第6話「伯爵家の出戻り令嬢 2/2」

「──どの面を下げて帰ってきたのだ! 貴様のような『無能』が身の程知らずにも縁談に行ったせいで、ご当主様はお怒りだ! 私が自ら責任を取って財務官の役を辞したことでお怒りを収めていただいたが、貴様自身はどう責任を取るつもりだ!」


 アルゲンタリア城に帰るなり、財務官の──本人の言う通りなら元財務官のマルコス・アルジェントが急に怒ってきた。 


 これを聞いたルシオラは一瞬ぽかんとした。そもそも今回の縁談の話を持ってきたのはこのマルコスだったはずだ。

 ルシオラは自身が無能なことは誰よりよくわかっている。だからこそ身の程知らずと言われるのは納得がいかない。身の程を知っているからこそ、城の離れからほとんど外に出ることなくこれまで過ごしてきたのだから。

 それを無理やり引きずり出して、ディプラデニアに向かわせたのはマルコスだろうに。何を言っているのか。


 理不尽極まりないが、どうであれマルコスの機嫌が悪いことだけは理解できた。

 人は悪い話を機嫌が悪いときに聞くと余計に機嫌が悪くなるものである。帰る途中で盗賊に矢を射掛けられ、馬車が穴だらけにされてしまったとの情報は、どう考えても悪い話だ。今言うのは得策ではない。

 ここは直接領主である父に報告したほうがいいだろう。ルシオラはそう考えた。

 気を取り直し、答える。


「ただいま戻りました、マルコスおじ様。ちょっと今色々アレがアレなので、そのお話についてはまた今度したいと思います。ところでお父様はご在宅ですか?」


「なっ!? ご、ご当主様は、その、き、貴様のような無能にはお会いになられない!」


「なぜでしょう。私は娘ですよ。長旅から帰ったら、まず家族に挨拶をするのが普通だと思うのですが……。まあ、長旅っていうか長旅になる前に帰ってきちゃった感はありますけれど」


「そ、それは……! ご、ご当主様がお怒りだからだ!」


「すみません、おっしゃる意味がわかりません。父の怒りはマルコスおじ様が財務官をお辞めになられたことで収まったのでは? もしまだお怒りだとしたら、おじ様が財務官をお辞めになったのは全くの無駄で何の価値もなかったということに」


「ぐぬっ! き、貴様……! そ、そうだ! ご当主様は、貴様に愛想を尽かされたのだ! 貴様のような無能の顔など、もう見たくはないとおおせだ!」


 ルシオラの自惚れでなければ、両親や兄、姉は自分を愛してくれていると思っていた。『無能』──「法術適性が無い」という、貴族として致命的な瑕疵かしを持って生まれたことを知っていても、この年齢まで大事に育ててくれた。世間から隠すように離れで暮らすことにはなったが、もし愛されていなければ、適性の件が判明した時点で殺されていただろう。

 そんな父が、たかだか縁談に行く途中で引き返してきたくらいで愛想を尽かすだろうか。ディプラデニアへ向かう時も、マルコスに言われるまま馬車に乗せられノーラとトミーの二人だけを供に追い出されるように出発したのだ。家族の誰ともいってきますの挨拶ができなかったくらいだし、帰還の挨拶はむしろ必要以上に大げさにやりそうなものである。


(……もしかしたら、今回の縁談の件、お父様はご存知でない……? そんなことあるのかしら。いやいやさすがにないですわよね。分家ごときが本家の娘の縁談を勝手にまとめるだなんて。仮にマルコスおじ様がお父様を出し抜けたとしても、お相手のディプラノス伯爵の方が分家の当主ごとき信用するとは思えませんわ)


 だとすると、やはりマルコスの言う通り父は激怒しているのかもしれない。

 貴族にとって、他家との縁談は非常に重要だ。

 特にこのご時世で、魔物の脅威に常に晒されている辺境で、隣接している領との繋がりがいかに重要かは言うまでもない。

 アルゲンタリア領主であるデイヴィスがどれだけルシオラを溺愛していたとしても、その重要な関係にヒビを入れかねない行動をしたとなればさすがに怒る、だろうか。


 しかしそうなると、馬車を襲った盗賊について父に直接報告するのは難しい。

 ルシオラは仕方なく、マルコスに盗賊の件を報告することにした。

 財務官を辞めた彼が今何をしているのかは知らないが、家族の誰より早くルシオラの馬車を見つけたということは、たぶん城の警備員的な仕事をしているのだろう。だとしたら治安維持も彼の職務のひとつと言える。


「賊だと? 何を馬鹿なことを! あの森の近くを拠点にするなど、そこらの賊ごときにできることではない! どうせ貴様の見間違いで──いや、待てよ……。そこらの賊でないとしたら、まさか……」


 マルコスは怒鳴り声の途中で急に胡散臭い笑みの形に口を歪めた。

 社交界に出たことがないルシオラではわからないことだが、貴族というと、腹の探り合いというか、そういう化かし合いが日常ではないのだろうか。こんなにわかりやすく悪い顔をしていては、化かし合いに勝てないのではないか。

 いや、マルコスはこれでも今までアルジェント伯爵家の財務官として働いてきたのだ。財務官というと優秀でなければ務まらない役職だ。縁故採用とかなら話は別だが、そうでないなら能力を買われて任命されていたはずだ。縁故採用なら責任を取って辞めたりなどしないだろうし、マルコスはきっと優秀な貴族なのだろう。となるときっとこの悪い顔も演技で、裏ではとても良いことを考えているに違いない。


「……よし、無能な貴様に汚名返上の機会を与えてやる。その賊とやらは貴様の名において貴様が討伐するのだ。もちろん我が家の兵士は使うなよ。だが、貴様だけでは討伐できないことはわかっている。ミドラーシュ教団の法騎士団に連絡を取ってやろう──」




 ★ ★ ★


ルシオラの髪を「鮮やかな赤色」としていましたが、正しくは銀髪でした。

前話の分は修正してあります。

マリス:アッシュブロンド

シィラ:赤銅色

ルシオラ:銀髪

です。


最初の設定だと

マリス:黒

シィラ:ブロンド

ルシオラ:赤

で書いておりましたので、もし今後そのようなミスを見つけられましたらお手数ですがご指摘いただけますと幸いです。(甘え)

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