第26話 シルバーウルフ 前編
僕等は本を購入すると、皆と合流し町を出た。
相変わらず街道沿いは何も無い。
レンガで舗装された道の振動と、レンガで覆われた壁の数を数えているうちに僕はまた眠ってしまったらしい。
当然行きと同じように森へ入る入り口を逃してしまった。特に入り口に何かが有るわけじゃないのだろうけど。
「メディウスよ、おいメディウスよ、こらメディウスよ、起きるのじゃ、早く起きよ、大変な事態じゃ!?」
「あっ!? 人がぐっすり眠ってるって――時に、人の眠気を覚ましたのは誰だ!? ゴラァ」
「おっと、危ない!? そうそう殴られ……くっ、蹴り……じゃ……と」
「俺のグーパンを避けるから悪い」
「おっ、お前は神の腰に蹴りを入れるとは何事じゃ!? あててて」
「ふんっ、知るか。俺様も起こすから悪い。それより何だ?」
「……つつ、ちょっと待て。腰にダメージが……」
「ちっ、人を起こしておいて、一体何なんだ!?」
「そうじゃ、そうじゃった。こうしてはおれん。今はまだ大丈夫じゃが、ヤバい事が起きておる」
「ヤバイ?」
「そうじゃ、シルバーウルフじゃ。前にも話したが、今のお前は一種の封印状態じゃ。もう一つの人格のメディウス君が眠っているうちに目覚めんことには全滅じゃ」
「全滅!? 何の話をしている?」
「良いか、かいつまんで説明する。もう一人のお前は5歳の誕生日で父親と冒険者で町へ旅行に出かけておった。しかしその際に必ず魔物が出没する森を通る必要がある。行きは良い良いじゃったが、帰りは怖いもんじゃ。そして奴が現れてしまった。その魔物の戦闘力は優にお前の父親を越えておる」
「俺の父親より強い? 他の冒険者もいるじゃねーーか」
「確かに協力すれば勝てるかもしれん、一匹であればな……」
「おいちょっと待て、一匹ならとか言わなかったか、今?」
「ああ、言った、これを見よ」
空間に何か歪な楕円型のものが現れると、そこには外の世界の映像が映しだされていた。既に戦闘が開始されているらしかった。もう一人のメディウスには初めて見る光景だったが、三人の男と一人の女が、三匹の銀色の狼と対峙していた。
「何だ、犬っころが三匹だけじゃねーか。寝る」
「いやいやいや、待て待て待て。ただの三匹ではない。それに犬じゃなくて狼じゃ。儂がシルバーウルフのステータスをお主のビジョンに投影してやるわい」
名称:シルバーウルフ X3
種族:魔獣、犬族
レベル:65~80
HP 2500 MP 800
STR 900 ATK 600
DEF 1000 AGI 1400(すばしっこい)
LUK なし INT 普通
CHR 1000
加護: 風、火
魔法属性:風、火、雷(風+火)
スキル: シルバークロウ、シルバーファング、エアークロウ、
特殊スキル:
フォレストウルフを従える
「全部で三匹居る、現パーティの勝利確率は恐らく40%有るかないかじゃ」
マジかよ、やべーーじゃねーーか。
このまま行くと、全滅コースもあり得る。
「おいジジイ、何か策は有んのかよ?」
「有るっちゃーー有る。お主が目覚める事じゃ。普段覚醒しているメディウス君では其方の力は使えん。どうやら、便利眼は使用できるようになったみたいじゃがな」
別に俺が誕生してから、一度も外の世界で父親と言う存在に有った事が有る訳じゃ無いが、このままだと全滅必至。
そして彼等が殺られた後は確実に俺も喰われるに違い無い。
……冗談じゃ無い。
覚醒する前に、あんなキラッキラッと嫌味たらしく輝く犬っ頃に嬲り殺しにされてたまるか。キラキラと輝くのは主人公の俺様だ!?
この状況を打破するには、コイツが眠ってるうちに俺の意識を身体とシンクロさせる必要が有る。今この身体と繋がってるのは、もう一つの精神体であるメディウス君の方だ。俺がもし目覚めなければ、The Endだ。
「おい、ジジイ!? どうやったら、俺はこの身体とシンクロできる?」
「すまん、そんな体験をしたことが無いので分からん」
いきなり万策尽きてんじゃねーーか。
どうすりゃ俺はこの身体の人格体になれるんだ。
元は一つだってーーのに、何で俺の精神は分裂しちまったんだ。
ちくしょーー!?
!?
うおっ、これって前にも起きなかったか?
