第8話「魔女と蔦の館」
シィラに依頼人の元へ案内してもらうのはいいのだが、魔女たるマリスが領主の城へアポ無しで行って問題ないかどうかはわからない。祖母が魔女をしていた頃は、確か先触れとして訪問する数日前に使い魔のカラスを飛ばしていたような気がする。
マリスも使い捨ての使い魔を生み出すことは可能だが、祖母のように賢く自然な使い魔は作れない。使い魔の外見を決める美的センスも、マリスが祖母から受け継げなかった要素のひとつだ。
マリスが作る使い魔は、モデルにした動物とは似ても似つかない、どこかコミカルな姿になってしまう。さらに頭も悪く、標的の特徴を覚えさせることは辛うじて可能だが、信じて送り出してもたまに標的を間違えることがある。命令できる行動もひとつかふたつが限界で、メッセージを届けるなどという複雑なことはとてもさせられない。
シィラは今すぐに依頼人のところへ向かおうとしているが、今から城へアポイントを取るのでは到底間に合うまい。
自前の軍を持っている領主の、その娘が法騎士に賊討伐を依頼した理由がまだわかっていない。その法騎士が魔女に協力を求めに来た経緯もだ。まあシィラの性格というか知的レベルを考えると、後者については特に深い考えはなさそうではあるのだが。
とにかく、何らかの面倒な政争に巻き込まれるのは避けたい。せっかく祖母の代から領主、教団、魔女の協調路線が続いているのだ。マリスの代でそれを台無しにするわけにはいかない。
どうしたものか、と熟考に入りかけたマリスの視界に、きょとんとした表情のシィラが映った。なぜついてこないのか、と思っているようだ。賢くないぶん慎重であろうと心がけているマリスだったが、その顔を見たら悩むのが急にバカバカしくなってしまった。
祖母は言っていた。「下手な考え休むに似たり」と。
幸い魔女は人間とそれほど外見に違いがないし、魔女の特徴として知られている黒髪もマリスには当てはまらない。黙っていればバレることはないだろう。
今回は魔女であることを明かさずこっそり会いに行けばいいか、と考えた。
「どうしたんすか? あっ! すみません気が利きませんで! 騎士団でもよく女のくせにガサツでデリカシーがないって言われるんですよねー。あたしはここで待ってるんで、ごゆっくり! ……トイレですよね?」
「違う。全然違う。ちょっと考え事をしていただけだよ」
「ならいいんですけどね。街までちょっと歩きますんで、行ける時に行っておいた方がいいっすよ」
「大丈夫だから。本当に。キミ黙って立ってればめちゃくちゃ有能そうな女騎士なのに、しゃべると一切合切台無しになるな」
「いやーよく言われるんすよえへへ!」
よく言われてるのに治らないのか、とマリスは愕然とした。
いや、あるいは本人は欠点だと思ってないのかもしれない。騎士たちやマリスの言葉も、もしかしたら褒められていると勘違いしているのかもしれない。
だとしたら治すのは絶望的だな、と諦めることにした。
深く考えるのはやめて、とりあえず問題が起きそうなファクターは可能な限り伏せておく方針に切り替えることにした。
「シィラ。申し訳ないのだけど、依頼人には私が魔女だということは伏せてほしいんだ。魔女と領主家の人間が法騎士の手引で密会したと広まると、何か色々巡った結果面倒なことになったりするかもしれないからね」
「え、なんでっすか?」
「なんで、って、そりゃ……ええと、どう巡り巡るかわからないから、今すぐになんでなのかって理由を説明するのは難しいんだけど……」
「んー。まあ、了解っす。覚えてたら秘密にしますね!」
「え、覚えてなかったら?」
「覚えてないことは喋れないので、それはそれで問題なくないっすか?」
問題ないか。いやあるだろう。
覚えておく対象がいつのまにか「秘密にすること」から「マリスが魔女であること」にすり替わっている。ぼうっと聞いていたら勢いで納得していたかもしれない。危ないところだった。
シィラの言動には注意しておく必要があるかもしれない。
