第28話 シルバーウルフ 後編



 ━━回天

 ━━首狩り!?


 ━━絶角音死後!!!!!?



 振り返ると、父様は角のシルバーウルフではなく、左側に居た個体にさっきの合わせ技を繰り出していた。僕は瞬間便利眼を発動する。


 やった、奴だ。

 間違いない、回復系の個体のシルバーウルフだ。


 クオォ――――ンという断末魔と共に、大きな首が地面へ落ちた。首を失なった身体はまだ何が起きたのか分かっていないのか? 四肢を地面に着けたまま立った姿勢を保っていた。残った首の先からは肉の破片が混じった血がボタボタと零れ落ちていた。


 あの個体は回復呪文を大量に使用したことで、疲労で身体が硬直していた可能性がある。それを戦士の嗅覚で父上は隙をついたようだ。



「やりましたよメルさん、父様は見事回復系の個体を仕留めました」


「やったじゃないですか!? ノラン様、凄い凄い」


「そうでもないわよっ」


「どういうことですか? ケイラさん」


「あの狼は大技の回復魔法を使って、角の命を救った。その代わりに、身体に大きな負担ができ硬直をしたから隙ができた。それはつまり、大技を使用すると一時的に身体が暫く動かなくなるってことでしょ、それはいまのノラン様にも言えることよ」


「そんな……」


「それに角の個体は自分がまた狙われているものだと勘違いしていただけで、今は違うは」



 ケイラの言う通りだった。角の個体は自分がまた狙われると思っていたところを、先に回復系を仕留められたことで虚を突かれた形となり驚いて固まっていたのだ。今はそれは怒りへと変わり、動けない物体に的を絞っていた。彼の眼に映るのは、地面に剣を突き立て荒い呼吸をしている一人の人間だった。


 荒ぶる神の様に身体が光とまるで雷が落ちるかの如く、一瞬で男との彼我をつめそして睨んでいた。



「父様ーーーーーー!?」



 ライトニングシルバーと言う高速移動により父様の目と鼻の先にそれは現れた。雷のレールの上を狼が流れるように動き、そして一瞬で間合いを詰めた。


 圧倒的な勝者が敗者を追い込んだかと思うと、次に情け容赦のない刃を振り下ろしていた。五本からなる鉄の爪が一人の男に振りかぶる。空を切る音が無惨にもこちらまで届くほど、その勢いは凄まじかった。


(もう駄目だ、父上が……)


 ガギギギィユイイイイン!? 

 ギュリギュリギュリギュリギュリギュリギュリギュリ


 ガガ、ガガガ、ギギ、ギギギギ


 キュリキュリキュリキュリキュリキュリ――――



 刃と刃がぶつかり合う音が響いた、それは何とか死に物狂いで防いだ音であった。しかし刃の勢いは止まらず剣を滑るように横へずれると、やがて男の腕を薙いだ。



 ザシュッ!?



 危うく肩からそのまま腕を引きちぎられそうになったが、男は咄嗟に後ろに飛ぶことで、腕の中まで爪が喰い込むのを避けた。


 しかし予想外にダメージは大きく、流石に痛みを堪え切れず男の声が森一帯に木霊した!?



「グゥワァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!?」



 そのあと、地面に重く鈍い音がした。



「父上―――――――――――――!?」



 それは剣士の魂である銀の剣が地面に落ちた音だった。彼の唯一のやいばであり、シルバーウルフからすれば彼等の爪、それが無くなったに等しい。先程爪で裂かれた左腕は激しく脈を打ち始めた、まるでそこに心の臓があるかのように脈打つ度に鋭利な痛みが脊椎から脳へと伝わっていくのを感じる。


 咄嗟に左腕を庇ったことにより勢いよく剣を手放す結果となった。大技後の硬直状態、決して油断はしていなかったが、ほんの数秒身体の自由が奪われたことがやはり仇となった。


 この致命傷は流石に不味い、済まぬ息子よ父は約束を守れそうに無い。そう覚悟をしてゆっくりと瞳を閉じた。そして、あとは命を刈り取られるのを待つだけとなる筈だった。



 …………。



 一瞬何が起こっているのか皆? 分からなかった。何かトリックでも見せられているのかと思わせる、そんな光景が目の前で繰り広げられていた。


 先程まで勝ち誇っていた角の巨体は、この森の開けた場所にある筈の無い沼へと四肢がズブズブと沈んで行きのたうち回っていた。そしてもう一匹のシルバーウルフは、既に地面に横向きにぶっ倒れ泡を吹いていたのである。



