第11話「魔女の考える人間の生態」
「本当ですか? それは奇遇ですね!」
シィラとルシオラはお互いの意外な共通点に盛り上がっている。
そんな二人の様子を横目に、マリスは気まずさを感じていた。
秘匿すべき秘密を明かしたルシオラに対して、自身が魔女である事実を伏せたままであるからだ。しかもその理由は「政治的に面倒なことに巻き込まれたくないから」というものだ。もちろん自分のためだけではなく、祖母が築いたアルゲンタリアとの関係性にヒビを入れたくないからでもあるが。
ルシオラはなぜ、法術適正がないことをマリスたちに明かしたのだろうか。
この事実が広く公開されれば、ルシオラ本人はもちろん父であるアルゲンタリア領主も厳しい立場に立たされる恐れがある。中央の求心力が落ち、各領地間の緊張が高まっているこのリベルタ連邦国において、身内が『法術適正なし』──つまり『無能』の烙印を押されることは、決していい結果には繋がらないはずだ。
そんなマリスの疑問を察してか、はしゃぐ主人をよそにノーラが小声で話しかけてきた。
「……お嬢様の秘密を明かすことに、私は反対でした。ですが今回マルコス様がお嬢様に言い渡されたのは、お嬢様ご自身による盗賊の討伐……。法騎士様に依頼することこそお認めいただいたものの、お嬢様ご自身も共に現地に行く必要がありました。貴族が法術を自在に扱えるという事実は、法騎士様もご存知のはずのいわば常識。もしお嬢様がご自身の適正を秘密にしたままであれば、万が一のときに予期せぬ事故に繋がりかねない。お嬢様はそうお考えになり、お二人に明かすことに決められたのです。マルコス様の私兵さえいなければ、そもそもお嬢様が自らお出でになる必要などなかったのですが……」
それを聞いたマリスはますます居た堪れなくなった。
人間の世界において、魔女は特級の戦力だ。その杖のひと振りで街のひとつやふたつを簡単に壊滅させるだけの力を持っている。賢くないとはいえ、それはマリスも同じだ。むしろ賢くない分、何かを壊したり殺したりといった技術は得意な分野でもある。マリスの魔術の腕は祖母のお墨付きだった。
それを告げれば、この健気な侍女や純朴なルシオラはどれだけ安心するだろうか。
特に、今はせっかく呼んだ頼みの法騎士も自分と同じ無能であったと知ったばかりだ。マリスからすればシィラの価値はその異常な身体能力であり、法術ごときが使えようが使えまいが誤差にすらならないのだが、それをルシオラたちが知っているかはわからない。不安は増しているに違いない。まあ、どう見ても仲間を見つけて喜んでいるようにしか見えないが。
「……ノーラさん。実は、私は──」
「──お嬢様がた! そろそろ例の賊どもが出たあたりに着きやすぜ!」
どうやら目的地に着いたらしい。
言いそびれてしまった。
◇
襲われたという場所から少し離れたところに馬車を止め、一行は馬車から降りた。
インサニアの森の周りに広がる普通の森の脇をかすめるように伸びている街道だ。この街道をさらに先に進むとディプラデニア領、だったはずである。ルシオラたちがアルゲンタリアに戻る途中で襲われたのであれば、ディプラデニア領内で襲われたことになる。
「……こんなふうな場所だったのですね。わたくしは馬車の中にいたので知りませんでしたが」
「賊のような者たちは……見当たりませんね」
ルシオラとノーラがきょろきょろとあたりを見回すが、何も異常は見つけられないようだ。
しかし魔術によって強化されたマリスの五感は、森に潜む中型の生物の気配を多数捉えていた。
「えー、いっぱい居ますよ。ちょっと臭う連中が」
のんきな声でシィラが言う。
賊を見つけていたのはマリスだけではなかったらしい。
先ほどの会話からすると、シィラは法術を使えないはずだ。にも関わらず、魔術で強化した五感と同レベルの鼻とは恐れ入る。やはりこいつは人間ではなくゴリラに近い生物なのでは、とマリスは思った。孤児ということだが、きっとゴリラの親に人間の里に捨てられたに違いない。髪も赤系で例の猩猩の突然変異体に似ているし。
