第9話「魔女と出戻り令嬢」

 マリスとシィラは蔦の館の中に通された。

 中まで蔦だらけだったらどうしようかと思っていたが、さすがに普通の内装だった。普通というか、シンプルながらも素材の良さや加工技術の高さが伺い知れる内装で、非常に趣味の良いものだと感じられた。

 マリスの住む魔女のいおりは祖先の誰かが建て、それに歴代の魔女が少しずつリフォームを加えてきたものなので、色々な時代の建築様式が入り混じっており、全体的に統一感がない。家具のそれぞれはそこそこに価値が高く質の良いものではあるのだが、内装全体を見てみるとごちゃっとしている印象を受けるのだ。

 そんなマリスの自宅と比べると、この蔦の館は実におしゃれである。ぜひ参考にしたいが、そうしたところで魔女の庵に新しいパターンが追加されさらにごちゃごちゃするだけなので、早々に諦めた。


「改めまして、ご挨拶を。初めまして。わたくしはアルゲンタリア領主デイヴィス・アルジェントの二番目の娘で、ルシオラと申します。気軽にルーシーちゃんとお呼びください」


「気軽に呼ぶのはちょっとハードル高い気がしますのでやめときます。私はマリスです。よろしくお願いします」


「マリス様ですね。愛称はマジョモガ様でよろしいでしょうか」


 急に何を言いだしたんだ、と考えかけて、そういえばさっきシィラの口を塞いだときにそんな感じの発音になっていたかもしれないと思い至った。

 蔦だらけの館が趣味という時点でちょっとアレかもなと考えていたが、このお嬢様はおそらくかなりアレな性格だ。

 このまま放っておくとマリスの愛称がマジョモガになってしまう。ていうか名前より長い。


「マジョモガは、ええと、そう、そこの赤毛が好きな食べ物です。私のことはマリスとお呼びください。ただのマリスです」


「そうだったのですね。よろしくお願いします、マリス様。となると、シィラ様はお友達を紹介するときにいきなり好きな食べ物を叫ぶ変わった方ということに……」


「そうです」


「そうなんですのね」


「そうじゃないよ! いや魔女──モガって叫んだのは悪かったですけどさあ!」


 マリスが魔女であることは、教団関係者と領主関係者には秘密にするようにシィラには言ってある。シィラ自身が教団関係者であるし、そちらに漏れるのはある程度仕方がないが、シィラの口から領主関係者に漏れるのはちょっといただけない。


「まあ。つい叫んでしまうほどお好きだなんて、マジョモガって一体どういう食べ物なんですの?」


「ええっと……」


 シィラがちらりとマリスを盗み見る。何見てんだ気づかれるだろコラという気持ちを込めて睨み返しておく。


「マジョモガは、そのう……金色? ちょっと灰色っぽい? 感じで、こう、まあ、可愛いっちゃ可愛らしい雰囲気の……小動物、ですかね……?」


 マリスを見ながらシィラがそう説明した。


(誰が小動物だ)


 確かにシィラやルシオラに比べればほんの少しかもしれないが、小動物は言い過ぎだ。


「可愛らしい小動物が……好物なんですの?」


「うーん、そういう言い方をされるとちょっとアレですけど、だいたいの柔らかいお肉って小動物っすからね。まあ好物じゃない人の方が少ないんじゃないですかね」


 このお嬢様は小動物は食べるのではなく飼ったりする方が好きなのかもしれない。世の中にそういう奇特な人がいるらしいことはマリスも知っている。マリス自身は大型の魔物の硬い肉でも魔術でいくらでも柔らかくできるので、小動物だから特別に好みということはない。大きな動物や魔物の方が肉の量が多くて好ましいくらいだ。


「そうなんですのね。勉強になりますわ」


 ルシオラはそう言って微笑んだ。そんな一同を、というか、ルシオラにいらん事を吹き込んでいるマリスたちを、侍女らしき女性が眉をひそめて見ている。どう考えても悪影響しかない会話だったのでこれは当然の反応だ。マリスに対しては幾ばくか探るような目つきをしているところを見るに、魔女だとまでは気づいていないとしても、素性について疑っているようだ。


「雑談はそのくらいにして、そろそろ依頼についてお話を伺ってもよろしいでしょうか、ルシオラ様」


 これ以上余計なことを話していると、侍女がマリスの正体に気づきかねない。

 マリスは軌道修正を試みた。


「ルーシーで結構ですわ。マリス様。ルーシーちゃんでも構いません」


 しかし軌道修正に失敗してしまった。


「……ではルーシーちゃん様。依頼についてお願いします」


 我ながらものすごく頭の悪い呼び方だな、とマリスは思ったが、ルシオラは気に入ったようでころころと笑っていた。どうやら彼女はものすごく頭が悪いらしい。ものすごく頭が良い相手よりは付き合いやすいかもしれない。なにしろマリスは賢くないので。


 ひとしきり笑った後のルシオラから聞いたところによると、森の端に現れた盗賊とやらはルシオラの乗る馬車に矢を射掛けてきたのだそうだ。ディプラデニアからアルゲンタリアへ、森の中を通る街道を走っていたところを襲われたらしい。

 御者のトミーなる男の機転でなんとか全員無傷で切り抜けられたらしいが、馬車が穴だらけになるほどの矢を放たれて全員無事など実に運がいい。どうやっても馬は守りきれないと思うのだが、相手の弓の腕がよほどヘボだったのか、それともこのお嬢様の運がよほど良かったのか。


「というわけで、わたくしはその盗賊たちの討伐を命じられてしまったのです。分家のマルコスおじ様に」


「ええと、失礼ながら、ルーシーちゃん様は本家のお嬢様では……? 私は貴族に詳しくないのでわからないのですが、常識的に考えてその分家のマルコスおじさんとやらがルーシーちゃん様に命令できるとは到底思えないのですが」


 マリスがそう言うと、シィラは意味がわかっていないのか首をかしげ、侍女はうんうんと頷いた。その様子から、分家のマルコスがルシオラに上から何かを命じるのはおかしなことで間違っていないようだ。

 それについて話を聞いてみると、現在ルシオラはマルコスによってこの蔦の館に軟禁されている状態にあるという。本家のルシオラの方が立場は上なのだが、ルシオラの手元には侍女のノーラと御者のトミーしかおらず、私兵を持つマルコスに従うしかない状態らしい。私兵というのは領軍とは違い、マルコスが個人的に雇っているゴロツキのようなものだそうだ。

 なんでもトミーとかいう御者は腕に多少の覚えがあるそうで、マルコスの私兵ごとき何ほどのものでもない、と息巻いていたようだが、ルシオラはそれを年寄りの冷や水だと考え彼を止めた。仮に本当にトミーにとって私兵が取るに足りない相手だったとしても、そうしてしまった後にトミーがどうなるのかわからない。御者をクビになってしまうかもしれない。高齢を理由に猟師を辞めた彼にとって、定職を失うのは辛いはずだ。

 なるほど、親の脛をかじって趣味の蔦の館に閉じ籠もっているとしても、やはり貴族は貴族。部下の生活を守るために自分が矢面に立つ覚悟はできているのだなあ、とマリスは少し感心した。


「ですので、わたくしはマルコスおじ様に言われた通りに賊を討伐するしかないのです。シィラ様、マリス様、どうか力をお貸しください。あ、いつでも準備はできていますので、何なら今から参りましょうか?」

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