第39話「魔女と手間のかかる仲間たち」
マリスはちょっとはしゃぎすぎなシィラのサポートを魔術でしながら、フラフラとあちこち歩き回るルシオラの様子も注視していた。
なんでこいつらはこう、手間ばかりかかるのか。
シィラは調子を取り戻したのはいいのだが、少々やりすぎである。平手で叩き潰されたときはさすがにちょっと肝を冷やした。
その後何事もなかったかのように伯爵の手を突き破って出てきたところを見るに、地面だけでなく伯爵の身体と比較しても、シィラの方が頑丈らしい。この伯爵には物理攻撃しか攻撃手段がないようなので、そうなると伯爵がシィラにダメージを与えるのはもはや不可能ということになる。初めてマリスを叩き潰そうとしたときの衝撃と比べると、慣れたせいか伯爵の動きも見切りやすくなってきている。シィラひとりでももう余裕だろう。伯爵が無限に再生するという問題に目をつむれば、だが。
じゃあサポートなんていらないのではという話なのだが、シィラも女性だ。ずっと血塗れで真っ赤の状態というわけにもいかないだろう。マリスはシィラが伯爵の身体を破壊するたびに、彼女の全身に『血の色を透明にする魔術』をかけていた。効果範囲を間違うとシィラの身体を流れる血まで透明になってしまい、まともな生物なら即座に死んでしまう事態になるので、繊細な魔力操作が求められる。
一方のルシオラの行動は本当に訳がわからない。一体どういう理由があってフラフラしているのか。
しかも何かを考えながら動いているようで、周りを全く見ていない。それでいて危ないときにはマリスが手助けする直前にひょいと躱してしまうのだから、さらに意味がわからない。こちらをからかっているのかとさえ思う。
しかし横目でしばらく観察していると、その動きにある法則性があることに気がついた。
(これは……法素をなぞるように動いている? ルーシーちゃんは魔術の発動だけじゃなく法素も感じ取れるのか? 法術適性もないのに? いや、微妙にズレているな。じゃあ一体何を……)
何をなぞって動いているのかはわからなかったが、法素とおおむね一緒に蠢いている何かであるのは間違いない。
マリスには見えていない何かがルシオラには見えているようだ。
これはおそらくアレだ。猫がたまに空中のよくわからないところを凝視している現象と同じだ。猫を飼ったことがないマリスにはわからないが。
そう考えると可愛いものである。戦闘中であるのになんだか和んでしまった。
(猫か……。飼ってみようかな。確か森に何種類かいたはず。猫科の魔物が)
肩からコウモリとヤギの頭が生えていたり、尻尾がサソリのものだったり、猛禽類なのに顔だけが獅子だったり、バリエーションは豊かだ。
そういう色物と比べると、ルシオラも猫の身体のかわりに人間の身体が生えており、猫の顔の変わりに人間の顔が乗っかっているだけである。魔物よりはよほど猫に近いと言えよう。少なくとも頭の数や手足の数は猫と一致しているし。インサニアには生息していないが、どこかの森にはケット・シーなる猫の妖精がいると聞く。さしずめこちらはルー・シーといったところか。
銀髪の人間妖精ルー・シーがあっちへフラフラこっちへフラフラ、顎に手を当て何かを思案しながら動いている。その度にギャラリーのノーラとトミーが喚く。何かあそこだけ違う空間が形成されているな、とぼんやり考えながら間違えてシィラの血をちょっとだけ透明にしちゃったりしていると、伯爵がこの緩い空気に気づいてしまった。緩い空気にというか、ノーラたちのかしましい声援にだろうか。
「ゴアアアアアアア!」
伯爵の巨大な腕が水平に振るわれ、フラフラ歩くルー・シーを襲う。
「……あ痛っ」
その直前、足元の何かに躓いてルー・シーが転ぶ。その上スレスレを伯爵の腕が通過する。また間一髪だ。
しかしこれまでの間一髪と今の間一髪には明確な違いがあった。
それは伯爵が能動的に行動したかどうかだ。
これまでの間一髪は、全て流れ弾だったり地面に空いた穴だったりしていた。しかし今回の危機は伯爵が明確にルー・シーを狙って起こされたものだ。
それが何を意味しているかというと。
「隙あり! 今だー!」
何ならもうこれが初めての真の意味での「今だー」ではないだろうか。
そのくらいのジャストタイミングでシィラのチョップが伯爵の脳天に炸裂した。
チョップはずぶりと伯爵の頭部の中ほどまで沈み込む。人間サイズだったころの伯爵とは似ても似つかないブサイクな顔がさらに歪んだ。
シィラのチョップという異物がある状態だと再生出来ないらしく、伯爵の頭は歪なままだ。よく見れば、何本も刺さっている剣もそのままである。最初にマリスを叩き潰そうとしたときよりも伯爵の動きが精彩を欠いているように感じられたのは、あるいはあの剣が行動を阻害していたからかもしれない。
「……なるほど。そのために投げつけた剣をそのままにしていたのか。やるじゃないかシィラも」
その時、ウロウロしていたルー・シーが何かを呟いたのが聞こえた。
「──まさかあの祭壇は、この都市に住む一般市民の命を奪って……?」
「ルー・シーちゃん? 今、なんて?」
気になったマリスは、ルー・シーに近づいて聞いてみた。
ルー・シーを目障りに感じた伯爵に攻撃を受けた直後だが、その伯爵は頭部を潰したシィラにかかりきりになっている。しばらくこちらを気にする余裕はないだろう。
「いえ、その、何となくなのですが、あの祭壇がこの周辺の人々の、なんというか、生命エネルギーとか、そういうものを吸い上げてジャイアント伯爵に供給しているのではないか、と考えたものですから……。えと、それより今わたくしを呼んだときのイントネーションがちょっと変ではありませんでしたか?」
あの祭壇とは、伯爵のダンスのお立ち台のことだろうか。
言われてみればたしかに、伯爵を再生している法素のようなものは、巨大な彼の足元から漂っているようだ。同時に死の匂いも強烈に舞っているので、生きた人間から無理矢理に生命エネルギーを吸い上げて、それを法素に変換しているというルー・シーの推理は当たっているかもしれない。
「……あ、そうか」
ルー・シーが感じているのはこの死の匂いか。ルー・シーの動く軌跡の大部分が法素とかぶっていながら微妙に違っていたのは、ここに満ちている法素には死の匂いがまとわりついているせいだったのだ。
マリスでさえ何となくしか感じられない死の匂いを、どうやってかルー・シーは明確に感じ取っている。それはとても珍しいことというか、ひとつの特別な才能であるように思う。
いや、それは今は関係なかった。
「伯爵は周りの住民たちの命を吸って再生している。もしそうだとするなら、それが出来ないようにしちゃえば伯爵は再生しなくなるってことかな」
「え、まさかマリス様、この周辺にいらっしゃる一般市民の皆様の命を先にお奪いに……?」
なんてことを言うのだろう。それでも領を持つ貴族の娘なのだろうか。
確かに祭壇に吸われる前に住民の命を奪ってしまえば伯爵に利用される恐れはなくなるが、それほどの無差別魔術を発動するくらいなら伯爵本人を消し飛ばした方が楽である。そしてその方法は出来れば使いたくない。
領主の娘なら、そういう損得勘定はできたほうがいいと思った。
「いや、
マリスは懐から砕けたインサニティ・エボニーの短杖を取り出し、その破片を渡した。
「わかりました。無敵がどうのというのはよくわかりませんが、フラフラウォークを駆使して置いてきます。あと、やっぱりちょっとイントネーションおかしくないですか?」
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