第12話「見習い騎士と賊」

 賊たちは巧妙に森の木々に隠れていたが、シィラにはどこにいるか一目瞭然だった。

 鎧の上にボロボロの布を巻き付け、そこに木の枝や葉を散らして見つからないよう涙ぐましい努力をしているようだが、全て無駄だ。

 何しろシィラの目には、賊たちの姿が薄っすらとだが木々の向こうに透けて見えていたからだ。


 ルシオラたちに打ち明けた通り、シィラには法術適正がない。そのせいで見習いから正規の法騎士になれないでいる。

 しかしそれも悪いことばかりではない。シィラは神を信じていないが、同じく神を信じていなかった師匠──亡くなった軍団長──によれば、法術適正が無い代わりにシィラは特別な身体を持って生まれたのだと言う。

 特別な身体というのが具体的にどういうものなのか、シィラは詳しくは聞いていない。わかっているのは、先輩騎士たちより少しだけ力が強いこと、少しだけ感覚が鋭いこと、そして少しだけ頑丈なこと。

 平民がみな法術適正も何も持たずに生まれてくることを考えると、体が頑丈なだけでも十分にありがたいことだ。物心もつかないような幼い時分に、スラムの劣悪な環境でも生きられたのは頑丈だったおかげだろう。

 その頑丈な身体を存分に活かし、依頼主であるルシオラのために賊を討つ。これをやり遂げることができれば、先輩騎士もシィラのことを認めてくれるだろうし、もしかしたら肩書から「見習い」や「落ちこぼれ」が無くなってくれるかもしれない。いや「落ちこぼれ」は肩書ではなく評価か。いや評価も良くなるだろうし結果は同じだ。


「まずは……でえい!」


 シィラは腰に佩いている騎士剣を抜き放ち、賊の潜んでいる木々に向けて投げた。


 シィラは剣が使えない。才能が絶望的に無い。棒切れとして振り回すことくらいはできるが、モノを切ろうと考えるとそちらばかりに意識が向いてしまい、下手をすると自分の足に斬りつけてしまう。その不器用さは剣が苦手というよりは、刃物を使う、という概念自体が理解できないと言っていいかもしれない。

 しかし騎士団の先輩やお偉方からは「騎士たるもの、剣を使いこなしてこそ」と口を酸っぱくして言われ、それを理由に評価を下げられている。苦手な剣を無理に使って怪我をするのはシィラとしても本意ではないが──そもそも支給された騎士剣では怪我などしない──使わなければいけないのであれば使うしかない。

 そこでシィラが考えだした案というのが、使えないなら投げちゃえばいいのでは作戦である。実戦投入は初めてだし、騎士団の訓練場でそんな危ないことをするわけにはいかないので練習もしたことがない。

 でもまあなんとかなるでしょの精神でぶん投げたその剣の行き先は──運良く賊たちの居る方向だった。

 タン、と乾いた音を立て、くるくると回転する騎士剣が賊のひとりが身を隠していた木をすり抜けた。そして少し後、バサリと音を立ててその木の幹がズレる。倒れ込まないのは隣接している木々に引っかかっているからのようだ。バサリという音はそれらの木に枝葉が当たった音である。


「──な、なんだ!? あの距離から、剣で……!? 法術か!? ちくしょう、法騎士か! なんで法騎士がこんなところに!」


 切り倒された──倒されてはいないが──木の陰に隠れていた賊が叫んだのが聞こえた。普通であれば叫び声だとしてもまだ聞こえる距離ではないが、シィラの耳は恵まれている。

 賊たちも息を潜めていたつもりだろうが、盾にしていた大木がほとんど何の抵抗もなく切り倒されれば度肝を抜かれるのは当然だ。剣が当たったのがもう少し下だったなら、賊も同じように両断されていたことだろう。実際、シィラは賊の気配を狙ってもう少し下に投げたつもりだった。不器用なせいで外れただけだ。


「慌てるんじゃねえ! 見ろ! 奴は他に剣を持っちゃいない! 今ので武器を失ったってことだ! ただの威嚇だ! 狼狽えるな!」


 その言葉に、浮足立っていた賊たちが少しだけ落ち着きを見せる。


(……なるほどー。あれがボスかな)


 そうでなかったとしても、賊たちの中である程度信頼を得ている人物なのは間違いないだろう。最初の剣の投射で削いだ戦意はあの男に回復されてしまったので、あの男を押さえることで帳尻を合わせることにしよう。シィラはそう考えた。

 ダン、という轟音と共に、走る向きをボスらしき男の方へと変える。方向転換のために踏み込んだ地面は陥没してしまったが、シィラにとっては慣れたことなのでそれで速度を落とすようなことはない。


「……おいおい、速えぞこいつ! これも法術か!? 剣を飛ばす術と足が速くなる術の使い手か!」


 賊のボスはシィラを見てそうこぼした。


 法術には大きく分けて三種類の術がある。

 ひとつは治癒系の術。ミドラーシュ教団が最も得意としているのがこの系統だ。特に教団の実行部隊である法騎士はこれを使えることが採用条件のひとつになっていて、たとえひとりでも自分を治癒しながら戦い続けられるように訓練されている。シィラはこれが使えないため正規の法騎士になれないわけだが、普段の訓練は正規の法騎士と同じものを受けている。ダメージを受けながら長時間の行動をする、という内容だ。この訓練をこなせているから追い出されずに済んでいるとも言える。こなせている理由は、シィラは受けるべきダメージを全く受けないからだ。加えてスタミナも飛び抜けている。シィラには治癒や回復がそもそも必要ないのだ。

 話がそれたが、法術の系統のふたつめは投射系の術だ。放射系と呼ばれることもあるが、これは術の規模によって変わるものの、どちらも同じ現象である。簡単に言えば、術者の身体から術が遠距離まで投射され、何かしらの効果を及ぼす系統のもの全般を言う。法術は個人差があるため、全く同じ術を別々の人間が使うことは稀だが、一応体系化はされている。炎系や氷系といった属性で分けたり、球状や槍状といった形状で分けたり、それら攻撃系と結界などの防御系で分けたりといった具合だ。法力の消費は激しいものの、扇状に炎をまき散らすような術もあり、そういう広範囲に影響を及ぼす術が放射系と呼ばれる。賊のボスの「剣を飛ばす術」という言葉は、おそらく投射系だと判断した結果だろう。放たれた剣が大木を一刀両断するという異常な現象を目にしたせいだと思われる。剣ではなく、小さな礫を強化して飛ばす術が一応あることはある。

 最後のみっつ目は強化系と呼ばれ、身体能力を強化する術だ。これが一番わかりやすく、かつ使い手も多い術で、その通りに術者自らの身体能力を法力によって底上げする系統のことを言う。賊のボスが言った「足が速くなる術」はこれのことだろう。


 残念なことに、賊のボスの言葉は間違っている。シィラには法術適正が無いからだ。剣を投げたのも足が速いのも本人の素のスペックに過ぎない。

 賊のボスにとっては不運なことだろうが、彼が叫んでいる間にシィラはすでに間合いに入っていた。


「いくらなんでも速すぎじゃ──」


「法キーック!」


 そして間合いに入ると同時に飛んでいた。

 ボスは木の陰に身を隠したが、隠れたところで無駄なことだ。飛ぶ直前にボスの動きに合わせて照準を変えたシィラの飛び蹴りは、その可哀想な木に直撃し──木っ端微塵に粉砕した。

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