第24話 元カレ

 死竜が魔女の塔へ辿り着こうとしていた。

 その背中を追って車を走らせるキリエは違和感を覚えた。奇妙なことに日が落ちたはずの暗い空は段々と明るく白んできていたのだ。

「日が沈んでまだ二時間も経ってないのに」

 おかしな現象に当惑するキリエの隣で、寺田は薄気味悪く笑った。

「死竜の内包するエネルギーにはブラックホールがあります。それで地軸がズレているんですよ。永遠に沈まない太陽。恩恵の白夜が到来しているんです。実に幻想的光景だ」

 教えずにはいられないといった様子で寺田は口を開けた。

「随分とお喋りですね。もしかして、白夜教の由来もそれですか」

「ええ。あなたがリアに出会うまで、色々と話してあげましょう。一人でも多くにリアと死竜の素晴らしさを説く責務が自分には残っているので」

 今すぐにでも牢屋に永久監禁したい衝動を抑える。キリエは少しでもリアの情報を集めるために、彼の口を乗せることに注力する。

「死竜の動力は何ですか?」

 キリエの質問に寺田は嬉々として答える。

「核融合のエネルギーです。死竜の内部では小さな星が生まれては消滅しています。星が死ぬエネルギーで動いている。ロマンチックでしょ? 物理的仕組みは他の魔女の血の力でしょうが、死竜の根幹はリアの血です。リアの血を取り込みすぎた者はゾンビになる。そこでバランスを取る役目を持つのが十三人の魔血たち。彼らがいることで死竜は自我を保ち、死を喰らうことができる。リアの血の受け皿なんですよ」

 愉悦に浸りながらつらつらと話す寺田は、自身の中で神格化した死竜に祈りを捧げ始める。

 キリエの脳裏ではもう助けられないかもしれないソバのことが、ずっとチラついていた。

「絶対に助ける」

 そう固く決心するキリエだったが、その思いに寺田が横槍を入れた。

「助ける? 一体誰を助けるんですか?」

「ソバに決まってるじゃない」

 挑発されているとしか思えなかった。しかし、狂信者の寺田の顔は至って真剣味を帯びていた。

「黒の魔女に選ばれた彼を助ける……そんなおこがましいことが許されていいはずがないでしょう。何様のつもりですか?」

 火山の噴火のような怒気を孕ませる寺田。

 しかしキリエは一切怯むことなく、毅然と寺田に向かって中指を立てた。

「助けたいから助けるんだクズっ」

 車が魔女の塔の前に辿り着く。二人は車から降りて上空を見上げた。

 魔女の塔によじ上る死竜は腐肉を爛れさせながら天辺を目指していた。手や足から氷結を生み出し、落ちないよう鉄骨を凍らせて上る。その死竜を祝福するかのように、夜に射す陽光が骸骨と腐肉を照らした。

「なんと神々しい……」

 恍惚と見惚れる寺田。

 死竜の目的が判然としないキリエは寺田に問い詰めた。

「あいつは何をしようとしているの」

 何もわからない様子の彼女に、寺田は優越感に浸りながらひけらかすように口を開いた。

「人智を超えた偉業ですよ」

 塔の頂上へ上った死竜。

 命を響かせるような高らかで克明な咆哮をあげる。

 まるでサナギから羽化するように全身の腐肉が破裂して、吹き飛ぶ血潮は魔女の塔を覆った。血を浴びた魔女の塔からは灰色の煙が吹いた。

 生命の誕生を錯覚する光景だった。導線が巡る骸となった死竜の肋骨に、星のように明滅する球体の中に細胞のような黒の斑点がまだらに光っている。

 キリエは塔の頂上に立つ死竜を見て直感した。

 今からヤツは『死』を食すのだ。


     ○


 目が覚めるとそこは真っ暗な空間だった。

 何も見えない闇の中で、一つのふすまを見つけた。ふすまは何故か白く光っていたからすぐにわかった。

 手を引かれるように近づいてふすまを開けると、闇の中とは対照的な明るい空間が広がっていた。八畳の一室。ベッドが一つと映写機が白磁の壁に何か映像を映していた。画質はさほど良くはなく、時々砂嵐になっている。

「来たか。十三番」

 一人の若い男が声を掛けてきた。そいつの首には五番と書かれた首飾りを着けていた。

 その男以外にも十二人の男がその部屋にはいた。皆それぞれ一から十二の番号のついた首飾りを下げている。

「十三番……」

 なんのことかわからなかったが、五番に首元を指差されて視線を落とす。

 オレの首には彼らと同じような首飾りがあった。数字は十三だ。

「ここにいる奴らはみんな名前を思い出せねえんだ。だから数字で呼ぶようにしている」

 五番がぶっきらぼうにそう告げると、「ここに座れよ」と促された。

 自由気ままにだらけている彼は映写機で流れるゾンビが人を食べる映像をずっと観ていた。

「お前も白夜の使徒に選ばれた哀れな男の仲間入りだ」

 五番はそう言って、部屋の隅にある冷蔵庫から缶コーラを取って、オレに勧めてくれた。

 オレはコーラを喉に流した。炭酸が弾けて甘味が口の中に浸透にする。

「これは、一体なんの集まりなんだ?」

 オレは聞いた。白夜の使徒と言われてもよくわからなかった。

 投げた疑問に答えてくれたのは八番の金髪の男だった。

「ここにいるのはよ、みーんなリアっつう性悪女に騙された馬鹿な男たちだよ」

 リア、その名前を聞いて記憶の奥がむず痒くなった。オレはその人を知っている気がすると漠然に思った。

「あっ? わかんねえの?」

 高圧的な態度の八番。

 まだ朧げなリアという人に、判然としていないオレを見た七番のメガネを掛けた虚弱な男が口を開いた。

「き、記憶が、曖昧になっているんじゃ、じゃないでしょうか……」

 怯えた様子の彼に八番は舌打ちをした。

「声ちいせえんだよメガネ。はっきり言えよ」

 七番はビクッと体を震わせた。

「べ、別に、あなたに言ったた、わけじゃな、ないです……」

 七番の態度に頭にきた八番は彼を殴った。

「マジで気に食わねえぜ。よくそんなんでリアの相手してたもんだな? 趣味わりーぜ。ったくよお」

 七番は黒い目をギラつかせて不敵に笑った。

「ま、負け惜しみですか? 僕が八番のあなたより先で?」

「マジでぶっ殺す」

 殺気立った八番の前に可愛らしい背の低い男が慌てて割って入る。彼は十一番だった。

「まあまあそのくらいにしましょうよ。こんな狭い部屋で喧嘩されたら困りますって。暴れてもここから出られないんですし、仲良くしてください」

 八番は十一番の説得に応じたのか、また舌打ちをしてベッドに横になった。鬱憤を晴らしたかっただけのようだ。

 一連の流れを眺めて茫漠としていたオレに五番が口を開いた。

「つまりだな、俺たちはみんなリアの元カレだ」

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