第28話 好きすぎて
死竜の内部世界は畳の上に存在する。
今しがた二番の回想映画が終わって、十三番以外の全員のリアとの思い出映像は終了した。
二番の回想映画の見どころは、リアと高級レストランに行った帰り道に、二番のストーカーとリアと元カノが出くわし、さらに自身の妹と遭遇するという混色的な修羅場が勃発する場面だった。二番の不運さに全員が流石に同情した。
「これで全員の回想映画は終わった。十三番の思い出を見させてもらおうか」
余裕の笑みを浮かべる二番に促されて、十三番は映写機に手をのせた。
映像が切り替わる。
魔女祭でゾンビに襲われる十三番をリアが助けるところから彼の回想映画は始まった。
車に乗って逃げた二人は、服を着替えるために服屋に行った。リアが十三番のコーディネートをして、試着室で楽しそうにお洒落をするリアを見て、十三番はきゃっきゃとハシャいでいる。
次に二人は喫茶店に行き、飲めないブラック珈琲を十三番は無理に注文した。飲めなかった珈琲はリアが代わりに飲んで、唐突な間接キスに十三番はズッキュンと悶えた。
次の日、二人はボーリングをして、ダーツをして、ゲームセンターで遊んだ。
晩御飯はマックでドライブスルー。リアはフィレオフィッシュで十三番はチーズバーガーを食べる。十三番の飲んでいたコーラをリアが飲んで、十三番は一息でそのコーラを飲んだ。頬を赤く染めたマヌケ面だった。
次の日、二人は映画をハシゴして見まくった。その日のリアの服装はヘソ出しのセクシーな格好だった。猛暑のせいで浮き出る汗がヘソに溜まると言ってハニ噛んだ。核兵器並みにカワイかった。
次の日、漫画喫茶に行った。同じ部屋でごろごろと怠けながら漫画を読む。十三番が読んでいた漫画をリアが覗き込んだ。髪を耳の裏にかける仕草に胸がギュッとなった。至福の時間だった。
次の日は、有名なテーマパークに遊び行った。朝イチで向かったのに、気づいたらもう夜であっという間に終わってしまった。ポニーテールの髪型にアメカジの格好だった。カワイすぎて十三番の視力は落ちた。近くのホテルに泊まった。部屋は分けようとしたが一室しか空いていなかったから仕方なく一緒の部屋になった。シングルベッドだから二人で寝るには窮屈だったけど、そのおかげで十三番はリアと肩を寄せ合えた。リアが綺麗な足を十三番の足に絡めようとしてはやめるという焦ったい遊びに、十三番は興奮が止まらず眠れなかった。史上最高の甘美な徹夜だった。
次の日は——。
回想映画はリアと十三番のデートが永遠と流れた。
リアはころころと服装を変え、髪型を変え、表情は黄色い喜びに満ちていた。夏に始まった異色な出会いから、季節はすっかり冬を越していた。
十三番の回想映画は始まってとうに三時間を超えていた。
一向に彼の結末であるキスをして胸を刺されるシーンにいたらない。ただひたすらに胸焼けしそうなほど愛し合う男女の面白味のない、糖尿病になりそうなほど甘ったるい桃色映像だった。
「さっきからなんだよこれ」
五番が鬱陶しそうにぼやいた。
「まだイチャイチャしてる……」
十二番も口をぱくぱくしている。
八番が不機嫌な顔つきで十三番の胸ぐらを掴んだ。
「おい! どういうことだよ。リアがこんな馬鹿みたいなデートするかよ!」
十三番はいたって冷静な面持ちで答える。
「これがオレとリアさんの思い出だ。映写機はちゃんと読み取ってるぜ」
「……クソガキ」
歯をぎりぎりと軋ませて、八番は湯だこのように赤面した。
一触即発といった物々しい雰囲気を一番の陽気な声が打ち消した。
「どうやら勝負あったみたいだね」
諦念に満ちた声色だったが、一番はすっきりしたように穏やかな表情だ。
「ぼ、僕はまだ認めてませんよ……」
