第40話「見習い騎士と伯爵巨人」

 手刀を伯爵巨人の頭に叩き込んだところまではよかった。

 しかし、抜くに抜けなくなってしまった。

 なぜなら、誰もが恐れる魔女であるマリスに「やるじゃないか」と言われてしまったからだ。


 伯爵巨人に投げつけた剣をそのままにしていたのは、回収したところでシィラは剣を使えないからだ。

 もともと投擲用の投げナイフ程度の感覚で回収してきたものである。振り回すための道具ではない。少なくともシィラにとっては。

 結果的にそれが部分的であれ伯爵の再生を阻害し、マリスの称賛を引き出したわけだが、今さらたまたま偶然でしたとか、実はまともに剣が使えないんですとか、そんなことを言えるはずがない。

 何しろシィラは師であるマスチェル団長が亡くなって以来、ほとんど他人に褒められたことがない。

 その数少ないチャンスを自ら手放すことなどできようはずがない。


(とは言ってもなぁ……。片手が頭に埋まっちゃってる状態だとロクな行動できないんだよなぁ……)


 左手は空いているが、右手が固定されている状態で、敵にぶら下がりながらできる攻撃など知れている。腰も満足に入らないのでは拳も手刀も蹴りも大した威力は期待できない。


(せめて足場だけでもあれば……)


 シィラが悩む間にも、伯爵巨人はまるで頭部に刺さった魚の骨を鬱陶しがるかのようにヘッドバンギング(※激しく首を振る行為のこと。宗教施設でのミサなどで信仰に篤い信者が最前列で賛美歌に合わせて激しく首を振りはじめたことが由来。ミドラーシュ教団では通常行われない。信者が少数のマイナーなジャンルの宗教でまれに見られる)をしている。いや普通頭に魚の骨は刺さらないか。まるでって何だ。どこがまるでなのか。


(くそう、頭の中の独り言でさえまともな例え話が出てこにゃい……)


 こんなとき、マリスやルシオラならもっとなんかこう、いい感じの表現が頭に浮かぶのだろう。ちょっと褒められて嬉しくなってしまったが、所詮シィラのおつむはこの程度だ。

 まあこんなときと言っても、あの二人は血塗れになりながらこんな泥臭い状況に陥ったりはしないだろうが。


(あたしは馬鹿な代わりに特別頑丈だからいいけど、あの二人は育ちがいいからこんな仕事は似合わないよね。いやマリスちゃんはあたしと同じく育ちがよくないってルーシーちゃんに言われてたっけ。言われてたよね?)


 言われていた気がする。育ちが悪いからしょうがないとかそんな感じのことを。


(でもマリスちゃんは魔女だから、育ちが人と違ってもしょうがないのか。てことは、やっぱり本当に育ちが悪いのはあたしだけ?)


 いずれにしても、シィラがあの二人とは出来が違うことに変わりはない。

 であれば。


(馬鹿なあたしが無理して色々考えてもしょうがないか! あたしはあたしなりに、今できることを精一杯やるしかないんだ! そう、今こそ今だーの精神だよ!)


 そうして頑張っていれば、そのうち出来がいい二人がなにか良い案を思いついてくれるはずだ。

 ちらりと二人のほうに視線をやると、何やらマリスは短杖を握りしめて集中しており、ルシオラは練兵場の外周をフラフラと散歩している。

 こんなときに呑気に散歩とは、と思ったが、散歩をすることで全身の血行をよくし、頭への血の巡りを改善して良い案を思いつきやすくしているのかもしれない。


(よーし、そうと決まれば今出来ることを精一杯やっちゃうぞ! まずは……威力は出ないかもだけど、もう片方の手で手刀だ!)


「今だー!」


 ざん、と、シィラの手刀はほとんど抵抗らしい抵抗も受けず、伯爵巨人の頭部にもうひとつの楔を打ち込んだ。シィラと伯爵巨人の頑丈さの差、そしてシィラの怪力をもってすれば、この程度のことは造作もない。ヘッドバンギングによる激しい揺れも、人並み外れたシィラの三半規管であれば馬車の揺れと大差ない。


「もういっちょ!」


 両腕を伯爵巨人の頭部に食い込ませたシィラは、今度は大きく右足を背後に振り上げ、伯爵巨人の延髄に思い切り蹴りを食らわせた。

 法騎士団支給のサバトンに包まれた足先は伯爵巨人の皮膚を突き破り、深く延髄に潜り込む。


「さらにもう一発!」


 同じように左足も延髄に蹴り入れた。


「グウウアアアアアアアア!」


 伯爵巨人が大きく叫び、さらに頭の振りを激しくするが、今や四肢の全てを食い込ませているシィラはびくともしない。


(とはいえ……。もうこれ以上は攻撃できる武器がないんだよなぁ。あとは頭突きくらい? いやいやさすがに頭を突っ込むのは……。かと言って、手足を抜いちゃうとすぐに再生しちゃうから、それももったいないしなぁ……。そういえば、すぐに、って具体的にどのくらいなんだっけ)


 これまでヒット・アンド・アウェイで伯爵巨人を攻撃してきたが、投擲された剣が刺さっている部分以外はどこも再生してしまっている。


(……ちょっと抜いてみるか)


 仮に再生されてしまったとしても、その時はまた打ち込めばいいだけだ。

 ヒット・アンド・アウェイと違い張り付いた状態の今ならば、同じ場所に同じ威力の攻撃を打ち込むのはすぐである。


「ちょっと抜いて今だー!」


 一瞬だけ抜いた左手を、すぐに打ち込む。

 すると、再生する前に傷跡に手刀を潜り込ませることができた。二発目となる手刀は、一発目の傷跡の最深部からさらに深いところまで入り込んだ。

 左手を抜いた部分は、肉の色がなんだか青白くなっているような気がした。人間で言うと、まるでその部分だけ血の気が引いているかのようだ。さらに、血の気が引いた箇所は再生能力が鈍っているようにも見える。

 そのおかげで再生する前に手刀を入れられたのかもしれない。


(これは……傷跡をさらに深く出来る……ってコト? これを繰り返していけば、深い傷を与えてそれを再生させないってことも可能かも!)


「よーし、じゃあ……今だー! すかさず今だー! あっ遅い! すかさずとか言ったからか! それなら……今だ今だ今だ今だ今今今今いっいっいっいっ言いにくい! んじゃあ今だだだだだだだだだだだ──!」


 シィラの左手は肉片をまき散らしながら伯爵の頭部のさらに奥へと入り込んでいく。


「ガアアアアアアー!」


 伯爵巨人のヘッドバンギングが激しくなる。


(効いてる効いてる!)


 効いているっぽいし、これが自分のするべきことだ、とシィラはその作業を無心で続けた。




 ★ ★ ★


ヘドバンの注釈の文章ですが、理解できないという方は「宗教」を「音楽」、「ミサ」を「ライブ」、「信者」を「ファン」、「賛美歌」を「ロックミュージック」とかに置き換えると若干読みやすくなるかもしれません。

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