第7話 森に潜むもの前編


 突然の揺れで僕は眼を覚ました!?


 僕は知らず知らずのうちに馬車の中で眠っていたらしい。瞼を開けると、視界には父の顔が飛び込んで来た。どうやら僕の肩を揺すったのは父のようだ。



「どうしらんれすか? 父上」


「起こして悪いなメディウス、せっかくの旅だから、お前には見せておきたくてな」


「いらい、なりをみれれくれるのれすか?」


「今は、丁度森の中間地点を進んでいるところなのだが、モンスター現れた」



 モンスターと言う言葉より、僕は森の中間地点と聴いてすっかり目が覚めたてしまった。僕は悔やんだ。頻繁に旅行ができる訳無いのに、繰り返し同じ様に続く街道のせいで寝てしまい。森の入り口に入る瞬間をこの眼で見るのを逃してしまった。



「どうしたんだ? メディウス」


「せっかくの旅行なのに、僕は森の入り口に入る瞬間を見逃してしまいました」


「なんだ、そんな事か。また来れば良いではないか」


「次は何時連れて行って貰えるのですか?」



 そう僕が言うと、父は明らかに困った顔をした。そして考えて考えて出た答えが、『まあ、遠くない未来と言っておこう』だった。


(遠く無い未来って……いつの事でしょうか? お父上!?)



 僕は父の顔をじっと見て、答えを待っていると、誤魔化すように、窓の外に指さした。



「メディウス、それよりも見てみろ?」


「父上、そんな子ども騙しは僕には……えっ? あれは何ですか?」



 僕は窓の外を見ると、見事父の誘導に引っかかっていた。所詮4歳の子どもである。見たことも無い生き物が外で護衛の冒険者と睨み合いになってるんだ。


 無理もない。



「あれは……」



 最初パッと見のでは、あれが何か分からなかったが、今まで読んで来た本の知識を総動員して結び付けた結果、あるモンスターに行き着いた。



「父上、あれはゴブリンですよね?」


「そうだ、メディウス」



 全体の色は緑がかかっており、耳はエルフの様に尖っているが、顔は老婆の様に醜い。瞳は黄色く濁っており、人間よりも鋭い牙が生えていた。母が買ってくれた絵本とはだいぶ異なるが、別のモンスターについて記述されている本と大分一致していた。


 まるで食べ物を見つけた様に大きく眼を開くと、瞳の中の瞳孔がパッと開きく。不気味な笑みを浮かべながら、一歩二歩と何かを確かめるように近づき始めた。時折少し曲がった鼻をヒクヒクさせては、何かを捜している様にも見える。



「父上、鼻をヒクつかせて何かを捜している様に見えますが?」


「恐らく、メディウス、お前の匂いを嗅ぎつけたようだ」


「匂い? 僕のですか? 何で僕なんですか?」


「それはなメディウス、子羊と同じで、若いウチが一番新鮮で柔らかい。人間も彼等にとっては家畜と同じと言う事だ。年を取ればとる程、肉に臭みがついて美味しくなくなる。だから、若い肉を彼等は求め此処に来た」


「僕等は大丈夫なのでしょうか?」


「問題無い」


「でも、結構な数が居ますが、本当に大丈夫でしょうか?」


「怖いか、メディウス。でも大丈夫だ。彼等はベテランの冒険者さん達だ。それに数は多いが、ゴブリンはGかFランクくらいだ。そこまで恐れる必要はない」


「でも、彼等も武器を持っていますよ」


「問題無い。奴らが持っている物は、元々人から奪った物だ。大抵が、死んだものからか、捨てられた物を拾って使っているだけだ」


「じゃあ、ゴブリンに殺された人もいるんですよね?」


「居るかもしれないが、極めて少ない。あの数のゴブリンなら、父さん一人でも倒すことができる、だが今回は冒険者さんから、万一に備えお前の傍から離れないように言われた」


「万が一になったらどうするんですか?」


「良いかメディウス、冒険者の方々が万が一と言った場合は、万に一つもそんな事は起こり得ないから言うのだよ」


「そうはいいますが、あんなに数が」



 初めて見る異様な異形が迫りくる光景に思わず息を吞み込んだ。これが恐怖というものなのだろう。夜は灯りが無いとか、親に叱られて怖いだとか、そんな身の安全を保証されての恐怖とは違った。


 生命の危機感というをもたらす恐怖が呼吸をすることさえ忘れさせていた。


 実際にはそんな音は聴こえては来ない。でも彼等が一歩一歩こちらに近づく度にメディウスにはジリジリとそしてズルズルとした不気味な足音が聞こえていた。


 しかしその恐怖は次の瞬間杞憂に終わった。



「ファイヤーブラスト」


「ヘビーアックス」


「ウィンドスピアーー」




グゥギャ―――――――――

    ボゲ――――――――――

      ズギャ――――――――――

    



