第28話「魔女の隠密の術」
領主の城というのは、領主一族の生活空間であると共に領内の行政を司る役所でもある。
ここで言う行政とは、かつて栄えた魔女の国で採用されていたという「三権分立制度」で言うところの「行政」とは異なり、領内のあらゆる
そういうわけなので、領主一族の居住区とは別に普通に文官が仕事をする場所もある。警察兼軍隊である領軍の司令部もある。練兵場もその一部だ。
マリスはディプラデニアのそのような内情を、姿を隠して城を捜索したことでおおよそ理解した。賢くないマリスであるが、そうは言っても一端の魔女である。このように原始的な統治体制であれば、ぐるっと見て回っただけでおおよそのところは理解できた。
領軍司令部や練兵場は一階で、それ以外の行政機関は二階にあった。領主に直接陳情するような謁見室も二階のようだ。
そして伯爵一家の居住区は三階にあるらしい。それより上は屋上で、見張りの詰所やバリスタなんかが設置されているという。
音もなく三階に上がり、伯爵の家族の姿を探す。
二階の行政部門で見て回った限りでは、伯爵の親類は息子と娘のふたりだけ。かつては奥方もいたようだが、娘が生まれてすぐに病気で亡くなっているらしい。
現在、伯爵はおそらく練兵場の地下にいるはずで、息子は食堂で結界の礎となっている。
居住区にいるとしたら娘だけのはずだ。
「三階には……誰も居ないのか。使用人もいない。娘さんの世話とか誰がしてるんだろ」
閑散として人気のない廊下を歩く。足元の絨毯や要所要所にある調度品は見事だが、それを鑑賞する人間がいないのでは虚しいだけだ。
ホコリが積もっているようには見えないし、かと言って伯爵や息子がこまめに掃除をしていたとも思えないので、おそらく時間や当番を決めて使用人が清掃しているのだろう。家人の世話もその時にしているのかもしれない。
食事や着替え、湯浴みなどは時間を決めれば毎日定期的に世話をすることができるだろうが、それ以外の欲求は基本的に不定期のはずだ。紅茶を淹れるだとか、ちょっとしたわがままを言うだとか、貴族というのはそういうことを使用人にするものである。そうした欲求には定期的に三階に来るだけでは対処できない。
「必要最低限の世話しかさせていないってこと? 私の知っている貴族とはどうもイメージが違うな」
マリスの知っている貴族と言っても、そのほとんどは魔女の庵の文献から得た知識である。実際に会ったことがあるのはルシオラくらいで、彼女もまた貴族のイメージとはかけ離れているが、サンプルがひとりでは貴族全体のイメージを変えるほどではない。
「ディプラノス伯爵は……。どうだったかな。いきなり攻撃してきたり私に嫌味を言ってきたことを除けば……。確かに横柄な貴族って感じではなかったかも。でも私に嫌味言ってきた時点で文献のテンプレ貴族以下だな。文献の中の貴族は私に嫌味は言わないし」
人の気配がしないのをいいことに、マリスはまぁまぁ大きな独り言を呟きながら三階の探索を続けた。もちろん仮に人がいたとしても魔術で遮音しているので誰かに聞かれることはない。
廊下もそうだが、どの部屋も掃除が行き届いていた。
階段に近い部屋から順に扉を開けていき、中を検める。伯爵の書斎らしき部屋や、寝室と思しき部屋、令息のものだろう部屋、かつては使用人の控室だったのだろう部屋もあった。どの部屋にもホコリ一つ落ちていない。
現在も主人がいる部屋ならわかるが、使われた形跡のない控室まで綺麗になっているのは何故だろう。もし清掃しているのが使用人であるのなら、使用人たち自身もいつかまたこの控室を使う日が来ると思っている、ということだろうか。
ディプラノス家と使用人の関係性がわからないのでなんとも言えない。先ほど二階で領内の統治の状況は軽く目を通したが、さすがに使用人の雇用条件までは気にしていなかった。
そうして部屋を見ていくうちに、階段から最も遠い部屋から
いや、微かに人の気配がする、というよりは、
これは通常の人の気配ではなく、今まさに死に瀕している人の気配だ。
マリスは少し迷い、他の部屋は無視して先に奥のその部屋を見てみることにした。
部屋の周囲に人がいないのを確認し、慎重に扉を開けた。ノックはしない。
「失礼するよ。……君は……」
部屋は若い女性のものだった。それらしい調度品が部屋を彩っている。
窓際には天蓋付きのベッドがあり、そこにひとりの少女が静かに横たわっていた。
実際に見てもやはり生命力はほとんど感じられない。胸が上下しているので息はしているが、それだけだ。部屋に入ったマリスにも何の反応もしていない。
「これだけ豪華な病室を居城に用意してもらっておいて、まさか他人だとは思えないけど、一応聞いておくね。君は伯爵の娘で合ってるかな?」
しかし少女は何も答えない。まるでマリスの声が聞こえていないかのように。
「無視、か。確かに体調は悪そうだけど、声を出すくらいのことはできそうだけどね」
仕方なくマリスは少女のベッドに近づいた。
顔を覗き込んでも何の反応もしない。
視線は悲しげに天井を見つめたままで、すぐ側にいるマリスのことなどまったく視界に入っていない。
世の中のすべてを悲観するかのような、絶望に
そこでマリスは気がついた。
もしかしたら──
「……よく考えたら隠密の魔術かけたままだったかも」
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2023年の投稿は本日で終了いたします。次回の投稿は2024年1月6日の予定です。
私は年末年始もちょっと忙しいですが、皆様はごゆっくりお過ごしください。
本年中はまことにお世話になりました。来年もよろしくお願いします。
良いお年を。
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