第27話 シルバーウルフ 中編


 僕は便利眼を発動した。



━━解析を始めます。


 名称:シルバーウルフ

 種族:魔獣、犬族

 レベル:70


 HP 1500 MP 1500

 STR 600 ATK 700

 DEF 900 AGI 2000(極めて)

 LUK Unknown INT 高い

 CHR 500


 加護: 風、火、癒し

 魔法属性:風、火、雷(風+火)、特殊回復


 スキル: シルバークロウ、シルバーファング、エアークロウ、レッドクロウ、レッドファング、レッドテイル、レイブン雷の分身エアーブリーズ癒しの風リッキュア舌の癒し


 特殊スキル:

 回復魔法を得意とする



 ビンゴ!?



 この個体こそが回復魔法を得意とするシルバーウルフだ。父様のさっきの技でまずコイツをやっければ、彼等は回復できなくなる。


 しかし、問題が一つ有った。現在僕と彼等の彼我の距離は開く一方だった。僕等が居る場所を安全な場所とする為、三人は戦闘を繰り広げながら、三匹を僕等から引き離してくれていた。離れて居ては伝えたくても伝えようがない。かといって、近づけば間違い無く危険と隣り合わせになる。


 先程までは父様達の会話が聞こえていた距離だったのに、もう彼等が何と言っているのかも分からない。



「どうしました、メディウスさん? 何か難しい顔をされてますが?」


「メルさん、実は便利眼のことで……」


「なるほど、それは凄いですね。どの個体がどのスキルを持つかが丸見えだなんて」


「はい、でもどうやって父様に伝えるかが問題です」


「それはうちに任せな!? 今なら距離も離れてる、うちが向こうに行くならこちらの安全は確保されるっしょ」


「いえ、それじゃ駄目ですケイラさん」


「あらら、うちのこと心配してくれんの」


「いや、そうじゃないです」


ズコッ……「心配じゃ……ないんかい!?」


「いえ、もちろん心配もします。でもそうじゃなくって、見てください。一匹は角が有ります。でも、他の二匹はほぼ見た目に違いが有りません。能力を使用しない場合顔が全く同じなので、どっちがどっちなのか分かりません。ケイラさんは区別はつきますか?」


「うっ、うちもつかないわ」


「もし彼等が入れ替わった時に、どっちがどっちか分からないと、父様達にどの個体を倒すべきかが伝わりません」


「確かに、もし間違ってたら、回復をされるだけですもんね」


「そうです。メルさん」


「でも、それを伝える方法がたった今思いつきました」


「「それって……」」



 僕が言おうとすることが二人にはすぐに分かったらしい。無茶なのは重々承知だ。でも、今はこれしか方法が無い。



「確かにそれしか方法は無いと思います。でも、もし失敗すればとても危険です」


「それは分かっています。でも、メルさんにしか頼る事は出来ません」


「流石ミランダ姉の子ねっ。あたいならとてもできないわ。まだ五歳なのに、本当に勇気があるわ」


「分かりました、協力します。でも、私も一緒です、いいんですね」


「はい、分かりました」



 その作戦とはこうだった。メルさんの空間魔法で僕をジルスさんが居るところまで転移させる。次に便利眼を発動し、回復魔法を操る個体がどちらかを伝え、その後またメルさんと共に魔法で此処に戻ってくるという算段だ。


 しかし、それには当然リスクが有った。転移時にアンチマジックの効果でまたシルバーウルフの目の前に出現する可能性が有る。そしたら、僕らは即ジ・エンドだし。また、再度ケイラさんのところへ戻る際、再度彼女も魔法を発動する必要が有る。その間のギャップを狙われた場合、また僕らはジ・エンドに成り兼ねない。



「それでは始めますね!?」



━━ディメンショナル・マジカルスペース



 実際この方法しか今この窮地を脱する方法は無い。もちろん所詮助かる確率が三割か四割程度しか上がらない。現在は父様達の連続攻撃のお陰で、未だに回復魔法は角の特殊個体には施されていない。どうやらある程度の距離が開くと回復魔法や補助魔法が届かなくなるらしい事が分かった。



「メディウスさん、私の手をしっかり握ってください」


「はい」


「行きますよぉ~~」



 何も無い筈の空間に歪みが現れ、僕等はそこへ飛び込んだ。アンチマジックの影響を受けなければ、僕等はジルスさんの近くに現れる予定になっている。それにしても空間魔法とは不思議だ、空間と空間の間に距離などなく、踏み込んだ瞬間に目的地に到達している。



 今回はアンチマジックの効果は無かったが、どうやら僕等は飛ぶタイミングを誤った。








「メルさーーーーーーーーん!!!!!?」



 皮肉なことに目標のシルバーウルフの爪が彼女に襲い掛かった。



「うっ……くっ」



 彼女は僕を庇うように背中を向けたため、もろに攻撃を喰らってしまった。直接の攻撃は免れたものの、彼女の受けた残りのダメージが衝撃波となり僕にも伝わる。


 ……痛い

 ハンマーで殴られた様な鈍い痛みが鳩尾辺りをゆっくりと駆け抜ける。


 緩い弧を描くように、僕等は吹き飛ばされた。後方に位置していたジルスさんが何とか受け止めてくれた。お陰で急死を脱したようだ。もし、そのまま受け止められずに飛ばされていたら、反対側に構えているもう一匹の餌食になっていたかもしれない。今は悔しそうに大きく顎を開くと、威嚇するような顔で喉を鳴らしている。