「あそこにいるのは、メディウス坊ちゃんすよね?」


「ああ、少しというかかなり見た目が違うが……背丈からして間違いないだろう」



 ガスガスガス、オラオラオラァ



「ちっ、この程度の癖に偉そうにしやがって!? あ”っ”」

「おい!? 簡単にくたばんじゃねーぞ、親父!?」


 


ノランは始め耳を疑った!? 声は間違いなく息子のメディウス。しかし、何かが違う……。運命を受け入れ先程閉じた瞳をまた開いた。声の方向を振り向くと目を疑う光景が広がっていた。


 子供の身体には似つかわしくない程の筋骨隆々へと変わり、サラサラヘアーの髪はワックスを付けたように所々が逆立っている。そして今は、角の個体を足蹴にし、汚い台詞を浴びせていたのだ。


(何処でそんな言葉を覚えたのだ息子よ)



「テメェはなぁ――最初から地面に埋まる為に生まれたんだよ」

「俺のメルと親父に致命傷を負わせやがって、死ね!?」


「俺のメル? まあ、メディウスさん」



 ━━ギガンテス・ドライブ━━



 片足を後ろへ引いたかと思えば、一瞬のうちに角の横腹を蹴り上げた!? 出鱈目な技にして魔法、それは嘗て誰も見た事も聴いた事の無いものだった。しかし、はっきり認識できたことが一つ。それはその技が途轍もない破壊力が有る事だった。小さな足から繰り出されるその破壊力はまるで巨人が蹴り飛ばしたあとのように、角の側面が大きな足跡がめり込んだように押し潰された。



「なんじゃアレは、まるで巨人が踏みつぶしたようじゃぞ!?」


「しかも全身に電流が流れるとか……めっちゃエグイんすけど」



 身体全身にビリビリと電気が流れたあと、角の個体は舌を出してそのまま横へぶっ倒れた。もう皆が助からないと覚悟していたこの戦いに、小さなヒーローのたったの一撃で、この戦闘は終幕を迎えた。


 それと同時に、ノランは息子のメディウスが勇者の生まれ代わりとなる存在として認識せざるを得ない出来事となった。



「大丈夫か? 親父?」


「ああ、なんとか……」


(ちっ、まずいな。このままだとマジで親父の命がやばい)



  ━ヒール・アンド・リバース━



 ヒールとは回復の魔法、それは誰でも聞き覚えのあるものだが、それに続くリバースという言葉を誰もまた耳にした者はいなかった。彼の手が光ったあと、ノランの体力が回復したと同時に、角の個体から受けた攻撃がまるでフィルムの巻き戻しのように傷が塞がると、戦闘前の腕の状態に戻ってしまった。


 そう全くの無傷の状態にこの魔法は彼の身体を修復したのである。魔法名は違えど、この力と似た能力を持つ者がたった一人だけいた。それは王国の聖女となる者が神より付与される加護。癒しの息吹にそれは似ていた。



「凄い!? あの傷を一瞬で治しおった」


「ジーマーでごすいっすね」


「メディウス、お前は本当にメディウスなのか?」


「あ”、何言ってんだ親父、その台詞はまるでジュリエットじゃねーか?」


「「「ジュリエット?」」」


(ちっ、あれは前世の記憶の物語の本の話でこの世界の人間が分かるわけねーか)


「まあ、そんなことは取り敢えずいいじゃねーか。それよりメルも回復させなきゃ」


「えっ、メ、メディウスさん私はアナタより年上ですよ」


「ちっ、いいから黙って俺の魔法を受けやがれこのアマが!?」


「えっ、ちょ、まっ……待ってぇええええん、ああ……」


「メル!? おまっなんちゅー艶めかしい声を出しとるんじゃ」


「女の私でも聞いてて恥ずかしわねっ。どう考えても夜の声でしょ」


「だっ、だってぇええええええん、きっ気持ちぃいいんだもん」


「ウホン、中々良いものを見せて貰ったな。いや聞かせてもらったな」


「もぉ~~ノラン様のぉおおおお、えっちぃいいんんんあっふん」


「「駄目だこりゃ」」


「そっすね」



 何はともあれ、皆無事で良かっ……た……。



◇◇◇◇◇




「メディウス、メディウス!?」


「う……んん。と、父様」

「はっ、シルバーウルフは?」



 僕は慌てて起き上がると、辺りを見回した。どういうことだ、アレは全て夢だったのだろうか? 父上はもメルさんも無傷だ。ジルスさん、トロイのお兄さんそしてケイラさんも全員無事だ。


