第25話 殺されもいい

 リアの元カレ。そう告げた五番にオレは呆然とした。

 とても大事な人である気がする人の元カレが十二人もいる。どう受け止めればいいのだろうか。

 硬直するオレに五番はきょとんとした。

「あれ? もっと取り乱すかと思ったんだけどな」

 そこに二番の見るからに優男といった風情のイケメンが微笑んだ。

「映写機で彼の記憶を映せば思い出すんじゃない?」

 二番の言われた通りに五番は映写機を操作する。

 映像はゾンビが映っていたものから山の中の風景に変わった。水平線に沈んでいく断末魔のような眩しい光を放つ夕日に照らされた山肌はオレンジ色に輝いている。

 そこに女と男が立つ。なんとなく、その男は自分だとわかった。そして一緒に映ってる女がおそらくリアだろう。恐ろしいほどカワイイ彼女のことを忘れていたなんて、万死に値する失態だ。一度見れば忘れない美貌。しなやかで白い身体と、財宝も劣る黄金の双眸。はっきり言って、タイプの美女だった。

 音がないその映像では、会話の内容はわからない。けれどオレは幸せそうな顔をしている。

 リアがオレの頬に手を伸ばして顔を近づける。

 これは多分あれだ、キスだ。二人はキスをするんだ。きっとオレのことがリアは好きだったんだ。

 それにしても、羨ましい。何故忘れているんだオレは……

 そう思った矢先、目を疑うような驚愕の出来事が起きた。

 キスをされたオレは、リアに胸を刺されていた。

「えっ⁈」

 飛び跳ねるように驚いた。何故刺されているんだ。わけもからず、ただ垂れ流される映像を漠然と見つめる。胸を刺した後、リアは笑っていた。腹を抱えた大笑いだった。

「こりゃ酷え」

「うわ……僕耐えられないよ」

 五番と十一番は同情するように呟いた。

 そして映像は途切れた。映像を見てからのオレははっきりとそのことを思い出してきた。

「オレ、死んでここに来たのか」

 オレの言葉に反応したのは一番の男だった。嘘なくらい真っ白な前髪で目が隠れているミステリアスな彼は首をオレの方に向けた。

「厳密に言うと君は死んでいない。緩やかに死へと向かって逝っているけどね」

 穏やかに答える一番にオレは気になっていたことを訊いた。

「ここは何ですか?」

「そうだね、ここは死竜の内側の世界。外の世界とは隔絶された部屋さ。僕らはリアに死竜を創造する贄にされたんだ。リアの魔女の血と僕らの魔血の反発作用によって『死』のエネルギーをコントロールしている。リアの血が火なら僕らは氷の役目を負っている。それで水の温度調整をしているようなものだ」

 理屈の部分はオレにはよく理解できなかった。

 リアのことは思い出したけど、自分のことはまだ漂う雲のようにふわふわとしていた。オレはきっとカシコイ男ではなかったんだろう。よく考えてみるとオレは誰なんだろうか。

 名前は思い出せないし、直前の記憶も不明瞭でリアというどタイプのカワイイ美女にキスされてるのに、何故か殺されいる。

 この時の自分がどんな奴だったか、過去の自分がどんな人間で他人からどう見られていたのか、わからない。

 映写機にはずっとゾンビたちが人を襲う映像が流れていた。場所は渋谷のようだ。

 四番の男が立ち尽くすオレを気遣うように快活に言った。

「あんな女のことなんか忘れましょう十三番。後悔するだけもったいないですって」

「全くだ。人を裏切ることしかしない、人情のかけらもないクズだ」

 十番が厳かに言った。

 そして二番が爽やかに微笑んだ。

「ここにいる全員を殺して死竜のために使う。僕も結構な女の子と出会ってきたけど、あんな魔女は初めてだったよ。必死にデートプランを考えたのが馬鹿らしいね」

 それからみんなは各々リアとの思い出を勝手に語った。

 何を見て、どこに行ったのか。自分たちにどんな顔を見せて、どんな話をしてくれたのか。何が好きで、自分たちと付き合ってくれた心優しい彼女に殺されるまでの話を。それぞれが思い出口調で愚痴をこぼしていく。