 ジルスさんの肩越しから僕はそれを見て震えた。

 それよりも……



「メルさん!?」


「メディウスさん、良かっ……た」



 想像よりも爪が深く入ったのか、彼女の背中からは今も夥しい量の血が流れている。このパーティで回復魔法を唱える事ができる唯一の彼女が既に気絶している。このままでは確実に彼女の命は削られるばかりだ。


 皮肉なことにこんな時にまた便利眼の新たな能力が発動していた。彼女のHPパラメーターが目の前に表示されていたのである。


名前:メル・ベレーヌス

種族:ハイエルフ


HP:1000→450……>200 (気絶中)

MP:気絶中の為、魔法が使えません


 まだ意味が分からないけど、このままだと恐らくすぐに200まで下がるって事だろう。視覚化されるのは分かりやすくて便利は便利だけど、見たくも無い人のカウントダウンまで見えてしまうのは寧ろ不便な能力だ。


 こっそりジルスさんの加護を見てみたけど、力関係の加護しかなかった。回復とは程遠い、このままでは確実に彼女は死んでしまう。意識が有れば自分に回復魔法を唱える事ができるのかもしれないけど、ステータスを見れば明らかだ。元々彼女は後方支援型、前方に出る事は無い。


 今回の旅もそうだけど、僕が余計な事をしなければ、こんなことにはならなかった筈だ。


 そうだ!?



「ジルスさん!? メルさんに何か回復できるものを」


「参ったのう……薬草もポーションも手元にないんじゃ」


「そんな……」



 HP:1000→450…>200 (気絶中)



 僕はチラッと彼女のステータスを覗く、まだHPは450で気絶中だ。

 良かったまだ、HPは450のままだ。


 いや、何かがおかしい……僕はもう一度ステータスを二度見した。



 HP:1000→350……>200 (気絶中)



 !?



 さっきまで450のはずだったのに、今は100減って350になっている。

 あの点は、もしかして次のHPに切り替わるまでのカウントを表しているのか!?


 ゆっくりと観察している猶予なんてない、刻一刻と彼女の生は死へと向かっている。このままだとメルさんがヤバい。そしてメルさんがやられれば、この場で回復する人は誰もいなくなる。


 つまり下手をすれば全滅を意味する。

 そう思い悩んでいるところで急に誰かに肩を叩かれた。

 振り向くと、そこには父上がいた。



 「メディウス、コレは一体どういうことだ。何故、急にお前とメル殿が前線に出て来た?」


「それは……父上、僕の便利眼で回復魔法を扱える個体を識別できるからです」


「なんじゃと!? それはで此処に来たのか少年よ」


「はい」


「馬鹿者っ!? 此処は子どもが出る幕ではない。大人の私達が対処すればそれでいいのだ」


「でも………」


「でも、しかしなど言い訳など聞きたくはない。お前が出しゃばったことで、メル殿はどうなった?」


「……」


「そして、今我々はいまより窮地に立たされたのだぞ」


「確かに、これはマジやばい状況っすね」


「ちっ、すっかり周りを囲われてしまったわい」



 僕が余計な勇気を出したことで、メルさんは瀕死の重傷となるだけでなく、僕と彼女を守るために三人が防御姿勢の構えとなった。そうなる事で必然的に、ケイラさんを除いて僕等は三匹に囲まれることとなった。



「儂らの会話中くらい敵さんも待ってくれてもいいのにのぉ」


「何いってんすかジルスの旦那、本能で動く連中にそんな空気を読むような器用な事ができるわけないっすよ」


「トロイ殿の言う通りだ。それよりメディウス、彼女にこれを使いなさい」


「これは……?」


「もしもの為に町で購入しておいた回復薬だ。深い傷ゆえ出血を防ぐ程度しか効果はないだろう」


「おっ、そうだ。おれっちのも使ってください」


「すいません、使い方が」


「瓶の蓋を開けたら、それを背中にかけなさい。急げメディウス」


「はい」



 HP:1000→350…>200



 彼女のHPのステータスが落ちて行っている。僕は急いで彼女の元へ辿り着くと、素早く蓋を開け彼女の背中へそれをかけた。水を青色と例えるなら、その液体は黄緑色で、振りかける際に何かハーブの様な臭いが広がった。鼻にスーっと冷たい空気が流れ、少しばかり僕の呼吸も楽になった。直接その液体を浴びた彼女の背中に変化が起きた。赤黒く染まっていたマントが元の色へ変わると、血の色で交じって見えなかった傷口がくっきりと浮かんだ。それは大きく、まるで二つの鋭い刃物で切り付けたような痕だった。


 僕はトロイさんから貰ったもう一本の瓶の蓋を開けると、今度は少し冷静に傷口を中心に沿ってそれを満遍なくかけた。するとさっき父様から貰ったものと瓶の中身が違うのか? 傷口が光出すと、みるみるうちに深く抉られていた背中の痕が塞がっていた。



HP:1000→350…>530



 これって?