「おい、ジジイ!? この揺れってまさかのまさかか?」
「そのまさかじゃ、恐らくメディウス君を起こそうとしてる者がおる。これは非常にまずいぞ」
「これは超絶にやばいんじゃねーーか!? 前とは状況が偉い違いだぞ、今は命の危険が迫ってるって言うのに。コイツを起こそうとしている奴、もし俺が起きたらぶん殴ってやる」
「……」
「オイ!? てめえ本当になんとかなんねーのか? お前神様なんだろ?」
「済まぬ、儂は此処ではただのジジイじゃ」
「おまっ!?」
やばい、本格的にまた閉じようとしている。
まただ、また眠気が襲って来やがった。
……瞼がものすげー重い。
ここまで……か……
「メディウスさん、メディウスさん」
「……はっ、また僕は馬車の中で眠ってしまったみたいですね。もう着いたんですか?」
「いえ、メディウスさん」
どういう事だろう、あの柔和で悪戯っぽいメルさんがまるで別人のようだ。
何か有ったのだろうか?
「いいですか、メディウスさん。今から私は空間魔法を使って私とアナタとで森を抜けます」
「えっ? どういう事ですか?」
「アナタが寝ている間にシルバーウルフが現れました。しかも三体も……」
「えっ!? シルバーウルフって……」
僕は今回購入したモンスター図鑑を急いで捲ると、その魔物のステータスを確認して固まった。
「通常この森はそこまで危険じゃありません。シルバーウルフもそんなに頻繁に人の前に姿を現しません。強くとも臆病ですから……しかし今回は」
「移動するのは分かりましたが、それなら全員で移動すれば」
「……すいません、私の空間魔法はそこまで万能じゃありません。もし全員を運んだ場合、恐らくMPが切れて途中で森のある地点に投げ出されてしまう可能性があります」
「なら、父さん……」
僕が言いかけた所で、彼女は首を強く横へ振った。
「申し訳御座いませんが、それはできません」
「それはどういう事ですか?」
「ノラン様は二人だけで逃げるよう命じられました」
「それは何故?」
僕は窓から外を覗くと父上と眼が合った。僕を一瞥すると、背中を向けたまま叫んだ!?
「メディウス、よく聞きなさい。メル殿の魔法でお前は森を離れなさい。シルバーウルフは私達には強敵だ。いまこの場を私が抜ければ、この拮抗した状態はすぐにひっくり返り、間違い無く全滅する。落ちぶれたとはいえ、私は騎士だ。冒険者とは一般人。一般人を見捨てる事などできん」
「そっ、そんな父上!?」
「メディウス!!!!!!!!!!!!!!!!!!!?」
「これは騎士として命令だ。お前は生き残れ!?」
━━返事は!?
「はい、父様!?」
僕が父上に応答したあと、すぐに空間魔法が発動された。
一瞬でこの場から消えた。
……はずだった。
空間魔法から再び僕等は姿を現した。
しかし、そこは森の外では無く、まだ同じフィールド内だった。
「そんな……どうして?」
膝をついて思わず彼女の口から漏れ出た言葉。そんな力の無い声を聴いて僕は彼女の方へ振り向いた。彼女は固まったままだった。大きく見開かれた瞳に映るのは冷徹に睨むシルバーウルフの姿。彼女の目を通して見ているはずなのに、まるで僕が睨みつけられている様で全身が震えた。
距離にしてどのくらいなのだろう?
目と鼻の先にあの魔獣が立って居る気がして左に振り向く事さえ出来ない。
生暖かな風が耳元に当たる度にもう本当に眼の前に居るのでは無いかと錯覚する。僕は恐る恐る首を向けると、距離にしてもう3メートルばかりの位置に僕等は居た。
一瞬狼が笑った様に見えた。
全てこれは計算済みだと言わんばかりに眼を細めたのだ。
「一体何が起こったんじゃ!?」
何より一番驚いていたのは前衛で構えていたジルスさんだった。慌てて魔獣と反対の方向へ首を向けると僕等は彼の前に居る事が判明した。状況を察した父様達は僕等を守る為に一気にこの場所へと集まった。
「やい、メル。森を出る筈じゃなかったのか?」
「そっ、その予定だったのですが、アンチスキルが発動されていたのか? 抜ける事が出来なかったみたい」
「何故だ、シルバーウルフはアンチマジックスキルなど持ち合わせてはいないはずだが……」
「特別個体のシルバーウルフかもしれやせんぜ」
「何? なにか気付いたのか? トロイ殿」
「一番奥の個体余計な物が額に一本生えてますぜ旦那」
「ホントじゃん、気付かんかった」
「ケイラお前な~~」
バキベキベギガギグキグギ
グワッシャン!!!!!!!!!!!!!!!?
