第7話「魔女と見習い騎士」

「なーんだ森の魔女様だったんすね! 気配はしないのに何かいる気がして、てっきり幽霊か何かだと思って殴りかかったらめちゃくちゃ硬かったんでびっくりしましたよ!」


 猩猩の突然変異体を彷彿とさせるムーブで殴りかかってきた女騎士は、新種の毛のないゴリラか何かが騎士を殺して鎧を奪ったとかそういうわけではなく、普通に女騎士だった。

 騎士と言っても、本人が言うには見習いの落ちこぼれで一人前らしいが。ちょっと言っている意味が分からなかったので、知的レベルはやはりゴリラと同等なのかもしれない。幽霊と言ったら一般的にはゴーストやレイスなどの霊体系の魔物のことを指す。彼らには実体がないため、ただの物理攻撃は通じない。そうとわかっていて殴りかかるアホはいない。いやいた。目の前に。


「……ええと、君のことはわかったけど、どうして一人前の落ちこぼれの見習い騎士がひとりで魔女のいおりに? アルゲンタリアのミドラーシュ教団とは特に諍いを起こしたことはないし、かと言って別段仲良くもしていなかったはずなんだけど……」


「それはもちろん任務で来たんすよ! なんたってあたしは一人前ですからね! にしても声ちっさいっすね魔女様!」


 シィラに比べれば確かにマリスの声は小さいだろう。

 だがそれはシィラの声が大きすぎるだけで、別にマリスの声が小さい訳ではない。はずだ。いや、もう久しく人と話していないので自信はないが。

 シィラほどの大声を出すのはどうかと思うが、もう少しくらいは声量を上げた方がいいのかもしれない。


「で、その任務っていうのは何!?」


「うわ! ど、どうしたんすか急に大声なんて出して……」


 イラッとした。


「……で、任務っていうのは何なの?」


「やっと本題っすね! 任務っていうのはですね──」


 本題に入るのに時間がかかったのは主にシィラに責任があるが、それを言っても理解されない気がしたのでマリスはスルーすることにした。


 シィラの任務とは、インサニアの森の外縁部に居を構えた盗賊団らしき者たちを調査、あるいは討伐することだという。

 真実の探求とやらを教義に掲げるミドラーシュ教団が、なぜそんな面倒なことを法騎士に命じるのか。そう思って聞いてみたところ、どうやら領主の娘からの依頼らしい。

 アルゲンタリアを治めるアルジェント伯爵家は自前で戦力を持っている。『領域外』たるインサニアの森に対抗するためだ。森を管理するマリスから見れば自己満足程度の実力しかないオモチャの軍隊だが、アルゲンタリアに駐屯しているミドラーシュの法騎士団よりは戦力的に上のはず。

 そんな状況で領主の娘が法騎士団に討伐依頼など出せば、領軍はメンツを潰されたといい気はしないだろうし、法騎士団も実力が上の領軍からヘイトを買うことになるため、いい迷惑だろう。

 領主の娘とやらがよほどのアホなのか、それとも何か政治的な思惑があるのか。

 考えてみたが、マリスにはわからなかった。きっと祖母ならばこれだけの情報でも的確に理由を見抜いていただろう。祖母の賢さを受け継がれなかったのが無念でならない。

 領主の娘がアホなだけならいいのだが、もし政治的な思惑が絡んでいれば、下手に首を突っ込めば面倒なことになりかねない。アルゲンタリアも今は領主と教団と魔女とで悪くない関係を築けているが、他の『領域外』に接する地ではこの三者が血で血を洗う争いを何百年も続けているところもあると聞く。

 これについては、賢くない自分は深入りしない方がいい、とマリスは判断した。


「……なるほどね。任務とやらはわかったよ。でも、インサニアの森の外縁部か……。外縁部っていうのがどこのことを指してるのかいまいちよくわからないけど、少なくとも私の知る限りでは森にヒトが大勢立ち入ったりはしていないよ。ヒトがたくさん入ればその気配で浅層の魔物たちが落ち着きをなくすからね。この庵の周辺なら多少は大丈夫だけど、ここに入ってきたのも最近では君くらいだ」