「それは、おれっちがダンジョンで拾った高回復薬っす。ハイエルフのみが調合できる薬っすよ。結構高値で売れるんすけど、命には代えられませんからね」


「しかし、まだ昏睡状態のようじゃの」


「彼女が目覚めるまで、我らで食い止めるほかあるまい。メディウス、彼女が目覚めたらすぐにケイラさんの居るところへ移動しなさい。そして走って森を抜けなさい」


「それじゃあ父様達は?」


「お前達が無事に逃げ延びるまで、此処でシルバーウルフの足止めをする」



 ……足止め。

 どうして、倒すとか殲滅するって言葉が出てこないのだろう。


 やっぱり、三人じゃ勝てないってこと。



「そんな顔をするなメディウス、まだ父は生きているぞ」


「でも……」


「次に何が起こるかなんて誰にも分からない。だから、未来と言う言葉がある。我々が奴らに勝てるのは未知の領域なのだ」


「そうじゃぞ坊主、儂にもこれから何が起こるかなんか分からん。ただの分かって居る事は目の前の相手が相当にやばいってことだけじゃ」


「そっすね。俺っちも未婚になる確率が非常に高いっす」


「そんな……」


「顔をぐしゃぐしゃにするでないわい。儂らの今の勝利は、其方ら三人を逃がすことじゃわい」


「そうそう、男ってのは女子どもを守るのが仕事っす」


「メディウス、私はお前とメル、ケイラ殿をこの場から無事に逃がすことも一つの勝利なのだ、次の勝利が叶うのかは現時点では分からない」


「ノランの旦那、どうやら角の治療が終わっちまったみたいっす。もうこれ以上呑気に会話はできやせんで」


「せめてあ奴が回復する前に、回復系の個体を打てれば良かったのじゃが」


「ジルス殿、もう過ぎた事を言っても仕方ありません。メディウス、彼女が目覚ましたら、速やかに移動を開始しなさい」


「でも……」


「元王国騎士団、ノラン・アーネスハイドが命ず。メディウス・アーネスハイド、貴殿に速やかに此処から立ち去る事を命ずる。分かったら、返事をしなさい」


「はい!?」



 僕がちょうど返事をした後、彼女は瞳を開いた。回復薬は傷口を修復する役目は果たすが、気絶した状態異常をスグに正常値に戻す働きは無い。そのため、まだ夢と現実の堺にいるような虚ろな目をこちらへ向けていた。


 メルさんが目覚めた、父様との約束通り此処を離れなくては。僕は下唇をガリッと噛んだあと、すぐに彼女に声を掛けた。



「メルさん、父の命令です。此処を離れます」


「えっ!?」


「ここを離れるってどういう事ですか? シルバーウルフは? 成功したんですか?」


「すいません、三匹ともまだ健在です。せっかく命懸けで運んでくれたのに、僕は何も伝える事も出来ませんでした」



 その言葉を聞いて彼女はハッとした、直前何が起きたのかを思い出したのだ。そもそもこの失敗を招いたのは自分の未熟さが招いたことを。空間魔法のディメンショナル・マジカルスペースを唱えたのはいいものの、見事にアンチスペルマジックに弾かれた。そして彼と共にシルバーウルフの目の前に出現し、見事に爪の餌食となった。


考えが足りなかった、他の方法で彼等に近づくべきだったのだ。



「メディウスさん、私こそごめんなさい。空間魔法ではなく、風魔法でアナタのお父様へノラン様へ距離を詰めるべきでした」


「いいえ、空間魔法をお願いしたのは僕です」


「いえ、私が風魔法を……」


「いえ、僕がお願いしなきゃ」


「おおメル、目が覚めたようじゃな、無事で何よりじゃ」


「無事……ではないのですが」


「なすりつけあいはこの際いいっすから、早く此処を離脱してくださいっす。二人がいると反撃に転じれないっす」


「「す、すいません」」

「「それじゃあ、行きますね」」



 『メル殿、息子を頼んだ』そう言うと、ゆっくり首を縦に下し、少しの間目を閉じた。瞳を開くと、揺らめいていたが、それは力強く優しくそして温かくも有った。時間にして数秒の出来事なのだろうけど、メディウスには時が止まる様なそんな錯覚すら感じた。


 父上の眼差しは別れを告げる人の様であり、捻った首を正面に戻すと、物凄く遠くに居る人に感じ、父の背中がとても淋しく見えた。



━━剣技 シオン!? 



 その技の名前を聞いたあと、父上の姿は目の前から消えた。それと同時にメルさんも風魔法で後方のケイラさんのところへ僕を抱えて飛んだ。このフィールド内でシルバーウルフが居る距離から離れる場合は、アンチスペルマジックの効果は無効であることが分かった。


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