしたら、制御は魔女にしかできないようになってた、とかね」
ぶっつけ本番でいきなりあんな奇行をするとは思えないし、これまでにも何度か祭壇で儀式はしていたのだろう。
となると、これまではあの逃げた魔女が祭壇を制御していたのかもしれない。瓦礫に埋もれた今となってはわからないが、例えば魔力でしか制御できない部分でもあったのではないだろうか。魔女が逃げ、伯爵ひとりで起動するような場合は、祭壇が暴走し伯爵が巨大化して暴れ出すようにしていた、とか。
雇われの身でありながらとんでもないやつである。きっとここで雇われていた事実は、バレたら叱られるような行為だったのだ。いわゆる闇バイトというやつである。昨今の魔女の倫理観は腐り切っているな、とマリスは魔女界の今後をひそかに憂いた。
「……本当は……わかっていたのだ……。ロゼッタがもう……いないことは……。魔女よ、貴様が聞かせた、娘の最期の声……言葉……。あれはいかにもロゼッタが言いそうなことであった……。そして、貴様のような人でなしでは考え付きもしないようなことだった……。今思えば、私が娘のために医者や薬を用意するたびに、娘は辛そうな顔をしていた……。今さら気づくなど、私はなんと愚かなのだろうな……」
なんか急に語りだした。
ちょっと改心していいこと言っている風に聞こえるが、途中で言わなくてもいい言葉が挟まれていたのをマリスは聞き逃していない。
なので追い打ちをかけておくことにした。
「伯爵が踊り狂って暴走させた祭壇のせいで、たぶん、このディプラデニアの住民のほとんどは生きたまま法力と生命力を抜き取られて死んじゃったと思うよ。確認してないけど、あの量の法素をこの都市からかき集めてきたのなら間違いないはず。正確な人口は知らないから生き残りがどのくらいいるのか知らないけど」
そのマリスの言葉を聞いたルシオラは、ギュッと両手で自分のスカートを握りしめた。
「──それが、領地を預かる領主のすることなのですか。ディプラノス伯爵」
「……フ。預かる、とはな。アルゲンタリアではどういう教育をしているのか……。ディプラデニア領はもともと、連邦国のものではない。我が祖先が命をかけて切り拓き、代々受け継いできたものだ。連邦など、外敵に対抗するためでっち上げたにすぎん。領主に領地を預けるなど、王家の傲慢よ……」
「何を勘違いしているのですか。ディプラノス伯爵。
では伺いますが、貴方の祖先はこの土地をひとりで切り拓いたのですか? 友は、仲間はいなかったのですか? 付いてきてくれた人々は誰一人いなかったのですか? もし、そうでないならば。貴方の祖先の事業に賛同し、協力してくれた人がいたならば、貴方の祖先はこの地を切り拓いたその時、その仲間たちから、この地を預かったのではないのですか? 事業に協力した皆様の、代表者として」
なるほど、言われてみればそうかもしれない。
この地を切り拓いたことで領主というか小国家の王となったならば、そうなる前はただの一般人だったはずだ。ただの一般人がひとりで『人類領域』を広げるのは不可能とまでは言わないが、あまり現実的ではない。合理的に考えると、そこには大勢の仲間がいたはずで、その仲間たちが小国の最初の民となったのだろう。王として、その最初の民たちから国を預かったと考えるのが、確かに筋が通っている。
頭の冷静な部分でそう考えつつも、マリスの脳内の大部分は「友はいなかったのですか」が刺さっていたので上の空だった。
「……そうか……。私は……祖先が民より預かったこの地を……自ら破壊してしまったのか……娘可愛さに……。そしてその娘も、もういない……。なんと愚かな……」
心が折れたのだろうか。
伯爵の身体から、にわかに生命力が失われはじめたように感じる。城の三階で見た令嬢とそっくりの雰囲気だ。暴走し、ぐちゃぐちゃになってしまった法力や法術に関する器官が、これまでは生きる気力だけで辛うじて動いていたのだろう。
「……ルシオラ嬢は……アルゲンタリアは……。誇り高き始祖の魂を……」
そこで伯爵は口をつぐんだ。伯爵の目から徐々に光が失われていく。もう自分の命はここまでだと悟ったようだ。最期に口にする言葉はアルジェント家への称賛ではなく、別の言葉にしたいのだろう。
「……ロゼッタ……ジェラルド……すまなかった……」
それきり、伯爵は動かなくなった。
追い打ちをかけるつもりだったマリスだが、トドメを刺したのはルシオラだったように思う。
まあ、これで良かったのかもしれない。
もともとこの騒動は、ルシオラの輿入れから始まっている。
その帰り道に襲撃されたことで、ルシオラは法騎士であるシィラを頼り、シィラは地元民としてマリスを頼った。
色々あって、結果的にディプラデニアは滅んだ。
つまり、この地はルシオラが滅ぼしたのだ。
妖精は気まぐれで、ときにとんでもないイタズラで計り知れない被害を齎すこともあると伝承は謳っている。ヒト妖精ルー・シーの齎した被害としては妥当なところではないだろうか。
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