「そうなんすか? んー、依頼人の話によると、街道からギリギリ見えるくらいの場所で、アルゲンタリアの街に面した側の、森の端っこらしいっすけど……」


「街道から見える位置……? 森の端っこ……。ああ、じゃあそこはインサニアの森ではないね。外からじゃ分かりづらいかもしれないけれど、インサニアの森の外に広がってる普通の森の端っこじゃないかな。その街道だか林道だかも、普通の森の中を通ってる道のことだよね。インサニアの森に道なんて作れないから」


 インサニアの森の木々は生きている。植物はみな生きているとかそういう自然の摂理の話ではなく、インサニアの木々はもっと動物的に生きているという意味である。

 大木が魔物化し歩き回るようになったトレントという魔物が存在するが、その魔物と普通の植物の中間くらいの存在がインサニアの森に生息する木々である。普段から積極的に動いたりはしないが、道を拓くために伐採したとしても数日でその道を埋めてしまうくらいには移動する。インサニアの森は広大だが無限ではない。木々たちも限られた土地を日々奪い合って生きているのだ。隙間ができれば、その隙間を狙って狭い中で過ごしていた木がやってくる。そんな環境では広場や道路など到底作れはしない。


「はえー。そういうもんなんすね。じゃあその仮称盗賊団にインサニアの森は全く関係ない、と?」


 全く関係ないか、とまで言われると、マリスとしては素直には頷きがたい。祖母ほど賢くないことを自覚しているマリスは、普段から簡単に何かを断定しないようにしている。賢くない頭で判断した結論が正しいかどうか自信が持てないからだ。


「……それはわからない。例えばだけど、その賊らが今後街道方面ではなくインサニアの森方面に荒らしに来ないとも限らない。もしそれが大規模な侵略に値するほどの行動だったのなら、私としても見過ごすわけにはいかない」


 森の浅層はデリケートだ。外からの影響を受けやすい。先ほど深層から逃げ出した猩猩のような魔物も浅層からすれば外敵に当たるし、逆に人類領域側からやってくる探索者たちも外敵には変わりない。単に人類の探索者は深層の魔物ほど強くはないため問題になりにくいだけだ。

 しかし弱いとはいえ、相応の数を揃えて踏み荒らされるのは良くない。浅層の生き物が落ち着きをなくす程度では済まず、過剰に反応し興奮状態になってしまう恐れがある。そうなれば中層も騒がしくなるだろうし、最悪の場合は深層の魔物まで何らかの影響を受けてしまうかもしれない。


 賢かった祖母のように一瞬で状況判断をする自信がないマリスは、予めあらゆる可能性を考慮し行動を決めなければならない。

 今自分で言ったようにその賊の集団がインサニアの森に悪い影響を及ぼす可能性はある。これまでは森の資源を狙う賊などという命知らずのアホが現れたことはなかったが、これからもそうだとは限らない。


「シィラさん、と言ったかな。法騎士さん」


「シィラでいいっすよ魔女様。あとあたしは法騎士じゃなくて、一人前の落ちこぼれ見習い騎士です!」


「……??? まあ何でもいいか。じゃあシィラ。その賊の調査だけど、私にも手伝わせてくれないかな。

 私はマリス。マリス・マギサ・インサニア。インサニアの森を守る当代の魔女だ」


「え、手伝ってくれるんすか!? 仲間が増えたねやったぜシィラちゃん! じゃーとりあえず、えーと、まずは依頼人に面取り? 面通し? をしときましょうか。んで、三人で作戦会議だー!」




 ★ ★ ★


一応本作のルールとして、基本的にサブタイで「〇〇と△△」のように書いてあったら、その〇〇さんを主とした視点で書くようにしています。

今話のケースですとマリス視点ですね。

もしマリス以外の魔女がエピソード内に登場したら「賢くない魔女と」とかにするかもしれません。

一話内で視点が切り替わるときは◇3つとかで分けようかなと思います。これまでの話もその方向で修正しました。

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