第18話 対策本部
急場で設立した白夜教対策本部では集められるだけの人員が招集された。
公安で固めたれた本部の総指揮は公安の鬼である長谷川が執る。大勢の捜査官と機動隊長を前に長谷川は厳かにマイクで現状の説明をした。
「現在、白夜教の脅迫動画が公開されてから三時間が経過した。本件は公安捜査官、第三から第六機動隊も動員する大規模なものだ。各員、適切な判断と行動を心掛けろ」
捜査官五十四名が一斉に敬礼した。厳粛な空気の中、長谷川は言葉を続ける。
「まず、向こうの要求である死竜の頭を魔女祭会場の近く、新東京の勝鬨橋(かちどきばし)まで第六機動隊が運ぶ。その間に、第三、第四、第五機動隊と捜査官はそれぞれ新宿、渋谷、品川でゾンビの出現に警戒。これを撃破しろ。もし配布した写真のような怪しい噴射装置があればNBCテロ対策部隊が対応し、速やかに確保、無力化しろ。一般市民はすでに避難を始めてもらっているが、まだ残っていた場合は保護をしろ。あいつらの目的は死竜の頭だ。受け取り次第、包囲しゾンビの脅威を排除したのちに拘束する。死竜の頭は十七時五十五分に引き渡す。各員、一時間後の十六時二十五分に現着し引き渡しまでにできるだけの対策と対処に当たれ。以上、取り掛かれ」
捜査官は各々の配置に動き、機動隊部隊長たちもすぐに準備を始める。
長谷川も部屋を出て部下たちに細々とした指示を送った。後ろに控える寺田とキリエも足早にい歩く長谷川について行く。
「寺田とキリエは俺と勝鬨橋に行く。準備しとけ」
寺田は不甲斐なさそうに視線を落とした。
「申し訳ありません。長谷川隊長。自分が横浜に捜査官を回したせいで、こんなことに」
「まだ言ってんのか? 済んだことだ忘れろ。相手が一枚上手だった。それだけだ。そんなことより目の前のことに集中しろ」
寺田に声をかけた長谷川の目には同じように気が沈んだキリエが映った。
「お前もシケた面してんじゃねえよ」
「……すいません」
キリエは警察病院から連れ出されたソバのことがずっと気掛かりだった。ソバの身に危険が迫ってる。日に日に不安で逼迫するキリエからは生気が抜けているように見えた。
長谷川はぶっきらぼうに口を開いた。
「死竜の頭を要求してきたってことは、まだ死竜は完成していないってことだ。助け出すチャンスはまだある。それに悠長に構えてもいられねえ。引き渡しの瞬間には気を付けろ。必ず何か仕掛けてくるはずだ」
断言するその言葉にキリエが「どうしてですか?」と訊いた。
「今回の脅迫動画。おそらく冴島は使われてる。裏で糸を引いてる野郎は何か別の狙いがあるはずだ」
長谷川の推測に寺田が苦笑した。
「それはいくらなんでも無茶じゃないでしょうか。冴島は白夜教のリーダーですよ。彼女以外にトップはいません」
しかしキリエが長谷川の推測を肯定する。
「いえ、私も長谷川隊長と同意見です」
その声色は確信に満ちていた。
「では、一体誰が裏にいるんですか?」
「おそらく、いや、リアという黒の魔女でまず間違いないだろう」
長谷川の言葉を聞いた寺田は驚愕に目の色を変える。
「あのソバという子を連れ去った魔女ですか?」
「ああ。人をゾンビに変えてるのもあいつだ。目的はわからんが白夜教を乗っ取っている。冴島ならともかく、魔女祭で容赦なく市民をゾンビにした魔女だ。要求に応じなければ本気で都市を混乱に陥れるだろうな」
長谷川の中で黒幕は判明した。本当の敵は黒の魔女リアであると。事件の真相を知った寺田は動揺が走る。しかし、ふと疑問がよぎった。
「であれば、他の捜査官や機動隊にも情報を伝えた方が良いのでは? それこそ大々的に公表して彼女をすぐにも包囲するべきです」
長谷川はもちろん、それも考慮に入れた。しかし、その手は取れないと判断した。
「黒の魔女は勘が鋭い上に頭もキレる。現に今日まであいつは俺たち以外にその存在を知られていなかった。魔女祭の時も、本気で見つからないようにしようと思えばできたはずだ。あいつは泳がし、油断したとこを取り押さえる。いいか? アリよりも勤勉に働けよ」
長谷川はナイフのような鋭い目つきで言ったが、もう一つ口にしていない理由があった。第一基地の掃討作戦では死竜創造の中核は捕らえられず、中心人物であるソバは人手がいない瞬間を狙ったかのように連れ去った。はっきりしたのは、リアはどういうわけか公安の内部情報を得ているということだ。
情報を流している人間がいる。こちらが取れる手立ては非常に限られてしまうのだ。
そして、その裏切り者を炙り出している暇もない。
「まったく、ツイてない」
誰にも聞こえない声で長谷川はそう呟いた。
○
脅迫動画が公開されてから五時間を越えた十七時二十分。
晩夏の夕日が赤く射し込む新東京を寺田とキリエが乗った黒い車が走っている。
先頭には遊撃車Ⅰ型や放水車、NBC対策車が走っており、長谷川が乗った車両も前の方にあった。
ビルの谷間を沈みゆく夕日に向かって進んで行く。街はすでに避難済みなのか、人の気配が微塵もない。驚くほど静かだった。勝鬨橋まであと十分足らずで到着する。
キリエは窓の外を呆然と眺めた。
彼女のその様子に寺田が気を遣ったように話し掛けた。
「嵐の前の静けさという感じですね」
しかし、キリエは何も言わない。寺田は少し気まずくなり、少し背伸びをして明るい口調で言った。
「長谷川さんに任せればきっとうまくいきます。黒の魔女も捕まえることができますし、発砲許可も出ています。心配することはありませんよ」
寺田の場を和ませようとする配慮にキリエが応えたのは、相当な間が空いたあとだった。
「私、本当は反対だったんです。死竜の頭を引き渡すのは。もし問題なく向こうが持ち去り死竜を完成させたら、ソバが犠牲になってしまう。そう思うと、どうしても渡したくなかった」
「吉浦警部補……ですがそれだと、市民に被害が……」
「はい。それもわかっているんです。だから勝鬨橋に黒の魔女が出てくることがあれば、タイミングを見て彼女を拘束します。今度こそ必ず」
決意の籠った言葉を吐くキリエ。そんな彼女に寺田も呼応するように微笑んだ。
「自分も協力します。吉浦警部補にこれ以上手柄を取られてしまっては、立つ瀬がありませんから」
寺田の珍しい軽口にキリエは少し驚いて、同調するように笑った。
「もしかしたら今回の事件で警視まで昇進するかもしれませんよ?」
「配属されて早々長谷川隊長に並ばれては困りますよ」
弛緩した二人の車内に無線が入る。先頭車両が勝鬨橋に到着した報告だった。寺田とキリエも道の脇に車を停めて、第六機動隊員たちと合流した。対テロ事件を主に担当する第六機動隊は物腰の落ち着いた頼り甲斐のあるオーラを纏っていた。まさに歴戦の精鋭たちだ。トレーラーを誘導し、布が被せられた死竜の頭を無人牽引カートに繋いで運び出す。
隅田川に架かる勝鬨橋の端から半分ほど渡った場所で、車内の様子がわからないバスが五台。道路の横幅の端まで停められバリケードのようになっていた。
バスのバリケードの前には、長谷川たちと対峙してき白夜教リーダー冴島が待ち構えていた。
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