第6話 隣町へ行くために


 今日は待ちに待った隣街へと行く日だ。そして明日の誕生日に鑑定をして貰う予定だ。誕生日に当日に言っても意味がないですよ、と侍女のアンナさんに言われ、誕生日が来る一週間前に連れて行って貰えるよう母に相談した。


 そう、何事も願い事をする時は、まず女の人を味方に付けるのがコツだと、アンナさんに教わったからだ。教えて貰った当時はあまり意味が理解出来なかった。でも、実際に父に話した時にそれが分かった。


 もし、あの時母に相談していなかったら、どうなっている事やら……




◇◇◇◇◇




「駄目だ!?」


「どうしてダメなのですか? 父上?」


「何かプレゼントが欲しい等なら分かるが、隣町となると別だ」


「何故ですか?」


「危険だからだ」


「………」


「いいか、メディウス。隣町に行くには街道だけでなく、森を通過しなくちゃならん。森には危険なモンスターがいるんだ」


「お父上がいるじゃないですか!?」


「確かに私なら森のモンスターがいても討伐できる」


「なら……」


「だが、お前はどうする? お前はまだ4つだ」


「………その時は5歳です」


「4つも5つも変わらん」


「そうですが、でも父上は私を守ってはくださらないのですか?」


「もちろん、父はお前を守るつもりだ。だが、モンスターは一匹じゃない。もし、何匹も出現したら、お前を守り切れるか分からない」


「それなら、逃げれば」


「確かに、逃げればいい。でも、お前の足では逃げる前に捕まってしまう。それに、街道を抜け、森を抜けたとして、そこから更に道が有る。今の年齢のお前では、体力が持つまい」


 父の言う事は最もだった。もしあのまま歩きで、父と二人隣町へ行こうとしたら、間違いなく体力が持たなかったと思う。また森で命を落としていたかもしれない。


 でも、何か自分の事を否定された、僕はあの時親の前で泣いた。まるで、産まれたばかりの赤子の様に。


 そこへ鳴き声を聴いた母は、慌てて父の書斎へ入って来た。ドアを開けると僕はあの時尋常じゃないほどギャン泣きをしていたらしい。



「ノラン!? 一体どういう事?」


「いっ!? ミランダ……いや、これは」


「もしかして、殴ってないわよね?」


「そっ、そんな事。この私がするわけないだろう」


「じゃあ、何でこの子はこんなに泣いてるの?」


「それはだな、かくかくしかじかで……」


「いいじゃ無いの別に、隣町くらい」


「いや、隣町って簡単に君は言うが、距離もあるしそれに森は危険だろう」


「早朝に出て、冒険者の方と一緒に馬車で行けば夕方には着くわ」


「いや、それはそうだが、急に冒険者も馬車も手配出来ないぞ」


「ああ、それなら大丈夫よ。もうギルドに行って頼んで来たから」


「えっ?」


「母さんがもう頼んで来たから、メディウスもう泣かないの、お~~よしよしいい子ね~~」


「いやっ、ちょっと待て。メディウス、父に先に相談をしたんじゃ?」


「何よアナタ、私に先に相談したのが悪い様に聴こえるんですけど(怒)」


「いや、ハハッハハハハ。何でもない」



 とまあ、こんな事が有ったものの。

 僕は出発の当日の朝、無事に冒険者の皆さんと一緒に馬車を借りて隣町へ向かう事となった。



「皆さん、息子をどうかよろしくお願いしますね」


「ミランダ姉に頼まれちゃ、断るわけにゃ行きませんよ」

(ミランダ姉?)


「そうそう、あのミランダさんにお願いされたんだ。絶対に無事にお届けしやすよ」

(あのミランダ姉?)


「まさかの姉さんに頼まれる日が来るなんて、ウチは感動ですわ」

(姉さん?)


「あのぉ~~母様、質問をしても?」


「ん? 何のことかな~~メディウス?」



 何か物凄く開いては行けない過去が母様には有りそうだ。子どもの僕でも分かる、物凄いオーラみたいなものを母から感じる。こういうのを本で読んだパンドラの箱って言うんだろうな~~。



「いえ、やっぱ、止めておきます」


「やっぱりいい子ね~~うちの子は」


「じゃあ、行ってくるなミランダ」


「ええ、アナタ行ってらっしゃい」

「メディウスも気を付けて行ってくるのよ」


「はい」


「メディウス坊ちゃま、ヒッグヒッグ、お気を付けて行ってらっしゃい、ヒッグヒッグ」



 いつも優しく温かいアンナさんがその日は珍しく泣いた。彼女はアーネスハイド家で働く侍女だが、僕にとってはもう一人の母の様なものだ。



「おいおい、アンナ。長旅をしに行くわけじゃ無いんだから。流石にそれは大袈裟だぞ、なあ皆……あっ」



 何と言っていいのか分からなかった父は、場を和ませようとして、笑いに持って行こうとしたが、見事に外した。父が静かにフェードアウトした後、母がアンナをそっと抱きしめ、『分かるわ、アナタの気持ち。あの子は私達の子供ですものね』と言って慰めた。


 僕もどっちかと言うと、たった3日間の旅なので、何故そこまでと思ったが、アンナさんの涙を見て、何となく気持ちが伝わるのを感じ。知らないうちに僕も泣いていた。


(家族っていいものだな。例え血が繋がっていなくても、僕には二人のかあさんがいる。僕はとても幸せ者だ)


 彼女の涙が落ち着いたところで、改めて僕達は馬車に乗り込むと、屋敷から出た。そう言えば、僕は屋敷からも出た事が無かった。この町は本当に静かで長閑のどかだ。小さなお店が窓から見えた。早朝ともあって、まだどの店も開いて居なかった。その中で一軒僕の興味を引く看板が有った。


 あっ、あれは?

