第8話 森に潜むもの後編


 今度はゴブリンの様な二足歩行のモンスターとは違い、四肢を地につけ、牙を剥き出しにすると、耳をつんざく様な高い声で吠えた。


「父上、あれはいったい」


「フォレストウルフだ、少し厄介だな」


「あれがフォレストウルフですか、図鑑とは少し違う様に見えますが、確かランクはそこまで高くなかったはずです」


「確かに、そこまで高くはない。でも彼等は一匹で行動しない。そして……」


「そして、厄介なんは、あの泣き方は親玉に合図を送ったっちゅうとこや」


「合図ですか?」


「そうじゃ、フォレストウルフのバックにはシルバーウルフがおる」


「シルバーウルフって、まさか」


「そう、まさかのDランクよ」


「一匹なら問題無いが、群れで来るから厄介じゃ」


 Dっ、ゴブリンよりも3つも4つもランクが上じゃないか!? 因みにフォレストウルフはFかEランク。個体によって強さが違う。


「メルさん、息子を頼みます」


「ええ、分かりました」


 状況がヤバいのか、一緒に座っていた父が見慣れない鞘を掴むと、腰に巻き付け、馬車から降りた。


(いつも出掛ける時に父上がつけているものと違う)



「メディウス、勝てない相手では無いので安心しなさい」


「でも……」


「冒険者の皆さんだけでは厳しいのは確かだ、だから加勢するのです」


「ノラン殿、かたじけない」


「いえ、一人でも多い方が良いですから」


 いつも見せる温和な父の瞳が消えた。

 普段には見せない真剣な眼差しで僕を見た後、今まで見た事のない剣を抜き構えた。僕には、いつもよりも何倍も背中が大きく見えた。


 鉄の剣とは違う、青白く写し鏡の様な透明度のある物だった。ロングソードとは異なる形状をしており、ツーハンドソードより少し長い。あとで知ったが、ツヴァイハンダ―という種類のものらしい。


 ゴブリンとの戦闘の様な各々自由な戦い方と違い、父を起点に今度は陣形を組んでいた。


「さっきの鳴き声からして、まだシルバーウルフの距離は大分あるわ」


「早めにケリをつけて、すぐに離脱するのが賢いせんたくやろね」


「同感じゃ」


「そうですね。私もそう思います」

「では」


「「「いざ!?」」」


 

 僕は吐くのを覚悟でこの戦闘を見る事にした。ゴブリンとは全然違い、スピードも桁外れだった。ゴブリンが何故最低ランクなのか、この時に理解した。狼達は走っているのだろうが、地面を踏みしめるゴブリンとは違い、まるで地面から浮いて飛んでいる様に見えた。


 馬車から見える視界は限られていて、いったい何体居るのかすら分からない。しかし、四方八方から父と冒険者へ襲いかかるのが見えた。僕は怖かったが、でも父の剣捌きを見てドキドキしていた。


(父上は本当に強いんだ)


凄い!ただ斬るのとは違う。他の冒険者の人達も強いのだろうけど、父は彼等と明らかに違った。


剣が、剣が光っている!?


「流石、ノラン様ですわ」


「ご存じなんですか?」


「嘗ては王国で男爵でありながら、一級剣士の称号をお持ちでした」


「一級剣士ですか?」


 驚いた!? 剣聖、剣豪、剣帝、剣王と比べれば凄くは無いが、一級剣士と言えば更に研鑽を積めば、4大剣士への道も夢じゃないほどの強さを誇る。でも、父上は自分のことを三級剣士だと名乗っていた。


「でも、父上はいつも三級剣士と」


「それは……」


「それは何ですか? メルさん」


「え~~と」


「お願いします、教えてください!?」


「お父様の許可なしに、お話してよいのか……」


 僕は彼女の瞳をじっと見詰めた。父の事が知りたい。

 そう、無言の言葉で伝えるように彼女の瞳から目を離さなかった。


「分かりました。私がお話したことは内緒にしてください」


「はい」


「これは勇者様が居た10年前にお話しは遡ります。貴方のお父様は王国の騎士として戦場で魔族を相手に闘っていました。その中でマレメント魔素のの森と呼ばれる戦域で闘って居たときです。そこには冒険者のパーティが居ました。戦場ですから、そこにもB級、A級タイプのモンスターがいます。冒険者のパーティは人助けをしながら、当然素材や魔石などを目的に参加していました。戦って魔物を倒せばレア素材やアイテムが手に入るという状態に、いつしかパーティはその魅力に憑りつかれてしまいました。通常私達のHPやMPは無限に有るものでは有りません。それなのに、休憩もせず戦闘に彼等は明け暮れていたのです。当然、そのうちに枯渇して行きます。そして、その時期が訪れました。そのタイミングで最悪な事態が彼等を襲います」



