第31話「魔女による人質救出」

 伯爵令嬢の部屋を出たマリスは、少し考え、食堂の防御システムをまるごと城の三階に移設することにした。

 食堂を守れ、というルシオラのオーダーには反することになるが、ルシオラも別に食堂にこだわりがあるわけではないはずだ。要はいざというときの拠点がほしいだけなので、それが三階であっても別に問題はあるまい。

 予想される戦闘エリアが地下であることを考えると、一階の食堂と比べれば利便性で大きく劣るかもしれないが、そこはそれ、魔術の力で何とかしてしまえばいい。

 具体的に言うと転移ポータルだ。予め設定しておく必要こそあるが、距離の問題は概ねそれで解決できる。

 魔術発動の源である魔素が少ないせいで難易度は高めだが、マリスにとっては大した障害にはならない。何しろ賢かった祖母も認める魔術の才能の持ち主だ。魔素の代わりに別のエネルギーを利用することで、擬似的に魔術を発動することくらいお茶の子さいさいである。


「さて。するべきことも終わったし、ルシオラたちを追わないとね。おっと、隠密の魔術も忘れずに、と……」



 伯爵はたしか、どこかの地下だとか言っていた気がする。どこの地下だったかはよく覚えてないが、とりあえず地下を虱潰しに探せばそのうち見つかるだろう。

 このディプラデニア城はこれまでマリスが見たことのある建造物の中で最も大きく広い。闇雲に探したところでそう簡単には見つかるまいが、それも魔術を駆使すれば簡単なことだ。


「何が一番楽かな。これかな。『特異点探知シンギュラディテクション』」


 古より伝わる生命探知の魔術にマリスのオリジナルアレンジを加えたものだ。

 通常の『生命探知ライフディテクション』では、生きているもの、生命しか探知できない。

 しかしこの『特異点探知』は違う。

 この魔術が探知するのは特異点、つまり通常のプロセスでは発生し得ない、平均値からかけ離れた「ナニカ」だ。

 マリスがこの魔術を開発したのは、『領域外』の森の中で生まれた突然変異体を素早く特定するためである。この魔術をもってすれば、突然変異体が例え群れの中に隠れていたとしても瞬時に見つけ出し狩ることができるのだ。

 素晴らしく応用の利く魔術で、突然変異体の捜索以外でも、例えば無数のミカンの中から傷んだものだけを抽出して排除することにも使える。ミカンが傷むのは通常のプロセスだが、他と比べて違いがあることは間違いないからだ。

 今回これを選択したのは、この城にいるであろう大勢の人間の中から、貴族あるいは貴族に準ずる法力を内包した個体を見つけ出すためだ。

 ルシオラは法術適性はないものの貴族であるため法力は多いし、シィラも似たようなものである。伯爵は言うまでもなく貴族だ。城全体を対象にすれば、全員間違いなく『特異点探知』に反応するはずだ。


「えーっと……。あ、このふたつ固まって動いてるのがルーシーちゃんたちかな。まだ一階をうろついてるのか……。何してるんだろ。それで……お、地面の下だ。ひとりだし、こいつが伯爵だな。ここを目指せばいいのか……うん?」


『特異点探知』が、さらなる「特異な点」を探知する。

 人間のいる城の中にあって、法力の過多に関係なく異質な、そもそも人間ですらない存在。


「こいつ、魔女じゃないか。辺境とはいえ、なんでこんな人類領域の真っ只中にいるんだ……?」


 自分のことを完全に棚に上げ、マリスはそう呟いた。


「うーん……。ルーシーちゃんたちまだウロウロしてるし、とりあえず先にこの魔女っぽい反応のとこ行ってみようかな」



 ◇



 場所というか、彼我の相対的な空間座標さえわかっていれば、そこが例えいかに複雑な迷路であろうとも移動するのは難しくはない。そう、魔術ならば。

 転移ポータルを開き、その魔術式に相対座標を入力するだけでいいからだ。もちろん座標の数値を一つ間違えれば転移後に「壁の中にいる!」なんてことになりかねないが、さすがのマリスもそこまでアホではない。賢くないとは言ってもそれは魔女基準であり、ただの人間とは比べるべくもない程度には優秀なのだ。少なくとも本人はそう思っている。


「よし。ポータル開いた。こんにち──うわっ危ない!」


 光の門をくぐり、抜けた先は狭い地下室のような場所だった。ようなというか、座標的にも地下室である。

 無事に壁の中に埋もれることなく出られたのはよかったのだが(二敗)、壁の代わりに歪な形のナイフに襲われてしまった。

 しかし賢くなくとも優秀なマリスは慌てない。このような不意打ちには慣れっこである。『領域外』の突然変異体の不意打ちに比べればずいぶんと遅い。

 冷静にナイフを躱し、素早くポータルを閉じる。開けっ放しは行儀が悪いからだ。


「──っぎゃあああああ!」


「あ、やっちゃった」


 歪な形のナイフを握っていた腕が半分ポータルに入った状態で閉じてしまった。

 こうしてしまうと、ポータルのこちら側とあちら側の空間の繋がりが失われる影響で、腕もこちら側とあちら側でサヨナラしてしまうのだ。

 失った片腕を押さえ、よだれを垂らしながら、漆黒の髪の女がマリスを睨んでくる。

 間違いない。この女が先ほど検知した魔女だ。

 ポータルをくぐってすぐに攻撃してくるとか、マリスがここに現れることがわかっていなければ絶対に不可能なわけだが、なぜこの魔女にはそれがわかったのだろう。


「き、貴様……よくも……」


「いや、今のは私何も悪くなくない? どう考えても他人のポータルに不用意に腕突っ込む方が悪いでしょ。私悪くないでーす。よって無罪。はい決まり。閉廷。解散!」


 魔女裁判終了である。

 魔女裁判とは、魔女同士で諍いが起きた際に開かれるもので、その諍いに直接的な利害を有さない第三者の魔女によって裁定される裁判のことだ。

 当然、第三者の魔女が存在しないため正式なものではない。というか魔女の常識では、魔女裁判とはこのように軽々しく扱って良い性質のものでは決してない。

 そうした魔女の常識は祖母からさんざん聞かされていたはずだが、賢くないマリスにはあまり浸透していなかった。


「ふ、ふざけやがって……! 灰金め……! この異分子め……!」


 マリスのくすんだアッシュブロンドの髪を指し、このように「灰金」と罵倒してくる魔女が稀にいる。

 そういう話は祖母の友人から聞いたことがあった。

 森の外には恐ろしい人間だけでなく敵対的な魔女もいるから、森から出てはいけないよ、とかつてはよく言われていたものだ。

 最近言われなくなったというか、祖母の友人と会う機会も減っていたので忘れていたが、そういえばそうだった。


「きゃあああ!? え、あれ……? う、腕が、魔女の腕が急に……? 一体何が……」


 ポータルを閉じたその向こうに、恐怖に染まった表情でこちらを見つめる女が居た。その女を庇うように睨みつける老人もいる。


「あれ。ノーラさんとトミーさん。なんでこんなところに……。あ。隠密したままだった」


「うおおおおマリス様が突然湧いた!?」


「いやもうそれさっきやったから。てか湧いたってなにさ」





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