 もしかして!?


 本屋さんだ。

 あの長方形の形をした看板は、間違いなく本屋さんに違いない。


 お店自体は大きくは無いが、この町にも本屋さんが存在した。多分、母も此処で本を購入して、僕に絵本などを買って来てくれてたのであろう。


 今回はこの町よりも大きな隣町に行くので、その時に是非そこの本屋で本を一冊、二冊、いや出来れば沢山購入して帰ろう。多分父はケチなので、そんなに多くは買ってくれないと思う。だから、これも予め母上に相談して、お小遣いを貰った。


 お金を貰った後、アドバイスをくれたアンナさんにお小遣いを貰ったことを話したら、彼女からお金の大切さについて教えた貰った。これは、父と母が一生懸命毎日働いて稼いだもので、決して湧き水の様に自然と湧いてくるものではない事を。


 なので、幾ら母からお小遣いを貰ったからって、何十冊も本を買う気はない。せいぜい、五冊程買えればそれでいい。残りのお金は、母の金だけど、二人のお母さんに何かお土産を買って行こうと思っている。拗ねる可能性があるので、一応父のも適当に買う予定だ。

 

 気付くと、町の門の前まで移動していた。門兵らしき人達が父を見るなり、敬礼をしていた。家の家系は元貴族と言うのは強ち嘘じゃなさそうだ。



「いつも、門の見張りご苦労様です。これは差し入れだ。良かったら、朝飯にでも食べてください」


「「「はっ、アーネスハイド様。ありがとう御座います」」」


「そんな態度よしてくれ、もう私は男爵の身では無いのだから」



 彼は門兵が何か言おうとしていたが、それを手で制した。



「父上、どうしてあの人達は私達とは違う服を身につけているのですか?」


「うん?」 


「ああ、あれはメディウス服じゃなくてね、鎧というものだ。戦うにしても自らも守らなくてはいけない。その為の保護をしてくれる物なんだよ」


「なるほど、そうなんですね。勉強になりました。ありがとう御座います。父上」



 僕は初めて生で見る鎧にワクワクしていた。腰にはロングソードが身につけかれており、鞘に収まっているので、何製で出来ているのかまでは分からなかった。鞘自体は金属が焦げたような色をしているので、恐らく銅だろう。きっと中の剣も同じで、銅の材質で出来ているのかもしれない。



「わあ、父上!? あれは畑ですよね?」


「そうだよ」


「あれ? 何で門の外に作られてるのですか? 危険じゃないのでしょうか?」


「メディウス君、さっき私達が抜けた門は一つ目の門で、この町は外に出るにはもう一つ門が有るのよ」


 僕が疑問に思っていると、茶色の髪をした冒険者のお姉さんケイラさんが説明してくれた。


「そうなんですか? 結構この町も広いんですね」


「う~~ん、広いつっても、町自体は小さくて、今見える畑とかが大半を占めているのがこのイスカの町の特徴だよ」


 今度は馬車と並走している馬に乗った、見た目がやんちゃな冒険者のお兄さんトロイさんがこの町について説明してくれた。


 そう、イスカの町。

 そこが僕が生を受けた辺境の田舎にある町の名前だ。


「わあ、あれは何ですか!? 木に何かぶら下がっています」


「あれは何かがぶら下がってるのではなくて、木の実が生っているんですよ」


「そうなんですね。でも何か色が緑色で美味しそうに見えませんね」


「あははは、そりゃーーそうさ、まだ熟してねーーんだもん。時期が来るとよ、あの実は段々とオレンジ色に変わるんだよ」


「へえーーそうなんですね。魔法みたいで不思議ですね」



 暫くすると、また門が見えて来た。さっきよりも見た目は頑丈に見えない。簡易な木で出来た大きな扉といった具合だ。



「父上、この門はさっき度違って、石や鉄で出来ていないみだいですが?」


「それはだな、門を出ても今度は街道が続いていて、森までは暫く距離があるからさ」


「というと?」


「此処は森と違ってな、モンスター頻繁に来ることもなく、そんなに危険じゃないんじゃよ」



 今度は僕等の馬車を轢いてくれている、髭もじゃのお爺さんジルスさんがこう答えた。見た目はお年寄りなのに、物凄く筋肉が隆々としていて、頭には牛の角の様な帽子をかぶっていた。何で大人の割に、こんなに背が低いんだろうと思っていたが、後で父上からドワーフという種族と言う事をこっそり教わった。そして、お爺さんではなく、実は叔父さんの年齢だった。


 門では同じ様に父様に敬礼をすると、差し入れを渡して彼等を労うと、門の外へ出た。そこからは何も無い殺風景な整備された道が続いていた。


 僕は知らない間に、馬車の揺りかごの気持ちよさで眠っていた。

 

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