 僕はゆっくりと立ち上がると、そこには、大きな狼の死体が二体に横たわっていた。間違いない。あれは夢では無かった。


(はっ、角の個体が居ない? 一体何処に?)


『ちゃんと、此処におります。ご主人様』



 ……ご主人?

 まさか、シルバーウルフに命令していた別の誰かが居たのか?



『どうしました? メディウス様。私は後ろにおりますが』



 僕は後ろを振り向くと、あの時見た角の個体が僕の真後ろにいた。しかし違ったのは伏せのポーズを取り、舌を出して笑って居る様に見えた。そう、あの恐ろしく鋭い目つきは何処へやらというほどに、物凄くリラックスしていた。



「こ、これは一体。これは『これは一体どういうことだメディウス』ですか」


「?」


 僕が今まさに質問しようとしたことを逆に父様にされてしまった。でも、僕は何も知らない。こっちが訊きたいんだけど。



「お前は覚えていないのか、メディウス?」


「何をですか? 父様?」


「父様? 私を親父と呼んだことも覚えていないか?」


「はっ、な、ななんで父様を僕がそんな呼び方を」


「私を俺のメルって呼んだこともですか?」


「えっ!? な、ななんで僕がメルさんをそんな、よっ、呼ぶわけないじゃないですか」


「いや、呼んでおったぞ」


「ええ、呼んでましたよ坊ちゃん」


「うん、しっかり俺のメルって叫んでた」


「あはははは(汗)」



 一体全体僕の身に何が起きたのだろう? 父様が叫んだあと、僕は恐怖で気が動転したんだけど、正直その後の記憶が全く無い。気付いた時には皆が無事で、そして今は角の個体が大人しく伏せのままでいる。



「これを僕がやったんですか? しかも汚い言葉を吐きながら……」


「そうじゃ、なんかキャラが俺様になっておったぞ」


「そっすね。それとめっちゃ筋肉がムキムキで驚いたっす」


「うんうん、正直遠目でみたけど、うちも驚いた」


「誕生日ってことで皆さん僕を揶揄っていないですよね?」


「いや、全く揶揄ってなどいないぞメディウス」


「でも、じゃあなんであの角のシルバーウルフがいまはそんなに大人しくしてるのですか?」


「それは、メディウスが倒して使役したからです」


「使役?」


「そうじゃ、奴はお前さんに倒されたあと服従を誓ったみたいじゃぞ」


「恐らく、メディウス坊ちゃんには召喚士の能力が有るんじゃないっすかね」



 召喚士?

 僕は自分の便利眼の能力を発動し、自分の加護について改めて確認をした。加護の項目を見る限り、と言う言葉は見当たらない。


 !?



 ん、待てよ。

 ……これは!?


 口寄せ(シルバーウルフを使役しました)


 そうか、どうやら召喚士と言う言葉とは違うけど、意味合いとしてこの口寄せって言うのが、召喚と同じ能力の加護らしい。



「どうでした、メディウスさん」


「召喚士という加護は有りませんが、代わりに口寄せと言う加護がありました」


「口寄せ? こりゃ、またてんで聴いた事がないのぉ~ノラン殿はご存じかの?」


「いえ、一度も見た事も聴いた事も無い加護です。やはり我が息子は特別なのかもしれません。そう思いたくはなかったのですが……」


「あれほどのものを見せられたからの、もう普通の子供って訳にはいかないのぉ~」


「いいじゃないですか、小さな英雄ヒーローさん。ありがとうございますね」


 これを僕がやったなんて想像も出来なかったが、実際に角のシルバーウルフを従えることで、自分がやったのだと半分認識した。

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