 ンゴクッ……



「そこへ、出て来る筈の無い、S級モンスターが現れたのです」

「キマイラです」


 キマイラと言えば確か本では、ライオンの頭には山羊の角を携え、胴体は山羊で、蛇の尾を持ち、口からは獄炎の炎を掃き散らすと言う怪物。しかも背には大きな翼を持つため、縦横無尽に空を駆け抜ける事ができるという。そして何より、S級のモンスターとして名高く、このレベルになれば一級剣士であろうと、討伐するのは容易ではないと言われている。


「冒険者は……どうなってんですか?」


「彼等は既に多くのモンスターと戦闘をしていて、戦闘麻痺のため、自分達の体力も魔力もどうなっているのか? 気付いていませんでした。しかし、キマイラが現れた時に彼等は気付きました。もう、戦う力など残っていなかったことを。キマイラは容赦なく彼等に襲い掛かります。彼等は残りの力を振り絞り、撤退を試みました。皆一斉に走ったのです。幸い逃げ切る事ができそうでした。しかし、急な脚の痙攣で一人のパーティは、足を踏み外し、地面に倒れこんでしまいました。力が殆ど残っていない彼等は、もう彼女は助からないと確信しました。そして、彼女の断末魔の金切り声が……」


「えっ!?」


「そう彼等は、その声が彼女の最期のものだと判断しました。しかしそうではなかったのです。代わりに物凄く大きな金属と金属とがぶつかり合う音が森に響いていました!?」


「そして、柔らかくて力強い声が彼女に向けられました。『大丈夫ですか? お怪我は有りませんか?』彼は、すんでのところでキマイラの爪を受け止め、横へ流していたのです。救世主の登場でした」


「それって?」


「はい、貴方のお父様ノラン様です。彼は後ろに居る女性を庇いながら、S級モンスターのキマイラと戦闘を繰り広げます。人を守りながら戦闘は容易ではありません。その当時のお父様は正に闘神と言っても過言では無かったと言われています。しかし、それはハンデが無かったらの話です。彼は、ある女性を守る為に、それはそれは命懸けでキマイラに向かったといいます。そのうちに部隊も駆けつけ、無事にキマイラは討伐されます。しかし、戦闘時にお父様は深い手傷を覆いになります。その戦闘の後、一時剣を握れなくなったと言われています」


「そんな、魔法でも治せないのですか?」


「そうですね。残念ながら、細胞レベルまでキマイラの毒におかされ、それに加え魔素の森の毒素に侵されましたから。魔物であれば、魔素は栄養ですが、我々人間にとっては、毒でしか有りません」


「治癒の魔法では魔素は取り除けないのですか?」


「取り除くことは出来ません。魔素は成分で、傷や病気に当たらないのです。治癒魔法は怪我や病気を治すことはできますが、それ以外のものには役に立ちません」


「そんな……」


「なんで、なんで父はそんな身勝手なパーティーを放って置かなかったんですか?」


「それは……」


「それは、そこにお前の母さんがいたからだよ。メディウス」


「父上!?」


「ノラン様!? あの……」


 メルさんが謝ろうとしたが、父上はスグにそれを手で制すると、すぐに言葉を続けた。


「その話は後だ。魔物は討伐した。フォレストウルフの素材や魔石は値打ちになるが、ヤツが来ると厄介だ。死体は捨て置き、速やかにここを離れるぞ」


「分かりました」


 父さんが、命懸けで守った女性がまさか母さんだなんて。あの普段おっとりとしている母さんが、まさか凄腕の冒険者の一人で、しかもお宝物に眼が眩むような金の亡者だったなんてとても信じられない。


 でも、いま思い返してみると納得いく部分も有る。まず、何で急なお願いなのにすぐに今回の冒険者を雇えたのか、そして出発前の冒険者の方々の母に対する丁寧な態度と尊敬な眼差し。それは嘗て母がA級のモンスターを討伐できる凄腕の冒険者だったからに外ない。


 いや、下手をすれば今もA級と戦えるほど強いのではないだろうか? 僕はそんなことを考えながら、馬車に揺られているうちに、僕たちは魔物と遭遇することなく森を無事に抜けた。最初にイスラの町を抜けた街道と同じで殺風景な景色が続いたので、僕はいつの間にか深い眠りに着いていた。


 目が覚めた頃には、もう隣町の宿に到着していた。

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