急章 白夜の晩餐
第21話 死竜 誕生
リアはソバの遺体を持って作業場に戻った。
彼女の監視役に当たっていた白夜教メンバーは全員が倒れていた。
一人だけ気絶せずに待っていたのはユリノだ。手にはスタンガンを持っており、不機嫌な顔を浮かべている。
「遅い」
ユリノはその青い目で死体となったソバを見つめた。
「やっぱり、そうなったのね」
わかり切っていたことだった。ソバの未来を予知していたユリノはソバを哀れに思った。
「うん。彼には感謝しているよ。今私の血が魂を抽出してる」
「三年か……意外とかかったわね。注文通りここにいる白夜教は全員気絶させた。勝鬨橋の方ももう始まってるでしょうね。例の三地区にもゾンビになった市民がわんさかだし」
勝鬨橋での受け渡しはリアの計画の一部だ。今頃、公安と冴島たちは隅田川の藻屑となっているだろう。
リアは微笑みながらユリノのそばまで歩いて行き、倒れている魔女四人に目をやった。
「その魔女たちの血の力は?」
「確か血から氷を生み出す力と、風を発生させる力、煙を出す力、熱感知の力かな。あんたが公安に売らなかったらもう少し残ってたと思うけど」
「仕方ないよ。公安の動きを止めるためだったから。それじゃあ、始めようか」
リアはソバを死竜の腹の下まで運び、気絶した四人の魔女たちも死竜の核の中に取り込んだ。
○
死竜が起動した。寝起きのようにのっそり上体を動かし、長い首と尾を振るう。人の顔が浮き出ている腐肉の身体が壁や天井に激突し、コンクリートの作業場が簡単に倒壊した。
太古の恐竜の骨を素体としていたせいか、その形は竜と大して変わらなかった。歪な翼の骨はつぎはぎのぎこちなさが感じられた。
全身の腐肉から異臭が放たれる。所々で骨が見え隠れしており、肋骨は骨が剥き出しだった。そしてその肋骨の内側で謎の球体が紫色に妖しく光る。
頭のない首が、月に向かって吠える狼のように伸びた。それは己の誕生を自ら祝福する産声のようで、リアは巨大な醜い竜を黄金の瞳に焼き付ける。
「さあ、みんなに君の姿を見てもらおうか」
死竜は重い巨体を引きずり山の斜面を重力に任せて下っていく。麓に下りると勝鬨橋の方に向かって歩き始めた。道路を踏み締め、電柱を倒して千切れた電線から火花が散る。
車を壊し、灯りのない民家を壊してコンビニを跨ぐ。踏切を横切っていると、電車が走ってきた。衝突する寸前で急停車した電車だったが、死竜の尾によって呆気なく薙ぎ払われる。
死竜が通った跡は、破壊があるだけだった。あれが人類に祝福をもたらすなんて、口が裂けても言えない。ユリノの目には死竜がそう映った。
リアとユリノは崩壊した作業場からその光景を眺めていた。もうすでに一キロは離れていた。
「もう災害ね」
ぽつりとユリノが溢した。巻き込まれたらひとたまりもないありがた迷惑な厄災。特撮なら迫力満点の光景は、悲惨だった。蟻でも踏み潰すかのように、一直線に平らにしていく。それに加担したことに今さらになって罪悪感が生まれる。
「リア、あいつどこ向かわせてるの? 死竜は人の『死』を食べるんじゃないの?」
「頭が無いと格好がつかないでしょ? 場所は教えてあげたしね」
この状況でもリアの余裕の態度は消えず、飄々としている。翻った彼女はお気に入りの黄色いマイカーに乗った。ユリノもため息を一つ吐いてから車に乗り、死竜の後を追った。
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