(……それにしても、世の中には色々な人間がいるものだな)
マリスなど、祖母に賢いと褒められてもそれを素直に受け取ることが出来ず、未だに自分は賢くないと思い込んでいる。
かと思えばシィラのように、けなされているのに褒められていると勘違いして一人浮かれている者もいる。
祖母が亡くなってからとんと他人と会うことがなくなったマリスにとって、この出会いは実に新鮮で刺激的なものになった。
これから会う依頼人──領主の娘はどのような人物なのだろうと、マリスは少し楽しみになった。
◇
城の門には兵士が居たが、シィラの顔を見ると面倒そうに扉を開けた。
シィラの後ろを歩くマリスには胡散臭そうな目を向けたものの、シィラが「この子は連れです! 協力者ってやつですね! 何をどう協力してもらうかっていうと──」と言ったあたりで「もういいわかったわかった」と吐き捨て目を逸らした。
世事に疎いマリスは初めて目にしたのだが、これがいわゆる「顔パス」というやつだろう。見習いの落ちこぼれとはいえさすがは法騎士だ。領主の住まう城に顔パスとは恐れ入る。
しかし本当にいいのだろうか。普通の法騎士を顔パスにするのならまだわかるが、よりによってシィラである。マリスだったら絶対に許可しない。
領主の豪胆さに内心舌を巻きつつシィラの後について城の敷地を歩いていくと、やがて庭園の端の方の、あまり手入れがされていないエリアに着いた。蔦の魔物のような巨大な塊の前でシィラが足を止める。
蔦の魔物かと思っていたそれは、依頼人である娘が住む館だった。
「……依頼人は領主の娘、なんだよね? なんでこんなところに住んでるの?」
「そういえばそうっすね。なんでだろ……。趣味かな?」
絶対違う、と思ったが、世の中にはシィラのような変わり者もいる。だとすれば領主の娘もそうなのかもしれない。
あるいは逆に、例えばこのような蔦に覆われた屋敷が実は都会の今のトレンドで、領主の娘は自分の権力を使ってそのトレンドのマイホームをここに建てた、という可能性もある。その場合領主の娘は変わり者ではないが、世の中の流行の方がどうかしていることになるだろう。
「本人に聞いてみればいっか。ごめんくださーい! ルーシーちゃんいますかー!?」
まるで友達でも呼ぶかのような気軽さでシィラが声を上げた。
いや仮にこの屋敷で友達が働いているのだとしても、同じ建物の中に領主の娘がいるのならこの呼び掛けはどうなのか。マリスには人間の街の常識があまりないのでなんとも言えないが、論理に考えてまずい気がする。
少しすると、蔦の館の扉を開けて女中らしき少女がひとり出てきた。が、彼女は扉を開けただけで、シィラに一礼するとすぐに横に退いた。
そして開かれた扉から銀髪縦ロールのいかにも貴族令嬢といった美しい少女が現れた。領主の娘で間違いない。
「よくいらっしゃいました、シィラ様。あら、そちらは……?」
「紹介するね! こっちは森の魔じょもが!」
マリスはとっさに魔術で身体強化をし、いらん事を口走りそうになったシィラの口を押さえた。
「は、初めまして。私はマリスと言います。こちらの法騎士様の協力者です。ええと、もしかして貴女が依頼を……?」
「あっはい。アルジェント伯爵の娘で、ルシオラと申します」
少女はシィラを押さえるマリスに呆然としながらも、条件反射のようにスカートをつまんで自己紹介をした。マナー的な何かで叩き込まれているのだろう。実に流麗な所作だ。
やはり彼女が領主の娘であり依頼人だったようだ。
となると、シィラは領主の娘に向かって愛称にちゃん付けで呼びかけたことになる。
マジかこいつ、とマリスは愕然とした。やはり相当な変わり者だ。
加えて言うなら、シィラのこの所業を許しているこの令嬢もやはり変わり者だった。
令嬢の方が変わり者ということは世の中の流行はまともということになり、つまりこの蔦の館は令嬢の趣味で確定となる。
まったく妙な奴らだ、とマリスは思った。
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