第27話「魔女と食堂改造計画」
ぐにゃりと横たわる兵士たちから自分たちで装備できそうなものだけを剥ぎ取り、準備を整えたルシオラとシィラは食堂を去っていった。
「……行っちゃった、か」
救出作戦を敢行しようというのに作戦会議らしきものは一切しなかったが、ブレインがルシオラで実行役がシィラでは事前の打ち合わせなどあってもなくても大差ないだろうからマリスも特に何も言わなかった。何も言わなかったのは、何よりこの作戦のキーマンは隠密で行動する自分だと理解していたからでもある。
「さて。じゃあ私もするべきことをしなくてはね」
ルシオラたちからのオーダーはふたつ。
ひとつは食堂の拠点化。
もうひとつは隠密行動による救出作戦のサポートだ。
どちらも重要な任務である。
「……あれ? 食堂は拠点化するんだったかな? 防衛すればいいだけだったかな? ……うーん、前線基地とか橋頭堡とか言ってたし、たぶん拠点化で合ってる気がするな」
加えて、拠点化した後はマリスがいなくとも問題なく防衛できるようにしておかなければならない。
「食堂自体は普通の部屋だし、部屋そのものの防御力はどうしようもないか。まあ一応城の一室だから頑丈ではあるけど……。となると……拠点防衛用の兵器があれば平気かな。お、今うまいこと言った」
マリスはひとりニヤニヤしながら作業を始める。
まずするべきは防御用の結界の構築だ。幸いここにはこの城で長く暮らした伯爵令息がいる。発動場所とこれほど親和性の高い触媒はないだろう。
マリスは伯爵令息を上手く使い、部屋の中央と四隅に結界用の基点を設置した。そのままだとグズグズに崩れてしまうので、ある程度形を整えた後凍らせておいた。魔女の氷は自然の氷とは違う物理法則で成り立っているので、魔力以外の影響で溶けることはない。
「防御はこれでよし。次は迎撃か。自律行動する拠点防衛用の兵器というと、まあオーソドックスなところでゴーレムあたりが無難かな。ええと材料は──たくさんあるしこれでいいか」
◇
食堂の拠点化を終えたマリスは、魔術で姿と気配を隠し、食堂から出た。
魔女が伯爵の元へ向かっているという情報が漏れては台無しなので、食堂から出る時点ですでに隠密系の魔術はかけてある。
光や音はそこに何もないかのように感じるよう計算して反射し、動作や呼吸による空気の流れも計算して誤魔化している。空気中に含まれる魔力の素、いわゆる『魔素』や、法力の素である『法素』さえも、空白が生まれないよう違和感なく再現している。これもマリスがインサニアの森で仕事をするために開発した魔術だ。
ここまでやっても森の深層の魔物は普通に対応してくるのだが、やらないよりはマシだ。それに深層の魔物なんて人里に居るはずがないので、この状態のマリスが見つかることはない。
森と違いここには魔素がほとんどなく、代わりに法素濃度がやたらと高いが、その程度の調整はすぐにできる。
食堂の近くの調理室で震えている城の使用人たちに気づかれていないことを確認し、練兵場を目指す。
練兵場がどこなのかは知らないが、知らないのはルシオラたちも同じはずなので、まあそのうち追いつけるだろう。城は人が住むには広すぎるがさすがに森よりは狭い。くまなく探せばそのうち見つかるはずだ。
「あ、そうだ。ついでに伯爵の家族を探して始末しておこうかな」
伯爵へ被せる罪はもうあらかた決まっている。自分の配下の兵士を魔術、じゃない法術でぐにゃぐにゃにしてフレッシュゴーレムとして使役することだ。ゴーレムは基本的に製作者の命令に従う上に疲労もしないので、裏切るかもしれない人間の兵士よりも使い勝手がいい。メンテナンスは必要だが、それは人間も同じである。
何を犠牲にしてでも絶対に食堂を守りたいと考えた伯爵は、自らの息子を要石として食堂に結界を張り、そこを兵士を材料にしたフレッシュゴーレムに守らせている。
という筋書きだ。
これが冒涜的なことなのかはわからないが、兵士や令息を柔らかくした時点で伯爵は冒涜的だと喚いていたし、おそらく間違っていないはずだ。
冒涜的な罪状が決まった以上、あとは伯爵一家を皆殺しにすれば当初の目的は完遂だ。途中で発生したサブミッションの人質救出も完了すればミッションコンプリートである。
(さて。しかし物事には優先順位というものがある。伯爵の家族と人質救出、どちらを優先するべきか……)
伯爵は練兵場の地下とか言っていたので、人質救出を優先する場合は下を目指すべきだ。ルシオラもシィラもさすがにそうしているはずだ。しかし伯爵の家族を狙うのであれば上を目指す方がいい。城の主の家族なら、住んでいるのは上の階の可能性が高い。
マリスは少し迷った後、下ではなく上を目指すことにした。伯爵一家皆殺し作戦よりも人質救出作戦を優先すべき状況ではあるが、伯爵の家族を発見できれば、その家族を人質として捕虜交換のようなことができるのではないかと考えたからだ。駄目なら始末すればいいし、これは非常に合理的な考えであった。
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