 彼らはリアに命を奪われた人たちだ。愚痴で済んでいるなら安いものかもしれない。

 それでも何故だか、オレの胸には毛むくじゃらなわだかまりがあった。彼らがリアのことを我が物顔で話す度、どんどんと暗く膨れ上がっていく。

 五番がオレの背中を快く叩いた。

「リアの都合の良いように使われた。俺たちは等しく被害者だ。美人に騙されてちゃあロクなことねえぜ」

 七番が爪を噛みながら陰鬱な声を出す。

「し、信じてたのに、あの女はぼ、僕を騙した。苦しんで死ぬべきだ……」

 この場の全員がリアに強い恨みを抱いている。裏切られ、殺されて、都合の良いように死竜の糧にされている。

 じっと立ち尽くすオレを見た四番が訝しげに声を掛けた。

「どうしたんですか十三番。さっきからぼうっとして」

「いや、その……」

 オレは戸惑っていた。

 彼らのようにリアに殺されたオレは、彼女に対して強い憎しみや怒りがあって当然なのに、カケラも湧いてこないのだ。

「ムカつき過ぎて、何も言えねえんじゃねえの?」

 八番がダルそうに言うが、決してそうではなかった。

「オレ、怒ってないんだ。リアさんに殺されても」

 自分でも不思議で持て余した感情に、六番が口から吹いた。

「何? もしかして善人ぶってんの?」

 小馬鹿にするように六番は冷やかしてくる。

 だけど純粋にそう思っている自分がいる。事実、何一つとして憤怒はないのだ。

「オレはみんなが怒っている理由がわからい。なんで怒ってるんだ?」

 それに八番が不機嫌な顔で口を開いた。

「好きだった女に都合の良いよう騙されて、ほんで殺されて、それで腹が立たねえわけがねえだろ。こっちの怒りは正当なもんだ」

 八番の言葉に皆が同調する。当然だった。それがマトモな感性だ。

「全員、もうリアさんのことは好きじゃないのか?」

 訊ねた問いに八番は鼻で笑う。

「まだ好きな奴がどこにいんだよ」

 呆れた様子の彼に、オレは息をするように当たり前に言った。

「ここ」

 場が冷たく凍りついた。

「……は?」

 八番の苛立ちの混じった声が小さく響く。それでもオレは怯まず、思ったことを口にした。

「ここだよ。オレはまだリアさんが好きだ」

 映写機のフィルムが巻かれる音だけ空間に浸透している。

 十三番以外の全員が当惑した。海は青いと同じように度し難い言葉を口にしたコイツは、一体何なんだと。

 八番は思わず顔が引き攣った。

「ハハハ……お前、何それ? マジで言ってんの?」

 ピクリとも動かない真顔の十三番に、八番の笑みもスッと消える。

 そして二番が茶化すように口を開いた。

「純愛を気取るのは良いけど、君は胸を刺されているんだ。どうしてまだ好きなんだい?」

 十三番は頬をわずかに緩ませた。

「自分でも最悪だなあって思うよ。けどさ、好きなもんは好きなんだ。逆に聞くけどよ、殺されたぐらいで好きじゃなくなる方がどうかしてるぜ」

 本心からの言葉が自然と口から出る。惚れたら負けというのが、今ずっしりと骨身に染みていた。

 五番も困惑した顔で十三番に突っかかる。

「……全く。考えられないな。冗談でも笑えねえぞ」

「確かに殺されたけど、オレは殺されて、一番大事な命を奪われてもいいって思えるほどリアさんが好きってことだ」

 目を白黒させる五番は、目の前のイカれた男を凝視する。残酷なあのリアに、彼は一体何を見ているのか。五番は気になった。

「リアの何が好きなんだ?」

 その質問に、十三番は二秒と経たず答えを口にした。

「顔」

 そう言ってのけた十三番に、一人の男が腹を抱えて海底から噴き上がるように笑った。笑った男は一番だった。

 全員がただひたすらに笑い転げる一番を見続けて、ようやく治まった彼は大きく息を吐いた。

「いや〜あ、笑った笑った。まさかそれだけで許せる奴がいたなんてね!」

 長く白い前髪で隠れた青い目が隙間から少し覗いた。朗らかな表情は春の日射しのようなぬくもりが湛えられている。

「僕は彼に一つ賭けてみたい」

 ぎょっと場が沸き立って、みんなギャアギャア喚き始めた。ふざけるなという声が八畳の部屋に埋め尽くされた中で二番の声がやけにスッと透き通った。

「それはいくら何でも聞けない話だな。何度も言ってるけど僕らはリアに殺されてる。そんな裏切り者に会いに行こうとする馬鹿を何で助けないといけないんだ?」

 当然の反論を一番は嬉々としてひっくり返す。

「だからこそさ。僕だってリアのことは到底許せない。そこに彼が現れてみろ。あの澄まし顔がぐしゃぐしゃに剥がれ落ちるぞ」

 一泡吹かせてやりたい。その一身と単なる酔狂心で一番は提案した。

 二番は顎に手を当てて考え込むが、他の三番から十二番はこれっぽっちも納得していなかった。そこで一番が「では」と一つ提案をした。

「今からその映写機を通してリアとの思い出を流そう。全員の記憶の映像と十三番の映像を見比べて、ここにいる誰よりも彼女のことを好いていると判断できれば、彼に賭ける。これで良いかな?」

 一番の提案を聞いた二番から十二番は頷いて勝負に乗ってくれた。暇を持て余していた彼らにとっても丁度いい遊びだった。十二人対一人のアウェイな勝負。一番以外の男たちは負ける理由はない。しかも判定が全員の同意とあれば、十三番の勝利は蜘蛛の糸よりか細いものだ。

 張り詰めた空気が少しだけ緩んだ。

「じゃあ、まずは俺から行くぜ」

 最初に名乗りを挙げたのは五番だった。映写機で映ったのは喫茶店の光景だ。

「俺がリアと出会ったのは大学生で喫茶店のバイトをしてた時だ。彼女は客で来ていてランチに何度も珈琲を運んだ ——」

 こうして、元カレたちによるリアの回想映画が始まった。

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