「臭うかどうかはさておいて、森の中に賊らしき人間が多数隠れているのは確かでしょうね。どうしましょうか。ルーシーちゃん」
様付けはいらないと言われたのでルーシーちゃんと呼んでおく。
「マルコスおじ様からの指示は、盗賊の討伐なのですが……」
「そのくらい、このシィラちゃんにかかれば造作もないっすよ! なにせ一人前ですからね! 見習いですけど!」
「ちょっと何言ってるかわからない。あと声が大きい」
「わたくしは何をおっしゃっているかわかりましたよ。なにせ貴族ですからね。無能ですけれど」
ノってきたルシオラに、マリスは苦笑いを浮かべた。
自虐ネタは笑いづらい。
自分も便乗して「魔女ですからね。賢くないですけど」とサラッとカミングアウトしてやろうかとも思ったが、なんかちょっと違うような気がしたのでやめておいた。
「シィラがそう言うんだったら、とりあえず突っ込んでみる?」
インサニティエボニーを拳で砕けるほど頑丈なシィラなら、鉄の矢じりで射られたところで傷ひとつつくまい。剣や槍で切りつけられても同じである。隠れているのが本当にただの賊だとしたら、シィラが負けることはおそらくない。
「いいっすよ!」
シィラはノリノリだ。
「……あの、もう少し進むとディプラデニア領に入ってしまいますが、勝手に入って問題になったりしませんか?」
不安げなノーラの言うことも一理ある。
マリスが知る限りではだが、貴族というのは野生動物の群れのボスによく似た生態を持っている。自分の縄張りに異物が入り込むのを嫌がるのだ。中には、領地の全てを城壁で覆い、他領との通行を全て関所で管理している貴族もいると聞く。領域外に近いアルゲンタリアやディプラデニアなどではさすがにそういうことはない。そんなことをして領域外の魔物を刺激してもいいことはなにもないからだ。城壁で囲むとしても人の住んでいる都市の周りくらいである。
なので、この街道にも塀や関所のようなものはない。黙っていればわからない。しかしもし誰かに見られたときは面倒なことになる。政治的なアレコレに関わりたくないマリスにとってそれは避けたい事態だし、アルゲンタリアの領主の娘であるルシオラも同じだろう。関係ないのは領地や国家に縛られないミドラーシュ教団所属のシィラだけだ。
(今までまともに考えたことがなかったけど、社交性が高くないといけなくて、法術適正がないといけなくて、それでいて野生動物のボスに似てるって、貴族って一体何なんだろう。かと思えば本能とノリで生きてるシィラみたいなのもいるし、人間って本当に妙な生態だな)
「──本来であれば、わたくしは今頃ディプラデニアに輿入れしているはずでした」
「えっ。そうなんですか?」
初耳である。
しているはず、にも関わらずしていないということは、ルシオラはディプラデニアと何かしらの問題を起こした可能性が高い。
すでに十分政治的に面倒な事態になっていた。マリスは騙された思いがした。
「実際、先日もあちらから領境を越えて戻ってきたばかりです。そのときに襲われたわけですが。それを考えると、今さら領境を出たり入ったりしたところで特に問題はないと思います。行っちゃいましょう」
「いやむしろ逆に問題に──」
「よっしゃー! 行ったるでー!」
マリスのツッコミは間に合わなかった。
ルシオラの声に背中を押されたように、シィラが賊の隠れている方へ向かって駆け出した。止めようにもどうにもならない速度だ。馬より速いかもしれない。
「ああ、もう……」
よほどのことがない限りは大丈夫だとは思うが、一応念のため、シィラをフォローするべくマリスはスペアの杖を取り出した。
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