陰鬱な七番が抵抗の姿勢を見せるが、二番と三番と十番は白旗を揚げていた。
「いいや七番。我らの負けだ」と十番。
「そうだね。十三番の気持ちは本物だ」と二番。
「しかも本物の馬鹿だ」と三番。
七番は三人を睨みつけて爪を噛む。
何故降参したのか、二番が甘い声色で解説を始めた。
「十三番とリアが出会い過ごしたのは一ヶ月にも満たない。それなのに回想映画は冬まで続いてる上に内容は二人の仲睦まじいデートばかり。時間も僕たちの回想より無駄なくらい長い。つまりこれは、十三番の度し難い妄想の思い出だ」
延々と垂れ流された映画の正体に、白旗を揚げた面々以外は途方もない肩透かしの気分を喰らった。
彼らは三時間以上もの間、たった一人の男の妄想を熱心に吟味していただけだった。
十三番。リアの最後の男にしてまだ惚れてると豪語する阿呆の極北にいるようなガキ。胸ぐらを掴んでいた八番も手を離した。目の前にいる男がだんだん気持ち悪く思えてきたからだ。
「じゃあお前、自分の妄想を勝手にリアと過ごした思い出にしてるってことかよ」
恐る恐る八番は訊ねた。
「ラブだからな」
ニヤリと口角を吊り上げて、十三番はピースをした。十二人の悪戯心や嫉妬を煽いでやるような淡白な気迫があった。堂々と惚気る十三番の馬鹿さ加減に彼らは思わずたじろいだ。
十三番の苛烈な妄想を前にした八番の体が、幽霊のようにだんだんと透けていった。ぎょっとするのも束の間、八番は泡沫のように淡く消えてしまった。そして二番から四番、六番、九番から十二番までが、八番と同じように泡のようにぽわぽわと消えてしまう。
何が起きているのかわからない十三番だったが、他の面々は微笑んで落ち着いていた。
「十三番の気持ちは僕らより遥か彼方にある。リアには地獄を見て欲しいけど、そんなもので君の足を引っ張るのは忍びない。僕ら元カレは敗北を認める」
一番の降伏宣言によって、部屋の壁は軋みを上げて本が開くように外側に展開した。
陰湿で薄暗かった部屋に白い太陽が煌然と日照っていた。部屋の外は果てしない海が銀色に輝いてる。潮風が頬をなでて、鼓膜にさざ波の音が震えた。まるでカメラのピントが合ったかのように、世界が今そこに存在した。
この部屋はずっとこの大海を漂流していたんだと、十三番は理解した。
五番が一枚の畳を引き離す。さらにオールを一つ置いて「まあ頑張れ」と言って五番も消えてしまった。
「これで太陽のある方へ向かって漕げば、死竜の意識を乗っ取れるはずだ。この世界に残る意識はもうすぐで君だけになるからね」
「なんで他の奴らは消えたんだ?」
十三番の疑念に一番が快く答えた。
「君の狂気じみた愛にドン引きしたんだよ」
温かく笑う一番に、十三番は素気なく言った。
「ふーん。なんでもいいけど、これでリアさんに会いに行けるってわけだな」
心躍らさせる彼に一番は一つの忠告をした。
「今外では死竜が死の果実を食べて、星の涙が降っている。仮に死竜の制御権を奪取しても、君が人に戻れるかはわからない。君は十三番目の白夜の使徒だから可能性はあるかもしれないけど」
「オレの順番ってそんなに凄いの?」
「曰くつきってだけさ。リアにとってはね。『死』の果実はこの星の最後の晩餐で、そこに戻ってくるのが十三番目の男だから」
一番の言う理屈はわからないが、この漂流部屋で初めに協力的になってくれた一番を十三番は不思議に思った。
「なんでそんなに優しくしてくれるんだ?」
一番は干からびた川のように笑った。
「僕はリアが大嫌いだからね」
そして十三番は八畳の漂流部屋から一畳の畳に乗って離れた。
ぽつりと一人残った一番が手を振る。彼の姿は水平線に隠れてもう見えなくなった。
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