第10話「魔女が聞いた出戻り令嬢と見習い騎士の秘密」
「何なら今から参りましょうか?」
何なので今から行くことになった。侍女は「何なの」と言いたげな顔をしていた。
現地へは馬車で向かうらしい。
御者トミーが回した馬車は穴だらけだった。先ほど聞いた馬車だろう。しかし穴が無かったとしても貴族令嬢の馬車にしては質素に感じる外観である。これほど大きな城を構えて、敷地内に蔦でおしゃれをした館まで建てているというのに、伯爵はお金がないのだろうか。
マリスとシィラも馬車に乗り込み、襲われたという場所まで向かう。
客室にも多少穴が開いており、隙間風が気になるが、身を寄せ合っていれば寒くはない。もっとも寒いから身を寄せ合っているというより、馬車が狭いからそうせざるを得ないだけだが。侍女のノーラが当然のようにルシオラの隣に座ったので、マリスの隣はシィラである。法騎士の鎧が硬くて冷たいため、身を寄せ合うには向いていない。
というか、鎧とか必要なのだろうか。拳でインサニティエボニーの強化杖を砕くようなゴリラ女に。下手をすれば鎧のほうが柔らかいまである。その場合、シィラが平服だったらそっちの方が硬かったのかもしれない。よかった鎧を着てくれていて。いやよくない。
シィラと違いノーラは人並みに柔らかいようで、向かい側に座るルシオラはにこにこしている。
「……ルーシーちゃん様はずいぶん楽しそうですね」
ちょっと代わってくれないかな、という思いを込めて、マリスはノーラに視線を送りながら言った。ノーラは落ち着きなく身じろぎを続けるシィラと、狭そうにしているマリスを見た後、目をそらした。
「楽しいですよ。わたくしはあの館から出ることはほとんどありませんでしたから。こうして皆様とお出かけできるだけで楽しくなってしまうのですわ」
「へーそうなんですね! ルーシーちゃんはなんでそんなに引きこもりを?」
「言い方! あと『様』くらいつけなよ!」
マリスが肘でシィラをどついたが、鎧のせいでびくともしなかった。
マリスの知っている人間世界の常識では、貴族に対して平民は常にペコペコしなければならないはずだ。ペコペコする、というのが具体的にどういうことかはいまいちわかっていないが、少なくとも相手に敬称をつけ敬語で話すくらいはするべきだろう。マリスも今は魔女という素性を明かしておらず、平民扱いになっているはずなので、最低限そのように振る舞っているつもりだ。
敬語とはですますを付ければいいというものではない。まあマリスも自信はないが。「引きこもり」など、どう考えてもペコペコするべき相手に言っていいワードではない。愛称で呼んでいることもそうだ。
しかしシィラには伝わらなかった。
「ルーシーちゃんはなんでそんなに引きこもり様を?」
「そこじゃない! いや『ちゃん』に『様』を付けるのが果たして正しいのかって聞かれると私も困るんだけど!」
「うふふ。シィラ様もマリス様も、わたくしに様付けなど必要ありませんよ」
「説得力がない! 一文で矛盾してる!」
謎の緩い空気に影響され、マリスもつい敬語を忘れて指摘してしまった。
侍女のノーラがやれやれと言わんばかりにため息をついている。怒られるかと思ったが意外とそうでもなさそうだ。シィラは以前からざっくばらんだったようだし、もう諦められているのかもしれない。いやシィラと一緒にされるのは納得いかないものがあるが。
「わたくしが様をつけるのはそのように躾けられているからです。これでも貴族ですから。お二人は躾けられていないでしょうから、堅苦しくされなくても全然構いませんわ」
まるでマリスたちの躾がなってないみたいなことを上から目線で言われたな、と若干イラッとしたが、発言した当のルシオラからは嫌味な雰囲気は伝わってこない。隣のノーラが申し訳無さそうなアイコンタクトを送ってきているところを見るに、ルシオラも悪気があって言ったわけではないのだろう。
蔦の館からほとんど出たことがないと言っているし、他人と会話した経験がそもそも少ないせいかもしれない。コミュニケーション能力が未発達なのだ。
それ自体はマリスも人のことを言えないが、貴族であればそんなことは言っていられないはずだ。となると館からほとんど出ないというのは、よほどの事情があるに違いない。
「わっかりました! じゃあ引き続きルーシーちゃんで! ほいで、ルーシーちゃんはなんで引きこもりを?」
「実は、わたくしには貴族にあるまじき欠陥がありますの」
ルシオラは目を伏せ、語りだした。隣のノーラも悲痛そうな顔をしている。そんな重そうな話を知り合ったばかりのマリスにしてしまっていいのかと思わないでもないが、駄目ならノーラが止めるだろうし、シィラやシィラの協力者にそれを話すことは二人の間で決まっていたのかもしれない。
そしてマリスは「貴族にあるまじき欠陥」と聞いた時点で、なんとなくこの世間知らずの令嬢に親近感を覚えていた。マリス自身も「賢くない」という「魔女にあるまじき欠陥」を抱えて生きてきたからだ。
「わたくしには、『法術適正』がないのです。貴族の血を引く者であれば例外なく持っているはずの、法術を操る適正が……」
法術とは、神が人類に与えたとされる超常の力のことである。法術適正とは言葉の通り、その法術を扱う適正のことを指す。
魔女は魔術を自在に操るが、これには適正などという概念はない。なぜなら、魔女は魔術を操るからこそ魔女なのであり、魔術を操ることが出来ない魔女など存在しないからだ。
一方の人間はと言えば、法術の発動の元となる『法力』は例外なく全ての人間が持っているが、それを法術として現出させられる者は限られている。ゆえに適正という考え方が生まれた。
ルシオラが言ったように、その適性は貴族の血を引く者のみに現れるらしい。ミドラーシュ教団の法騎士たちのように貴族でなくても扱う者はいるが、彼らも元を辿ればいずれかの貴族の傍系に行き着くという。
この国の貴族は、そのほとんどが国がまとまる前の地方豪族の子孫である。貴族が法術を扱えるというよりは、法術くらい使えないと人類領域を広げ自らの領土を確保することが出来なかったから、結果的に法術が使える者が貴族になったといった方が正しいだろうか。
その貴族の家系にも、稀に法術を扱えない者が生まれることがあるらしい。これはマリスの自宅にあった書物にも書いてあった。
「……そうだったんですね」
魔女なのに賢くないマリスだが魔術を使うにあたり不自由したことはない。マリスにとっては人間の使う法術などあってもなくても大差のないおままごとレベルの力に過ぎないが、それが必要とされる社会の中では重要なことなのだろう。親近感を通り越して少し可哀想になってしまった。
「えー!? 法術が使えないってマジっすか!?」
空気を読まないシィラが驚いたように大声でそう言った。
それはさすがに言っては駄目だろう、とマリスは再び黙らせようとした。
しかし。
「奇遇っすね! あたしもそうなんすよ! 法騎士なのに法術が使えなくて! だからいつまで経っても見習いなんですけどね!」
そして「孤児だから適正ないのは当たり前なんですけどねあはは」と続けた。
マリスは賢くないという程度でイジケていた自分が恥ずかしくなった。少しだけ。
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