慌てて音の方向へ振り返ると、さっきまで僕等が座っていたはずの馬車の姿が無くなっていた。まるで爆風にでも有ったかの様に所々へそれを形成していたはずのパーツがバラバラと砂煙を吐きながら散るのが見えた。
「何て事だ!?」
「一撃じゃと……確か予め防御魔法をメルが施したはずじゃが」
「ええ、攻撃に備え私が防御魔法を掛けておきました。中級以上のモンスターなので、絶対では無いにしろ数度の攻撃には耐えれたはずなのですが」
「角が有るのは中級じゃないって事かもしれやせんで、ノランの旦那」
「ううむ」
メルさんとトロイの話から想定して、角のあるシルバーウルフはどうやら中級じゃないらしい。上級モンスター、つまりはこのパーティが万全の状態でも勝ち目は無いと言う事だ。
……何でこんなことに。
「ごめんなさい!? 僕のせいだ」
!?
「何を言っているメディウス」
「突然そうですよ、メディウスさん」
「僕が、僕が旅行に行きたいだなんて父上に言わなければ……こんなことにはならなかったんだ!?」
「「……」」
「なぁ~~んだ、そんな事ぉ。メディウス坊っちゃま!? アナタがお姉様の子どもでも、あんまうちらを舐めないで欲しいわ」
「ケイラ……さん」
「うちらは冒険者なんだ。危険なモンスターと遭遇する事なんて日常茶飯事なんだよねっ。今回の依頼人が偶々ノラン様御一行だった、ただそれだけ」
「そうそう、一瞬何の事か分からんかったから、豆鉄砲を喰らって固まってもうたけど、ワイらの商売はこんなもんや、いちいち客のせいにしてたら冒険者何てやれねーーっす」
「トロイさん……」
「そうじゃ、そうじゃその通りじゃ、常に危険と隣り合わせそれが冒険者と言う職業じゃ」
「そうですね、それにまだこれからですよメディウスさん」
「ジルスさん、メルさん」
「その通りだメディウス!? 私達は負けた訳じゃない」
「メル殿、ケイラ殿は息子を頼む」
「「はい」」
「では、行くぞ!?」
「「おーーーーーーーーーーう!!!!!!!!!?」」
父様を中心にジルスさんとトロイさんは左右に身構えた。構えた剣だけでなく、身体から闘気の様なものが父の身体から湯煙の様に立ち昇る。
「この技は何度も出す事は出来ない。これは私が剣聖を目指した時に身に着けた技だ。これをもって、まずはあの角を持つ特殊個体を打つ」
━━剣技 シオン!?
ブンッ
「ほえっ!? ノラン様が居るのに居なくなった」
「何を訳のわからんことを、うおっ、本当じゃ」
驚くのも無理はなかった。まるで、その場から父は動いては居ないかの様な残像が、陽炎の様に揺らめいていた。それは2秒も絶たないうちに消えると、実体の彼は既に特殊個体の首元に到達していた。
━━回天
━━首狩り!?
「なっ、ななんすか!? ノラン様!? にっ、人間すか?」
「なっ、なんちゅう高速回転なんじゃ!?」
振りおろす剣を動力にし、胸を軸にした回転。
それに加え、風魔法を応用して更にスピードを増し小さな竜巻へと変化していく。
━━
「やった!?」
「なん中技じゃ、人間技とは思えん」
ジルスさんが驚くのは無理もない。戦い何て全く分からない僕から見ても父さんの動きは尋常じゃ無かったのだから。僕は興奮のあまり無意識に便利眼を発動していた。
そして驚く事実が分かった。
**************
加護: 戦神、神速、剛力、風、光
特殊:息子への愛
※命懸けで守る決断が、一時的に会心の一撃のレベルへと達しました
そう、あの時封印されてしまった剣王の元となる加護が解除されたのだ。今の父様の剣技のレベルは・・・・・・
━━剣王に近い一級剣士
**************
凄い!?
でも、あんなにも凄いのに……それでも剣王には届かないなんて、剣王ってどれ程凄いんだろう。
「ノラン殿、驚きましたぞ!? 物凄い技ですな」
「いえ、僅かに角度がズレて首を切り損ねました。骨の半分までは到達出来たのですが」
「十分っすよ。あの角野郎、首から血飛沫出まくりの首もプラプラじゃないっすか!?」
「いや、奴等はまだ二匹が全くの無傷。恐らく回復魔法を使える個体が居るやもしれん」
「そうじゃのう、奴らとの長期戦は不利じゃ」
「マジっすか〜〜」
「トロイ、ジルス殿。回復魔法の個体の特定をお願いします」
「了解した」
「OKっす」
凄い!?
流石、父様は元王国騎士団の隊長をしてた事だけ有る。圧倒的不利な状況だって言うのに、父上はそれに臆すること無く、冷静に作戦の指示を出している。
でも、あの三体の中の一体どの個体が回復魔法を使えるかなんて、普通なら見極めるのは難しそうだ。僕は戦闘には加われない。
……その代わり、便利眼で奴らを分析できる!?
━━確認しますか?
もちろん!?
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