第38話「令嬢と反吐」
「今かー! よっしゃ今だー!」
シィラが土の中から剣を掘り出し、それを次々と巨大な影に投げつけていく。鞘がついたまま投げているが、遠心力で勝手に脱げ、あちこちにすっ飛んでいる。
その脱げた鞘のうちのひとつがルシオラの直ぐ側にも着弾する。
「危ないっ! き、気をつけてくださいよシィラ様!」
ルシオラ自身はまだ気分が悪くて動けないため、ノーラが襟元を必死で引っ張って飛んで来た鞘から離してくれた。今さら離れても大した意味はないだろうが、その気遣いはありがたく思う。
すると、位置を移動したおかげか、胸のむかむかがほんの少しだけ収まっていることに気がついた。
(……そうですわ。この体調不良がわたくしの未来を暗示するものだとしても、未来とはまだ何も決まっていないもの。これからの行動次第でいくらでも変えられるものですわ)
重い体に鞭を打ち、何とか立ち上がる。
「お、お嬢様!?」
「……大丈夫です、ノーラ。世話をかけましたね。うぶ」
そして一歩一歩、ヨロヨロと、少しでも気分が良くなる方へ向かい歩き出す。
「危ないですよお嬢様!」
「大丈夫です。大丈夫……おえっ。……間違えたこっちじゃなかったみたい」
フラフラと歩いては
方向を修正した途端、眼の前に流れ弾──シィラの投げた剣の鞘であったり、ジャイアント伯爵の拳が跳ね上げた石つぶてであったり──が飛んできたりする。もうあと一歩踏み出していればルシオラは流れ弾の餌食になっていただろう。
「言わんこっちゃない! 止めてくださいお嬢様! キャー危ない! ……あ、よかった~。あっ今度はそっちに岩が!」
無理して歩くルシオラが間一髪で流れ弾を回避するたびに、ノーラは甲高い叫び声を上げる。
途中から、歳のせいか遅れて状況に追いついたトミーも一緒になって野太い歓声を上げるようになった。歓声じゃないか。
あっちへフラフラ。こっちへフラフラ。
傍から見れば何をしているのか意味不明な行動だろうが、これでも少しずつだが体調は良くなっている。
余裕ができたので戦況を確認してみると、すべての剣を投げ終わったらしいシィラが拳でジャイアント伯爵に殴りかかるところだった。投げられた剣は十本くらいがジャイアント伯爵の身体のそこかしこに突き刺さっている。
当然のように平手で叩き潰されるが、その手のひらを突き破って、拳を突き出したポーズのシィラが現れた。全身血塗れでとても騎士には見えない姿だが、赤黒い血の中で何故か鮮やかな赤銅色の髪だけが輝いている。
シィラはそのままジャイアント伯爵の手首から腕を駆け登り、肩で踏み切ってジャイアント伯爵の横顔にドロップキックをかました。その衝撃で伯爵の首はどこかに飛んでいくが、すぐに肉が盛り上がって再生してしまった。頭蓋骨とか脳とかは無いのだろうか。
さらにあちこち、戦場ギリギリのところをフラフラと歩いていると、何となく気分が悪くなる空間とそうでない空間の差が見えてくる。
(何らかの……力場のようなもの? が渦巻いていますわ……。そして、その力場はジャイアント伯爵にもまとわりついて……あ、また傷が修復しましたわ。もしかして、この力場が伯爵の再生の……?)
フラフラしながら力場を辿り、その源を探っていくと、窪みにはまった伯爵の足元へと続いていた。
(ジャイアント伯爵の足元というと……先ほど伯爵が踊ってらした祭壇でしょうか。そこから流れ出した力場が伯爵を再生している……? いえ、わずかですが、足元へ流れ込んでいる力場もありますわね。流れ込んでいるというか、吸い寄せられて……集められている?)
伯爵の足元へと集められている薄い力場と、そこで何らかの指向性を与えられて伯爵にまとわりついている力場、その二種類の力場が存在しているようだ。もっと言うとマリスの周りにだけまた違った何かが感じられるが、これはいつものことである。
(集まってきた力場が伯爵の強化をしている、ということ? では伯爵はこの力場に操られて──うっ気持ち悪! 逆か、伯爵が広範囲からこの力場の素となっているエネルギーを集めている──ちょっと楽になりましたわ。なるほど。そういうことですのね。そしてそれを成しているのがあの祭壇で、例の踊りがそれを起動した……)
考えを進めていくうちにかなり気分が良くなってきた。
正解のようだ。わざと間違ったことを考えると気分が悪くなるのでそう考えて良いだろう。
これまで自分の体質をこのように利用したことはなかったが、うまく使えれば非常に便利である。
「祭壇が集めているエネルギーは……。あ、ここで右ですかしら」
「キャー危な──セーフ! ギリセーフですよトミー」
「おおおお間一髪でしたなお嬢様!」
飛んでくる岩を見る前に避け、ノーラとトミーの声援を背に、さらにフラフラウォークと推理を続ける。
祭壇が集めているエネルギーとは、具体的に何のことなのか。一体どこから集めているのか。
それと何となく動いているこの足はどこに向かっているのか。
(伯爵を再生している、ということは、生命エネルギー……? ふむ、これは正解のようですね。マリス様はアンデッドと仰っていましたが、生命エネルギーで再生するということは伯爵はアンデッドではない? ならば、死の匂いというのも間違──あ痛たたた! こむら返りが!)
急に痛みだしたふくらはぎを押さえてしゃがみ込む。
その頭上を瓦礫が飛んでいった。
「キャー! すごい! また紙一重ですよ!」
(ええ!? 今のはどっちなんです!? 推理が間違ってたの? それとも危険だったから?)
その後の検証の結果、両方だったみたい。
つまり伯爵は、死の匂いと生命エネルギーを集め、祭壇によって自らの力へと変換し、あの巨体を維持しているということのようだ。
そして、死の匂いと生命エネルギーが同時に集まってきているということは。
(このエネルギーはもしや……生きた動物から強引に吸い取っている……? 生きた動物……まさか)
「まさかあの祭壇は、この都市に住む一般市民の命を奪って……?」
そう呟いた途端、反吐が出るような結論であるにも拘わらず、ルシオラの気分はほんの少しだけ良くなったのだった。
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