第26話「魔女の留守番」

「……それにしても、どうしましょう……ノーラとトミーが人質に……」


 ルシオラが沈んだ顔で呟いた。

 二人とは身分が違うため、同じ席に着いて食事をとることはない。なので夕食の前に別れ、別室に通されていたはずだ。


「まあこっちは伯爵一家を皆殺しにしようとしていたわけだし、向こうが人質をとっても文句を言えた筋合いではないんだけど」


 夕食前に別れた時点では、こちらが伯爵を害そうとしていたことは伯爵側にはわからなかったはずだ。伯爵の息のかかった賊に襲われていながらルシオラが敢えてここまで来たことは、もし伯爵がマルコスと連絡を取っていたとしたらわかっていただろう。当然こちらに何かしらの目的があることは察していただろうが、その目的が自身の殺害だとまでは思わないはずだ。

 だとすれば、伯爵は元々ノーラたちを人質にし、こちらの行動を縛るつもりだったのだろう。

 あるいはノーラたちの身柄と引き換えに、ルシオラに何かイヤラシイ命令とかするつもりだったのかもしれない。最低な男である。


「え、殺るのは賊の親玉の伯爵だけなんじゃ? いつから一族郎党皆殺しが目的に……?」


 そういえば例の冒涜的な罪を被せる作戦についてはまだ共有していなかった。


「あ、一族郎党皆殺しはこっちの都合だった。いやこっちの都合っていうかシィラのためなんだけど。だからどっちかっていうとシィラの都合かな」


「あたしの知らない間にあたしの都合で伯爵一族が根絶やしにされることに!?」


「まあ世の中ってだいたいそういうもんだよ。シィラの任務だって別に自分で選んで受注したわけじゃなくて、自分以外の都合で割り当てられたものでしょ」


「あ、そっか。なるほどなー。任務じゃしょうがないな。あれ? てことは伯爵一族が皆殺しになるのも厳密に言うとあたしじゃなくて任務の都合……ってコト?」


「そうなるね。だからまあ、だいたいミドラーシュ教団のせいだよ」


「そうなんですのね」


「マジすか最低だなミドラー……あれ、どっかで聞いたことあるな? うちの東方教会と何か関係あったかな」


 自分の所属している大元の宗教団体の名前すら忘れているアホのシィラはおいといて。


「さて。ノーラさんとトミーさんが捕まっちゃってるんなら、伯爵の殺害よりもまずは救出を優先しないとね。練兵場の地下とか言ってたっけ。どうする?」


「あの、それなのですが。……申し訳ありませんが、マリス様にはこちらでお待ちいただきたいのです」


「えっ」


 言い方は柔らかいものの、マリスを拒絶するかのようなルシオラの言葉に、マリスは軽いショックを受けた。

 つい先ほど魔女であるという身分を明かし、それを黙っていたことも許されたことで、ふたりは友人になれたのではなかったのか。


「なんで『えっなんで』みたいな顔してるんすかマリスちゃん。伯爵も来るなって言ってたでしょ。そりゃ置いていくしかないっしょ」


「い、いや、でも、ああいうのってなんかその、お約束とかそういうのなんじゃないの? 押すなよ絶対押すなよって言ったら普通押すもんでしょ? 古い文献で読んだんだけど……」


「魔女の方々の歴史や文化については興味が尽きないところですが、そういうのは人間の間ではちょっと聞いたことないですわね……。

 業腹ですが、客観的に言って人質を取っている伯爵側が現状有利な立場にいると言わざるを得ません。しかもここは敵地で、わたくしたちには土地勘も無ければ準備をする時間も伝手もありません。人数も三人しかおりませんし……ってこう言うとわたくしたちに有利な材料ってめちゃめちゃ少ないですわね。

 まあとにかく、有利な立場にいる伯爵から『来るな』と言われてしまったからには、ノーラたちの救出にマリス様をお連れするわけにはまいりません……」


「そういうこと! ここはいっちょあたしに任せてくださいよ! 目潰し避けられちゃったときはさすがにちょっとびっくりしましたけど、さっきマリスちゃんも見た通り、当たりさえすれば伯爵なんて一撃っすよ!」


「それはそうなんだろうけど……。当てられる状況かどうかわからないじゃない? 実際目潰しはあの距離で避けられてたわけだし、パンチが当たったのも結果的に不意を突けたからだよね? なら少しでもこう、なんかさ、こう……。あ、そうだ! お約束とかじゃなくて伯爵が本当に私に来てほしくないんだったら、逆に私がついていけば伯爵をびっくりさせられるんじゃないかな? これって不意を突けることになりませんかね……?」


「びっくりはするかもしれませんが、それ以上に相手を刺激して怒らせてしまうことになると思います……。

 そうしたリスクを冒すよりは、マリス様にはここを守っておいていただきたいのです」


「ここを……? え、ここ食堂なんだけど。しかも人んちの」


 取り立てて守る価値のある場所とは思えない。さらに言えば床には所狭しと傷みやすい肉が並べてある。


「もちろんこの場所そのものに意味があるわけではありません。重要なのは、ここが敵地だということです。救出作戦が成功するにしろしないにしろ、作戦終了後にわたくしたちが一時退避するための場所は必要です。敵地においてそれを確保するわけですから、いわゆる前線基地とか橋頭堡みたいなやつですね。お父様のご本で読んだだけなので合ってるかどうかわかりませんけど。マリス様には、その橋頭堡となるこの食堂をお守りいただきたいのです」


「なるほどですねー。それは重要だ! 任せますぜマリスちゃん! それに、たとえ堂々とあたしたちと一緒に乗り込んでいったところで、伯爵をびっくりさせたり不意を突けるとは思えないしね」


 橋頭堡としてのこの食堂を守る。

 伯爵の不意を突くために堂々とはついていかない。


 つまりこのふたつを遵守するなら、マリスも練兵場の地下に行ってよいということだ。


「……そういうことか。うん。ふたりの話はわかったよ。任せておいて。インサニアの魔女の名にかけて、ふたりのオーダーは完遂してみせるから」




★ ★ ★


2023年12月29日~2024年1月5日まで、年末年始ということで投稿をお休みさせていただく予定です。

これは、ちょっとやらないといけないことがあるのと、年末年始は小さいモンスターが襲来するのでその相手をしないといけないからです。

あと東京とかいう大都会から友人が久しぶりに帰省するのでパーリーをするからです。

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