    ボ―――ナ―――ぺ―――ティ―――



 何か記憶の片隅で見た様な断末魔な叫びが響くと、あんなにも居たゴブリンは既に地面に倒れていた。


 普通はこの場合は喜ぶ所なのだろうが、初めて見る生き物の死に、僕は戦慄を覚えた。


 死ぬと言う事がどういう事か学んだ。


 何十何百冊と本を読もうが決して学ぶことの出来ない。実体験をして初めて理解できる生命の終わりについて、メディウスは5歳の誕生日の前日に身をもって経験した。


 そしてもう一つ学びたくも無い事を身をもって学んだ。



「大丈夫か!? メディウス」



 そう、彼は馬車の中で一人吐いていた。何故そうなったのか? 当人にも分からなかった。どうやら目の前で死に行く者を見て、精神的なダメージを負ったようだった。



「すいません、父上。自分でもよく分からないのですが、急にゴブリンの死体を見ていたら気持ち悪く……うっ」


「メディウス、メディウス、やはり森は早過ぎた様だ」

「それより大丈夫か!? メディウス、メディウス」



 隣町に行くのを楽しみにしていたのに、まさか吐くなんて思わなかった。馬車は初めて乗ると酔う場合が有ると本には書かれていたが、酔うどころか心地良かったので安心していた。僕は馬車では酔わないから、吐くことは無いと思っていた。でも、吐くことは酔うことだけで起きる訳じゃないことを学んだ。


 まだ此処は森の中間地点、メディウスはもうこれ以上森の中ではモンスターの類には遭遇しない事を願った。



 こういう時は願ったも願等叶わないのは世の常だった。見事道中にはゴブリンの群れに遭遇した。


(勘弁してよ、これで何回目だよ、もう胃は空っぽで何も出ないよ)



「うっし、終わった」


「ゴブリンだと全然戦った気がしないわ」


「衣服が無駄に汚れるだけでかなわんわい」


「ところで、ノランの旦那、お坊ちゃまは大丈夫ですかい?」


「いや、思ったよりもダメージが深いかもしれん」


「うっわ、顔が真っ青!? 本当にあの姉様のお子さんなのでしょうか?」


「私の息子でもあるが、流石に此処までとは……」



 皆が僕を物凄く憐れむような眼で見るので、痛い。仕方ないでしょう。普通に息を引き取って倒れているならまだしも、片方の眼球が飛びててるだとか、首が胴体から切り離されてるとか、四肢がばらされジタバタした後に絶命するだとか、そんなの見せられて平気な顔してられる訳無いじゃないですか?


 貴方達が異常なんですよ!?



「ウベ――――」


「「「あっ」」」


「こりゃー流石に引き返した方がいいんじゃないですかね~~旦那?」


「そうだな……」




 !?




「そべだけば、ばべでぐだざい」


「?」


「坊ちゃん何て言ったんすかね?」


「う~~ん、わからんの~~」


「……ああ!? 恐らく、それだけは、止めてくださいって言ったのではないでしょうか? 違う、坊や?」


「ばひ」



 気持ち悪さと恐怖に耐えながら、僕は必死になって首を縦に振った。



「メディウス、そうは言ってもな。このまま吐き続けるのを親の私がほっておくにはいかん。身体のダメージは治癒魔法で何とかなる。しかし精神的なダメージを回復する事はできん」


「父上、精神異常を回復する魔法が有るのでは無いですか?」


「有るが、あれは状態異常の魔法に対してだ。人が実際に体験する心のダメージやトラウマ等を治癒するものではない」


「ノラン殿、じゃあこうしちゃあどうかのう?」



 ドワーフのオジサンの提案はこうだった。戦闘が始まったら、僕に眠りの魔法をかける。そうすることで、一切の視界と聴覚を遮断。戦闘終了後、その場を離れ、移動したのち目覚めの魔法で起こすと言う作戦だ。



「なるほど、その手が有りましたか」


「ジルスの旦那、めっちゃ頭ええやないすか!?」


「トロイなんか儂に言いたそうじゃな、何か含みがある言葉じりじゃ」


「いやいや、アックス向けるのは俺やなくて、そうあっちに向けてくださいよ」


「あっちじゃと?」



 その瞬間緊張が走った!?

 皆が僕の事で話に夢中になっているうちに、またモンスターが現れたのだ。



「「「いつの間に!?」」」


「しかも、今日は何でこんなにもモンスターが現れる日なんじゃ」


「何かが、モンスターを引き寄せでもしてるのでしょうか?」



 誰も僕を見てる訳では無かったが、何となく僕のを示唆しているのが分かった。何で、僕はこんなにもモンスターを引き寄せるのだろう?僕はそんなに美味しいのだろうか?



「ちっ、これはまずいの」


「やばいわね」


「どうやら、囲まれたみたいだな」



 今度僕等の目の前に現れたのはゴブリン以外の魔物だった。馬車の中で一緒に居るもう一人のお姉さんメルさんから眠りの魔法を掛けられそうになったが、モンスターがゴブリンでは無かったので、掛けることを一旦止めて貰って、僕は窓からその獰猛のモンスターの姿を確認した。





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